今週も、早稲田大学ビジネススクールの入山章栄先生が経営理論を思考の軸にしてイシューを語ります。参考にするのは先生の著書『世界標準の経営理論』。ただし、本連載はこの本がなくても平易に読み通せます。
近年注目が高まる「ESG投資」。 外資の機関投資家を筆頭に環境(E)、社会(S)、ガバナンス(G)に配慮していない企業には投資しないなど、本格的な実践例が出始めています。それに比べるとアクションが遅い日本企業。その要因はどこにあるのでしょうか?
「義務」から「競争力の源泉」に
BIJ編集部・常盤
前回までは入山先生と村上茂久さんの対談でしたが、今回はBusiness Insider Japanエグゼクティブ・アドバイザーの浜田さんも加わって、ESG投資をテーマにお話しできればと思います。
ESG投資とは、環境(E)、社会(S)、ガバナンス(G)に配慮した経営をしているかどうかを重視する投資のことですが、これについて村上さんから入山先生に質問があるそうですね。
村上茂久(以下、村上):はい。投資に際してESG課題に考慮をする責任投資原則(Principles for Responsible Investment(PRI))に署名する機関投資家が増えてきたり、マイケル・ポーターが2011年に「CSV(Creating Shared Value:共通価値の創造)」の論文を発表したことで、ESG投資に対する関心が、特に海外を中心に高まってきました。
今までESGへの配慮とかCSVを通じた社会的価値と経済的価値の両方の創造というものは、企業にとって場合によってはコストとみなされてきました。企業には社会的責任があるから、果たさねばならない義務だと捉えられていたわけですね。
しかし最近の潮流では、むしろ環境や社会に配慮したほうが、企業価値が高まり将来キャッシュフローが生まれる、つまり経済的価値も生まれると言われるようになってきました。
実際、上場企業のうちESGに関心のある企業とそうでない企業を比較分析すると、前者のほうがパフォーマンスが高いという結果が出ています。
もちろんここは、因果関係の見極めが難しいという問題はあります。業績がよくて余裕があるから環境や社会に配慮できるとも言えますし、逆にそれらに取り組んでいるから業績がいいとも言える。
とはいえ、やはり投資家からすると前者のほうに投資をしたくなるような流れがあるのではないか。企業としても、これが本質的な競争力につながるのではないかととらえる動きがあります。この点について、入山先生と浜田さんにご意見を伺えればと思います。
入山章栄(以下、入山):浜田さんはSDGsについてかなり強い問題意識をお持ちですが、今の村上さんの話を聞いていかがですか。
浜田敬子(以下、浜田):はい、この連載の第59回でもお話ししましたが、私はプロボノ的な活動の中で、企業とSDGsの関係を調べているんです。
話を聞いた外資系企業数社と、日本企業とは驚くほど観点が違う。もちろん「SDGsに熱心な企業のほうが社会的な価値が高まって、投資家からの投資も集まるだろう」ということくらいは私も想像していたんですけど、先進的な企業はすでに今のESG投資の流れよりも前から取り組んでいて、それがさらにこの1、2年で加速している印象です。
この先、社会が、もっと言えば地球や社会が存続しないとビジネスが存続しない、くらいの前提ですべてが設計されている。私の「御社はなぜSDGsに熱心なんですか?」という質問が愚問に思えてきたほどです。
例えばある外資系化粧品会社では、経営のナンバー2がSDGsの担当を兼任し、営業車両が排出するCO2を1年間でどれだけ削減するかがKPIに設定されていたり、児童労働でつくられた原料を使った製品の製造を廃止したりと、かなり徹底しています。なぜやるかなんて理由はない、やるからやるんだ、みたいな感じでした。
また別の外資系金融機関は、国際的なNGOで働いていた人をSDGsの担当者にスカウトしています。ボードメンバー1人ひとりにかなりの予算を託し、例えば日本の困窮家庭の子どもたちをサポートするNPOに数千万円単位で寄付もしています。寄付先は、専門性の高い担当者と協議して決めるそうです。
また、超大手の外資系IT企業は、ブラック・ライブズ・マター(BLM)など人権問題にも熱心です。
こんなふうに企業によって活動に特徴がありますが、経営戦略の中の重要な部分を占めているのは共通していました。
2020年に起きたBLM運動では、外資系企業は相次いでその趣旨に賛同する声明を出した。
