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一週間にもしも休みが3日あったら、あなたは何に使うだろう——。そんな世界が2021年、いきなり現実味を帯びている。
政府は6月、経済財政運営の柱となる「骨太の方針」に、希望する人は週休3日を選べる「選択的週休3日制」を盛り込んだ。産業界に導入を呼びかけることで、自由な時間は増えそうだが、給与はどうなるのか。なぜ人口減少社会でどこも人手不足なのに、政府は「休み」を推奨するのか。
「選択的週休3日制」の本当の狙いはなんだろう?背景にあるのは、日本型雇用、激動の時代だ。
2021年、にわかに週休3日が話題となった。働き方改革は、休み方改革へと広がりつつある。
2021年4月13日と24日の日本経済新聞朝刊、6月19日読売新聞朝刊を撮影。
2021年4月、「選択的週休3日制」をメディアが取り上げ、にわかに話題に。きっかけは、自民党内の会議で議論のテーブルに上がったこと。目的は働き方の選択肢を増やすことだった。
その後、「選択的週休3日制」は政府の「骨太の方針」にも盛り込まれ、企業への導入呼びかけが始まる。週休3日はいよいよ現実味を帯びてきた。
「週休3日」と言っても、すでに実施している企業だけでもいくつかタイプがある。基本給を維持するか、休みが増えた分減らすかは大きな分岐点。
REUTERS/Yuya Shino、REUTERS/Kim K, REUTERS/Charles Platiau/File Photoyung-Hoon/File Photo,
パターン1…労働時間を削り、基本給も減少。週休3日を選択した場合は、勤務日が週5日から4日に減る分、基本給も2割減る。みずほフィナンシャルグループなど。
パターン2…労働時間も給与もそのままで、1日の労働時間を増やすことで、給与は変えずに休日を増やす。リクルートグループでは、1日の労働時間を30分増やし、週当たりの休日を「2.8日」にした。
パターン3…労働時間は減らし、給与はそのまま。会議の短時間化など生産性を挙げる取り組みがマストに。日本マイクロソフトが2019年8月、生産性向上策とセットで試験的に金曜日を休暇にした。
「コストカットに利用?」働き手からは不安・懐疑的な声も。
世間の受け止めはさまざま。Business Insider Japanが読者に実施したアンケート調査でも、「利用することが昇進の障害にはならないのか」(20代、その他サービス業)などの声が。
「やっぱり給与が心配」……週休3日をめぐる4つのリスクを見てみよう。
撮影:今村拓馬
本人が希望する「選択的」週休3日でないと、企業側が人件費を削減するために休みを増やすことも考えられる。
現場でのシフト勤務が多い業界では、週休3日の確保が難しいことから「休日の格差」につながるという指摘も。1日の労働時間が増える場合、残業代が減ったり、定時退社の生活スタイルが壊れたりすることもあるかもしれない。
そんな「週休3日制」の背景にあるのはヒューマン・ニューディール政策。これまでのように人材育成を企業に依存するのではなく、国が人材投資と制度の見直しを行うことを掲げている。キーワードは「学び直し」だ。
2021年6月18日に開かれた経済財政諮問会議。
首相官邸HPより
財政諮問会議の4人の民間委員のうちのひとり、東京大学の柳川範之教授は「能力開発やスキルアップにより、適材適所に人材が動ける社会につながる」と、週休3日の意図を話す。
バブル崩壊以降、増えた非正規社員。企業は人件費を「コスト」と捉え、抑制・カットを続けてきた。
内閣府・男女共同参画推進連携会議『ひとりひとりが幸せな社会のために ~令和2年版データ~』を基に編集部作成
なぜ企業は人材投資をしないのか?
企業がコストカットのために非正規社員を増やしたことも原因だ。非正規社員への教育投資はそもそも薄い。
長引く経済低迷で、日本は国際的にみても人材投資が乏しく、新しいスキルを学ぶ機会がそもそも少ない。
経済産業省『「雇用関係によらない働き方」に関する 研究会・報告書』のデータを基に編集部作成
日本では仕事を通じて学ぶOJT(オン・ザ・ジョブ・トレーニング)が一般的。長引く経済低迷の中で、汎用性のあるスキルを学ぶことへの投資は他国に比べて少ない。デジタルなど成長分野の新しい技術を社会人が学ぶ機会が乏しいのだ。
日本の労働生産性はOECD加盟37カ国中26位。企業が人材投資をしないことが、生産性低下を招いている。
日本生産性本部『労働生産性の国際比較2020』、経済産業省『「雇用関係によらない働き方」に関する 研究会・報告書』のデータを基に編集部作成
人件費カットを目的に→非正規社員を増やす→教育投資がされない→生産性悪化→人件費カット……という負のサイクルが生まれている。
経済低迷に加え、コロナ失業10万人超え。飲食業などが打撃を受ける一方で、伸びている産業も。労働移動の必要性がますます重要に。
東京商工リサーチ「飲食業の倒産動向」調査 (2021年1-5月)を基に編集部作成
もともと生産性アップが課題だったところに、コロナ禍が襲う。飲食業などで働く労働者を、ITや医療・介護など人手不足の産業で働けるようなサポートの必要性が高まった。しかし、国や自治体が提供する職業訓練では、人気のプログラムは高倍率で受講できなかったり、せっかく訓練を受けても職に就けなかったりすることが課題に。
エンジニア、データサイエンティストなどDX人材は今なお、人手不足。高い求人倍率が続いている。
データ提供:パーソルキャリア、写真:Gettyimages
転職サービスdodaを運営するパーソルキャリアによると、「データサイエンティスト」の求人倍率が10倍を超え、「ITコンサルタント」に関しては20倍を超えている。
それでは流行りのスキルを身につければいいのか?しかしそれは早とちりかもしれない。
撮影:今村拓馬
「週休3日制」の目的の一つは、市場価値の高いスキルを身につけること。しかし、何をどう学べばいいのか?またどういったスキルを持てば、どういった職に就けるのか?その道筋は明確ではない。
「人気の産業には人が集中していることに加え、スキルが役立つ寿命は短くなっている」。東京大学の柳川範之教授は市場価値だけで考えるべきではないと指摘。
人生100年時代、長く働くうちにスキルも職業も移り変わる。増えた休日で「学び直し」という目的の実現には①政策的な人材投資②学び直しの機会③収入保障…はマストだ。同時に私たち個人は、雇用激動の時代をどう生きるかが問われている。
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「選択的週休3日制」は私たちの働き方に革命を起こす、転換点となるだろうか。5回にわたり、週休3日がやってくる時代を解剖していく。