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台湾・蔡政権「日本の支援に感謝」も、支持率急落の理由。ワクチンめぐる不協和音

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中国との対立をあおって高い支持率を維持してきた台湾の蔡英文政権だが、コロナ感染拡大で生命の危機に瀕する市民から「生命より政治を優先するのか」と強い反発を浴びている。

REUTERS/Ann Wang

新型コロナ感染拡大の抑制で「優等生」とされてきた台湾で、5月に感染が急拡大。対策の不備とワクチン接種の遅れが政治問題化し、これまで高い支持率を誇ってきた蔡英文総統の支持率が3割台まで急減している。

日本が無償提供したワクチンについても、「社会的不公平」を生む要因になるとの批判があがり始め、一方で接種後に複数が死亡したと報じられるなど、ハレーションを起こしている。

台湾「ワクチン不足」の経緯

台湾は、世界各地で感染拡大が本格化した2020年5月末以降も「感染者数400人台、死者数1桁」を維持してきた。

ところが、2021年5月中旬、チャイナエアライン(中華航空)のパイロットが宿泊したホテルでクラスターが発生。

台北市、新北市など北部の大都市を中心に感染が一気に広がり、6月17日(15時30分)現在の累計感染者は1万3584人、死者497人(台湾中央流行疫情指揮センター調べ)にのぼっている。

感染を長期抑制できたことが、皮肉にもワクチン調達の遅れを招いた。

台湾当局は感染拡大後、英アストラゼネカと米モデルナに計数百万回分のワクチンを発注しているが、届いたのはわずかに70万回分。全人口2400万人に接種するには全然足りない。

蔡政権は、台湾の製薬会社メディジェン・ワクチン・バイオロジクス(高端疫苗生物製剤)が開発中のワクチンが「7月にも接種可能になる」と市民に期待を抱かせる一方、中国からのワクチン無償提供の申し出を2度拒否した。

さらに、独ビオンテック(米ファイザーとの共同開発)のワクチン購入交渉について、蔡総統は「中国が介入したために合意できなかった」と中国を非難している。

「介入」とはどういう意味か。

ビオンテックは中国の製薬大手・上海復星医薬(フォースン・ファーマ)との間で、中国本土・香港・マカオ・台湾における独占販売契約を結んでいる。

上海復星医薬は契約に従って台湾にワクチンを提供する意向を表明したが、蔡政権はこの中国の製薬大手を通した購入を(中国と台湾の)「統一工作」とみなして拒否。

ところが、その判断に対し、台湾内部からは「蔡政権は市民の生命より政治を優先するのか」という批判の声があがった。

蔡政権の支持率が急落した理由

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2021年6月4日、市民のワクチン接種を進めるため、あらゆるワクチンを受け入れることを求めて抗議する台湾の野党・国民党の議員。

REUTERS/Ann Wang

台湾のケーブルテレビ大手TVBSが6月10日に発表した世論調査によると、第二次蔡政権の発足(2020年5月)時に60%を超えていた支持率は、第一次政権時の2019年5月以来、2年ぶりに40%台を割って38%まで下落した(不支持は49%)。

また、政府のワクチン調達への「不満」は57%と、「満足」の35%を大きく上回った。

記者会見での丁寧な説明が評価され、これまで絶大な支持を受けてきた中央流行疫情指揮センター指揮官の陳時中氏への「満足」度も、74%から49%へと一気に25ポイントも低下した。

蔡政権は、台湾海峡を挟んで中国との緊張が激化するなか、「台湾有事」をあおって高い支持率を維持してきたが、政治的な対立とは裏腹に、中国への貿易依存度は4割を超え、経済一体化はむしろ強まる一方だった。

ワクチン接種の遅れによる深刻な生命の危機は、台湾有事という国際政治ゲームであおられる危機感に勝ったわけだ。

市民の怒りは当然のように蔡政権に向けられた。

アストラゼネカ製ワクチンへの市民の評価

日本政府は6月4日、124万回分のワクチンを台湾に無償提供した。

台湾にとって「干天の慈雨(=困ったときの救いの手)」のはずだったが、蔡政権の支持率回復にはつながらなかった。

なぜか。それは、提供されたのがアストラゼネカ製のワクチンだったからだ。

欧州連合(EU)の医薬品規制当局は「非常にまれな血栓の発症と関連性がある」と認め、アメリカとドイツでは使用されていない(アメリカは「すでに十分な量を確保している」ことを理由としている)。

日本では5月21日に正式承認されたものの、血栓ができる事例が確認されていることから、当面は公的な接種には使わないと決めた。

先述のTVBS世論調査では、「どのメーカーのワクチン接種を希望するか」との質問に対し、1位はビオンテック(34%)。以下はモデルナ(19%)、ジョンソン・エンド・ジョンソン(10%)と続き、台湾のメディジェン(高端)は7%、アストラゼネカは4%だった。