REUTERS/Brendan Mcdermid
実は日本企業のSDGsの担当にもヒアリングをしたのですが、日本を代表する大企業でも、まだそこまでの意識はありませんでした。
ESGのE、つまり環境に関しては日本企業も配慮しているところが増えましたが、日本企業が弱いのはS、ソーシャルの部分ですね。特にジェンダーや人種、人権に関する問題。ミャンマーやウイグルの問題、BLMやアジアンヘイトについての姿勢も欧米企業に比べたら、及び腰です。
その理由を以前、入山先生にお聞きしたら「長期的な視点がないから」とおっしゃったんですが、村上さんと入山先生の対談を伺っていても、「なるほど、日本企業と欧米企業のこの差は、未来志向かどうかということなんだな」とさらに腑に落ちました。
入山:そうですね。他にも理由はあると思いますが、一番大きいのは「未来へのまなざし」の有無だと思います。
日本にも、そういう活動をしているところはあるんですよね。例えば僕が社外取締役をやっているロート製薬や、理事をやっているコープさっぽろは、まさにそういうことをはるか昔からやっている。コープさっぽろはこの前初めてCSR白書を作ったんですよ。白書をつくるために資料を見たら、SDGsの17項目を全部やっていたと分かったそうです(笑)。
やっぱりコープさっぽろは、すごく未来志向なんですよね。面白いのが、コープさっぽろのバランスシートを見ると、大部分は普通の企業と似ているんですけど、バランシートの右下だけ大きく違うんですよ。なぜなら、右下が「株主からの出資」じゃなくて、「組合員からの出資」になっているんです。
村上:そうか、協同組合ですからね。
入山:はい。生協のサービスを利用している人が出資もしているということは、お客さんと出資者が同じということですよね。当たり前ですけど、だから株価とかもないんですよ。
実は、この前コープさっぽろのCEOが、なぜか他の小売企業のWACC(Weighted Average Cost of Capital:加重平均資本コスト)の概念を比較のために持ってきた。もちろんそれは悪くないのですが、でも僕としては「いや、待て待て」と。「資本コストはないから、組合員さんからの投資だから」と。
村上:そうですよね。
入山:でも僕は、これはすごく面白い視点だと思ったんです。そこで、「資金を調達するのに株主コストがないというのは、世界的に価値のある生協の特徴なんじゃないか。これを我々はどう考えるのか」という話をしたんです。つまり組合員さんたちは、組合への共感だけで出資してくれているのです。これはとんでもない価値じゃないですか。
いずれにせよ、生協とはそういう組織なので、短期思考の株主に振り回されず、すごく長期的な視点を持てています。日本は課題先進国と言われますが、その課題先進国の中でも特に課題があるのが北海道。少子化、高齢化も進んでいますから、本当に将来を真剣に考えているんですよね。ですから未来へのまなざしの違いというのは、すごくあると思います。
加えて言うと、日本企業が遅れているのは、僕は現実感の差じゃないかと思います。例えば、空調の効いたオフィスで気候変動の問題について語っても、どこか他人事のようで実感できないでしょう。
浜田さんが「日本企業はESGのS(ソーシャル)が弱い」とおっしゃるのも、日本が長いあいだ男性中心の同質性の高い社会だったせいで、人種とか性差とか、マイノリティの課題が見えづらいことが影響していると思います。つまり、ESGの問題を「直接感じられない」状況が残っているのです。
他にも、実は最近はコロナの影響で児童虐待やドメスティックバイオレンスが増えています。でも、コロナのせいでご近所付き合いがなくなっているから、起きていても見えない。ドラマでは目にするけど、自分には関係ない話だ、という感覚しか持てないんです。
でもアメリカにいると、もともと多民族だし、荒れている人たちの存在も目に入ってしまう。だから、「これは解決しなきゃ」となるんじゃないかと思います。
Guido Mieth/Getty Images
浜田:SDGsの17のゴールのうち、1番目の目標が「貧困をなくそう」ですが、「貧困問題は自己責任」と平気で言うような経営者もいます。巨額の利益を上げている外資系金融の人たちが子どもの貧困に敏感だということは、示唆に富んでいると思います。
もう一つ、日本企業のSDGsの「なんちゃって感」を感じるのは、日本の大企業の経営者はいま、たいていSDGsのバッジをスーツの襟元に付けています。そういう経営者の方とお話しするときに、「SDGsに熱心に取り組んでいらっしゃるんですね。ゴールの5番目はジェンダー平等ですが、御社はそれに関してどういう取り組みをしていますか? 例えば女性の管理職比率は何%ですか?」と聞くようにしています。
