撮影:今村拓馬
6月初め、中米のエルサルバドルの議会がビットコインを法定通貨として採用する法案を可決しました。
2020年末からの高騰を経て、5月中旬から落ち込みが続いていた仮想通貨市場ですが、人口600万人ほどの小国による世界初の試みは好意的に捉えられたようです。ビットコイン価格は反発し半月ぶりに4万ドルを超えました。
しかし、今回のエルサルバドルの決定には業界内では賛否両論の意見が出ています。国家による大胆で革新的な動きと評価する声がある一方、ビットコイン支払い受け入れの強制は強権的と批判する見方もあります。
また、今回の動きによって暗号資産を取り扱う日本の法律にも影響が出る可能性があります。エルサルバドルの今回の動きについて、各論点を考察してみましょう。
ビットコインを法定通貨に
エルサルバドルのナジブ・ブケレ大統領。
REUTERS/Jose Cabezas
6月5日(現地時間)、エルサルバドルのナジブ・ブケレ(Nayib Bukele)大統領は、フロリダ州マイアミで開催された今年最大級のビットコインカンファレンス「Bitcoin 2021」にビデオ出演し、ビットコインを法定通貨にする法案を迅速に成立させる意思を表明しました。3ページほどの短い法案は、大統領の言葉通り、すぐに議会に提出されて賛成多数で可決されました。
同法律は議会が承認した後、90日以内に施行されます。
エルサルバドルでビットコインが法定通貨になるということは、ビットコインが米ドルと並んで正式な通貨になるということです。エルサルバドルで販売されるすべての商品やサービスの価格がビットコインで表示できることになります。
負債に関しては、債権者が債務者からのビットコイン払いを拒否できないという強制通用力を発揮します。後述するように法律の第7条には、負債以外の場面でもビットコインを支払い手段として受け入れることを事業者に強制しており、物議を醸しています。
銀行口座持たない人々への救いの手
エルサルバドルでは現在70%の人が銀行口座を持っておらず、ビットコインが金融包摂に貢献できるかもしれない。
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ビットコインを法定通貨にすることによる一番大きなメリットの一つは、金融包摂(誰もが取り残されることなく金融サービスの恩恵を受けられること)の達成でしょう。
現在70%のエルサルバドル人が銀行口座を持っておらず、金融サービスを受けられない状態にあると推定されています。ビットコインは、原則的には銀行など仲介業者を介さずにP2P(ピアツーピア)で取引が可能で、世界中の誰に対してもオープンであることが特徴です。
このため、銀行口座を持たない多くの人々がビットコインを経由することで経済・金融活動に参加できるようになります。
ブケレ大統領も上記の点を強調しています。
「多くの仕事を生み出すとともに、正式な経済圏の外で生活を余儀なくされている数千人に金融サービスを提供することができるようになる。中長期的には、今回の小さな決断が人類を正しい方向に少しでも歩ませるきっかけになると信じている」
再生可能エネルギーにも注力
環境負荷を理由に、イーロン・マスク氏はビットコインの支払い手段停止を決めた。
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もう一つのメリットは、同国の「再生可能エネルギーへの注力」を国際社会にアピールできることです。
5月、テスラCEOのイーロン・マスク氏が、突如、「環境負荷」を理由にビットコインの支払い手段としての受け入れを停止すると発表しました。ビットコインは、取引記録に関する合意を形成する方法としてプルーフ・オブ・ワーク(PoW)というアルゴリズムを採用しています。
これは、世界中のコンピューターが複雑な計算問題で競い合い、最初に解答を出すことで報酬としてコインを獲得(マイニング)する方法です。マスク氏の問題意識は、一部のコンピューターが電力源として石炭など化石燃料を使っているということでした。
ブケレ大統領も「ビットコインの環境問題」に敏感です。すでにエルサルバドルでは地熱発電を使ったインフラ拡大計画が進んでいますが、同大統領は、国営地熱発電事業会社の社長に対して「(エルサルバドルの)火山を使って100%クリーンで100%再生可能で(二酸化炭素)排出率がゼロのエネルギー」をビットコインマイニング用にも提供するように指示しました。
こうした政策により、ビットコインマイニング事業を担う企業の誘致ができるという側面もあるのです。
支払い手段として「強制」は問題?