中国製のワクチン接種希望者はわずか1%だったが、ビオンテック製ワクチンの独占販売権を持つ中国・上海復星医薬(フォースン・ファーマ)経由の購入については、賛成が63%と多数を占め、反対(25%)を大きく上回った。

ワクチン接種を政治問題化せず、生命を優先したいという市民の希望が反映された結果だろう。

「一等市民」と「二等市民」の分断

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2021年6月15日、台湾・新北市での85歳以上を対象としたワクチン接種の様子。この時点で、台湾当局が確保できたワクチンの総量のうち、日本からの無償提供分は半数以上を占める。

REUTERS/Ann Wang

この世論調査が発表された直後、筆者の台湾の友人から「蔡政権のワクチン接種のやり方は本当に不公平。社会に分断を生んでいる」といら立つメッセージが届いた。

彼は東京に駐在したこともある台湾の公務員。ふだんは感情的になることのない人だから、よほど腹に据えかねたのだろう。

友人の怒りは接種の順番に向けられていた。日本では医師・看護師など医療従事者に続いて、高齢者や基礎疾患のある人の順で接種が行われたが、台湾では中央の防疫職員、政府機関職員、総統府職員が優先され、75歳以上の高齢者は後回しにされた。そのことが不公平感を呼んでいるという。

日本からワクチンが届いたときには、台湾で最も高いビル「台北101」の外壁に、日本語で「台日の絆と感謝」という感謝のメッセージがライトアップされた。日本でも、全国紙に台湾からの感謝を示す全面広告が掲載されたことなどが話題になった。

しかし、感謝の一方で、日本に向けられた批判的な目もあることは知っておいたほうがいいだろう。

台湾の作家・楊照氏は6月12日のフェイスブック(Facebook)投稿で、ワクチン接種の順番が「一等市民と二等市民という分断を生んだ」と指摘。

日本がアストラゼネカ製ワクチンの使用を放棄したのは、「使えば社会に不公平と分裂を生じかねないからこそ、外国に提供することにした」との見解を述べ、台湾市民の多くがその事実を見落としたまま、日本への感謝を表現したことに「強い悲哀を感じる」と結んだ。

遠回しな表現だが、端的に言えば、日本が使用を見送ったワクチンを台湾が「無邪気に」受け取り、感謝したことを皮肉ったのである。

楊氏の「一等市民」という言葉に触れた台湾市民のなかには、日本の植民地時代に日本人が「一等国民」、沖縄人が「二等国民」、台湾人は「三等国民」と階層化されていた過去を思い出した人も数多くいただろう。

なお、彼は与党・民主進歩党の国際部主任を務めたこともある人物だ。

「民主」という甘美な言葉が見失わせるもの

米中対立が激化するにつれ、中台関係も悪化するという悪循環のなかで、日米首脳会談後の共同声明や先進7カ国首脳会議(G7)後の首脳宣言に台湾問題が明記され、メディアは「台湾有事」切迫と危機感をあおる。

バイデン政権が米中対立を「民主主義対専制主義」と位置づけることで、中国は専制を代表する「ヒーラー(悪役)」となり、反中世論が強まる。

それに対し、民主とはなんと心地よく耳に響き、正義と善にあふれた言葉だろう。専制を共通の敵に、メディアは民主化した台湾の背中を押す。

台湾がコロナ感染抑制の「優等生」だったころ、日本の全国紙は社説で、中国政府が人々の行動の自由を奪い言論統制を強めることで都市封鎖を強制したのに対し、台湾は丁寧な「記者会見やITの駆使により、政策の全体像、目的を社会全体で共有するよう努めた」と紹介し、「民主の成功に学びたい」などと絶賛した。

それから1年後、冒頭で述べたように台湾では感染拡大が始まり、都市封鎖に追い込まれた。「民主の成功」に感染抑止の理由を求めたこの社説は裏切られたことになる。

感染対策を科学的視点からではなくイデオロギーから説明しようとしたこと、言い換えれば、民主という「魔力」を持つ言葉に寄りかかったことから起きた誤りであろう。

台湾については、植民地時代の日本教育やインフラ整備を称賛する声があとを絶たない。総理経験者までが当時を賛美する。

日本の敗戦後に始まった東西冷戦で日本が西側陣営に組み込まれたために、侵略と植民地支配という帝国主義の「負の遺産」を清算せずに済ませてしまったのが一因と考えられる。

日本人が台湾に好感を抱く気持ちはわかる。台湾の親日的視線は、日本に厳しい目を向ける中国とは対照的だからだ。

しかし、台湾は親日という「甘え」と「おごり」の姿勢で接するのは、誤解を招く原因になる。台湾はそれを承知の上で、親日を政治的に利用する。日本とともに中国を「共通敵」にしたいからである。

(文:岡田充


岡田充(おかだ・たかし):共同通信客員論説委員。共同通信時代、香港、モスクワ、台北各支局長などを歴任。「21世紀中国総研」で「海峡両岸論」を連載中。

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