SDGsを掲げながら、それが自社の課題とシンクロしていないと感じます。
ESG投資で個人が企業を動かすことができる
BIJ編集部・常盤
では、どうすればそういった取り組みが進むのかを考えてみると、ESG投資がポイントになるのかもしれませんね。
例えば外資の投資銀行は、いま真剣にESG投資に取り組んでいて、企業のサステナビリティレポートに注目するようになっています。レポートの中でE、S、Gのどれか1つにでも×がついている企業には、もう投資をしなくなっている。日本企業でも実際にそういう事例が増えていけば、ようやくお尻に火がつくのではないでしょうか。
村上:そうですね。私はそれが金融の役割だと思います。 。トヨタは子会社のウーブン・プラネット・グループの取り組みに関連して、 2021年3月に「ウーブン・プラネット債(※1)」という、個人向け1000億円を含むいわゆるサステナビリティ債を最大で5000億円発行する計画を発表したんです。
サステナビリティ債というのは使い道が限定されていて、社会や環境の持続可能性に貢献する目的にしか使えない。だから個人でもこの債券を買うことによって、企業を間接的に動かすことができるんですよ。
トヨタは格付けがAAAなので、正直いって金利が低くて、下手したらネットバンクの定期預金のほうがいいぐらいですけれど、そういうことに関心がある投資家側からすると、すごく共感できる取り組みですよね。トヨタ自らこのような債券を発行して、個人投資家を巻き込んでいこうとしているのは素晴らしいと思います。
入山:トヨタは同族企業ですよね。僕はこの連載でもたびたび言っていますけど、同族企業だからこそ長期目線になれる部分は多いと思います。
日本の企業でもともとSDGs的な活動をしている会社って、ほぼファミリービジネスなんですよ。ロート製薬がそうだし、ユニチャームも、ニトリもアイリスオーヤマもそうです。
ファミリービジネスでは会社がイコール家族みたいなものなので、四半期の決算も大事だけれど、10年後、20年後、50年後に自分たちの子孫や家族が幸せであることのほうが大事。なので、どうやったら自分たち家族が長くハッピーでいられるかを長期目線で考える。
将来、社会がボロボロになっていたら家族の幸せも何もないから、そのためにも社会に投資しようという感覚がある。豊田章男さんにはもしかしたらトヨタを継ぐかもしれない息子さんがいらっしゃいますから、だからこそ未来を真剣に考えるんだろうと想像します。
これは僕が直接聞いたわけじゃないですけど、トヨタが積極的にソフトバンクと組んだりいろんな投資をしたりするのも、章男さんがシリコンバレーに行ったときに、走っている車が全部テスラの自動運転車だったのを見たからだそうですよ。ガソリン車がまったく走っていない光景を目にした章男さんは背筋が凍りついて、「これが未来なのか」と衝撃を受けたのだと。
章男さんはEV反対派ですけど、環境を考えたエコビークルそのものには巨額の投資をしている。そういう意味ではトヨタがウーブン・プラネット債を始めたのは、章男さんの意志が強いのかもしれませんね。
BIJ編集部・常盤
なるほど。やはり「未来」というのが一つのキーワードですね。それに対してどれだけ手触りを持って行動できるかが大きな違いなのかもしれません。
利益とのバランスをどうとるか
入山:しかし一方で、会社というのは利益を上げなければいけないわけですよね。一見無駄に見えかねない社会的な投資と、リターンのバランスをどうとるかが問題になってきます。村上さんは僕の『世界標準の経営理論』をお読みなので、「制度理論」をご存じだと思いますが……。
村上:はい、先生の本の後半の方に出てきますね。
入山:この制度理論がカギかな、と思います。「ほとんどの常識は幻想に過ぎない」というのが制度理論の骨子です。
常識って、人間が人為的かつ無意識につくり出している幻想なんですよね。なぜわれわれが初対面の人と会うと名刺交換するかというと、本質的には名刺交換をする必要はなくても、「そういう常識に従っておいたほうが楽」だから。だから逆に言えば、幻想とか常識って、いくらでもつくり出せるんですよ。
『世界標準の経営理論』には書きませんでしたが、最近注目されている研究があって、それが「ムーブメント」というものです。我々が「こうだ」と思い込むことによって、ムーブメントは意図的につくり出すことができる。