国際通貨基金(IMF)も今回のエルサルバドルの動きを問題視している。
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今回エルサルバドルで成立した、ビットコインを法定通貨に定める法律の第7条は、以下のように書かれています。
「経済活動を行う全ての業者は、商品やサービスを購入する者からビットコインを支払い手段として受け入れなければならない」
ビットコインの支払い手段としての受け入れ強制は今回の法律の骨格ともいえる重要な部分ですが、懸念の声が相次いでいます。
例えば、仮想通貨に詳しいアメリカの弁護士で分散型技術を使った金融テクノロジー企業「Compound Labs」所属のジェイク・チェルヴィンスキー(Jake Chervinsky)氏は、「国が国民の私的な取引に口を出してどの資産を使うべきかを強制すべきではない」とし、「国民は自分たちが望むままに自由に経済活動を行うべきだ」と批判しました。
黎明期からの業界の功労者で仮想通貨取引プラットフォームShapeshiftのCEOであるエリック・ヴォルヒー(Erik Vorhees)氏は、「“国による支持”をビットコイナーが喜ぶのは不思議な光景だ」と皮肉を述べました。
さらに「国による支持に関わらず、ビットコイン受け入れの強制は正当化できない。(ビットコイン受け入れは)どこであっても自然発生的に起きるべきだ」と続けました。
元IMF専務理事のクリスティーヌ・ラガルド氏(左)とスポークスパーソンであるゲリー・ライス氏(右)。
REUTERS/Stefan Rousseau/Pool/File Photo
また、国際通貨基金(IMF)も、エルサルバドルの動きを問題視し、今後の成り行きを注視する構えをみせています。IMFのスポークスパーソンであるゲリー・ライス(Gerry Rice)氏は、「ビットコインを法定通貨として採用することは、マクロ経済・金融・法的に多くの問題を引き起こすため、かなり慎重な分析が必要だ」と表明しました。
そもそもビットコインは、政府や中央銀行の保証を必要としない決済手段です。
世界中の人々が管理できるオープンソースのソフトウェアであり、どんな政府や中央銀行もコントロールできないという特徴からもそのことは明らかです。ビットコインを初期から支持している人々にとって、法定通貨として受け取りを強制することが正当化できないというのは、まさにVorhees氏が言った通りでしょう。
日本で取引できなくなる可能性も?
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このように賛否両論が出ている今回のビットコイン法定通貨化の動きですが、日本にも思わぬ形で影響が出るかもしれません。ずばり「ビットコインが法律的に暗号資産とみなされなくなってしまうのではないか」という指摘が業界関係者から出ています。
理由は、資金決済法第二条5項の規定です。
この法律において「暗号資産」とは、次に掲げるものをいう。ただし、金融商品取引法(昭和二十三年法律第二十五号)第二条第三項に規定する電子記録移転権利を表示するものを除く。
一 物品を購入し、若しくは借り受け、又は役務の提供を受ける場合に、これらの代価の弁済のために不特定の者に対して使用することができ、かつ、不特定の者を相手方として購入及び売却を行うことができる財産的価値(電子機器その他の物に電子的方法により記録されているものに限り、本邦通貨及び外国通貨並びに通貨建資産を除く。次号において同じ。)であって、電子情報処理組織を用いて移転することができるもの
二 不特定の者を相手方として前号に掲げるものと相互に交換を行うことができる財産的価値であって、電子情報処理組織を用いて移転することができるもの(強調は筆者によるもの)
つまり日本の法律は「外国通貨」は暗号資産として認められない、と定めているのです。今回、エルサルバドルがビットコインを法定通貨にしたことで、ビットコインが外国通貨に該当する可能性が出てきたのではないか?と疑問視する声が、関係者の間では出ています。
そうなれば、理屈上はビットコインは暗号資産(仮想通貨)に該当しないため、単に暗号資産交換業のライセンスを持っているだけでは、ビットコインを取引できなくなる可能性も否定できません。こうした点に対して、当局からは6月21日現在、公式な見解は出ていません。
杓子定規な日本。今後、「予期せぬ展開」に柔軟に対応していけるかが焦点となる。
撮影:今村拓馬
上記の疑問に対する答えについては、金融庁や法律家の見解を待つ必要があると思います。しかし、そもそもこうした事態を招いてしまった背景には、私はイノベーションを前もって定義しようとする日本の法律スタイルがあると考えています。
2017年の4月に資金決済法が改正して以降、日本の仮想通貨規制は暗号資産の事業者に金融機関並みの投資家保護やマネーロンダリングへの対策を求めてきました。
また、2014年のマウントゴックス事件や2018年のコインチェック事件をはじめとして、日本では巨額仮想通貨の流出事件が相次ぎました。
その結果として、事業者は顧客資産の95%以上をコールドウォレット(オフライン)で保管することが義務付けられるなど、セキュリティに関する規制は一部金融機関の水準さえ上回っているのではないかと思われます。
こうした規制は、仮想通貨市場に制度的な安定性を与えるものと評価されてきました。
イノベーション取り込む議論を
しかし、現状の法律は、仮想通貨の特殊性がほとんど考慮されていないなど課題が多いのも事実です。今でも、ステーブルコイン(価格変動が少なくなるように設計された仮想通貨のこと)やDeFi(分散型金融)など、新たなプロダクト群が日進月歩ならぬ「秒進分歩」で次々と誕生しています。
それに対し、今は資金決済法で仮想通貨の定義がきっちりと決められてしまっています。事実上、日本は定義に合うイノベーションだけを認める、定義に合わないものは認めない、といった杓子定規な運用をしてしまっているのが現状です。
時代が進む中で様々な「予期せぬ展開」が起きます。今回のエルサルバドルによるビットコインの法定通貨化も「予期せぬ展開」の一つであり、事前にイノベーションを定義してしまう法的スタイルの限界を示したのではないでしょうか。
「原則ベース」のアメリカはイノベーションをうまく取り込み、チャレンジを後押しする環境がある。
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対照的に、私がイノベーションをうまく取り込んでいる国として注目しているのは、アメリカです。
アメリカの法律は基本的に“原則(プリンシプル)ベース”であり、新しいイノベーションに基づくサービスが出てきたとき、詐欺ではないか?マネーロンダリングに使われないか?など、必要最低限の事項をリトマス試験紙のように判定し、要所要所で取り締まるというのが基本スタンスです。
逆に言えば、企業やスタートアップは原理原則を守りながら新たなイノベーションにチャレンジすることが可能となっています。
今後もエルサルバドルのような「予期せぬ展開」は発生するでしょう。日本は、法的に柔軟な対応をすることを含めて、どうすればイノベーションを法的に取り込むことができるのか?という議論を始める必要があるでしょう。
今回のエルサルバドルの一件は、そうした議論の必要性を改めて認識するきっかけになるのではないでしょうか。
(文・ 千野剛司、編集・西山里緒)
千野剛司:ペイワードアジアCEO/クラーケン・ジャパン代表。慶應義塾大学卒業後、東京証券取引所に入社。2008年のリーマンショック(世界金融危機)後、債務不履行管理プロセスの改良プロジェクトに参画。クレジット・デフォルト・スワップ(CDS)や金利スワップの清算プロジェクトを主導。その後、PwC Japanを経て、2018年7月にクラーケンを運営するペイワードに入社。2020年3月より現職。オックスフォード大学経営学修士(MBA)を修了。