本当は人間にとって絶対に「こうでなければいけない」ことなんて、それほど多くないでしょう。人を殺してはいけない、といった人としてごく基本的なことを除けば、それ以外のたいていのことは別になんだっていい。
例えばファッション。僕は今日ダサい服を着ていますけど(笑)、なんでみんなおしゃれな服を着るかといえば、「こんな服を着るとかっこいい」という幻想があるから、そこに価値が生まれてビジネスが成立するわけですよね。
だから今、ヨーロッパの企業がこぞってSDGsとか気候変動と言っているのは、SDGsや気候変動は大事なんだという認識を、新しい常識としてリプレイスしようとしているからだと理解しています。ムーブメントを意図的に、戦略的に作るんですよね。だからそこに新しいマーケットニーズやシーズが生まれてくる。
浜田:どちらが先か分かりませんが、欧米のミレニアル世代やZ世代の価値観が変わってきたことも影響していますよね。
ミレニアル世代やZ世代は、環境や社会に配慮した消費のあり方にも関心が高い。
Oscar Wong/Getty Images
入山:それはありますね。今までは「効率化」とか「経済成長」が常識だった。でもこれからは大人たちも新しい常識を身につけたほうがいい。やっぱりヨーロッパの会社はそういうことが抜群に上手で、日本の会社は上手でないですね(笑)。
浜田:一番驚いたのはKLMオランダ航空です。500キロ以内の移動は飛行機でなく高速鉄道の利用を呼びかけ、実際ヨーロッパ内の路線を減便しています。本業の売り上げが影響を受けても、近距離で飛行機に乗ることをやめようという新しい常識を企業がつくっているわけですね。
入山:そうですね。自分たちで新しいムーブメントをつくっていけば、そこにマーケットができる。そのマーケットに投資をしていくことで、結果的にみんなハッピーになっていく。この流れが大事だと思います。
村上:なるほど、新しいマーケットが生まれるというのは、確かにそうですね。
BIJ編集部・常盤
新たなマーケットが生まれれば、そこでまた競争も生まれて、効率も良くなってくると思うんですよね。今は新しい時代への変わり目なので、どうしても日本の企業の遅れが気になってしまいますが、おそらくここから変わっていくのではないかと、期待したいですね。
入山先生、村上さん、浜田さん、ありがとうございました。
入山:こちらこそ、ありがとうございました。村上さん、今度は僕が村上さんの連載にお邪魔させてください!
村上:私こそ、ありがとうございました。ぜひ、お待ちしております。
※1 ウーブンプラネット債については、次の記事も参照。村上茂久「トヨタはなぜサステナビリティボンドを通じた調達を行うのか(前編)」Deeper、2021年6月8日。
(構成:長山清子、撮影:今村拓馬、連載ロゴデザイン:星野美緒、編集:常盤亜由子)
村上 茂久:株式会社ファインディールズ 代表取締役、GOB Incubation Partners株式会社CFO。経済学研究科の大学院(修士課程)を修了後、金融機関でストラクチャードファイナンス業務を中心に、証券化、不動産投資、不良債権投資、プロジェクトファイナンス、ファンド投資業務等に従事する。2018年9月よりGOB Incubation Partners株式会社のCFOとして新規事業の開発及び起業の支援等を実施。加えて、複数のスタートアップ企業等の財務や法務等の支援も手掛ける。2021年1月に財務コンサルティング等を行う株式会社ファインディールズを創業。
入山章栄:早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)教授。慶應義塾大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科修士課程修了。三菱総合研究所に勤務した後、2008年に米ピッツバーグ大学経営大学院よりPh.D.を取得。同年より米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクールアシスタントプロフェッサー。2013年より早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)准教授。2019年から現職。著書に『世界の経営学者はいま何を考えているのか』『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』『世界標準の経営理論』など。