人工知能(AI)は今やあらゆるところで使われるようになり、投資家の需要も高まり続けている。
調査会社のPitchBookによれば、2021年1-3月期、ベンチャーキャピタル(VC)によるAI関連スタートアップへの投資は995件、額にして201億ドル(約2兆2110億円)もの資金が注ぎ込まれている。
中にはビッグニュースになった案件もあった。データブリックスは10億ドル(約1100億円)という巨額の調達を2月に達成した。Insiderの取材に応じた同社のアリ・ゴドシCEOは、アプローチしてきた投資家を断らなくてはいけないほどだったと語る。またユーアイパス(UiPath)は4月の上場前に、VCによる投資で20億ドル(約2200億円)を調達した。
PitchBookのアナリストであるブレンダン・バークは言う。
「創業初期のAIスタートアップが、トップクラスの投資家から多額の資金を調達しています。将来有望であり、AI関連企業が大型の上場案件にもなっているため、投資家はAIについて詳しくなりたいと思っているようです」
ただ、ニュースになるような案件とは別に、投資家が強い関心を示している案件がいくつかある。これらはシリーズAやシリーズBなど、早期の投資ラウンドだったために大手メディアが取り上げなかったものだ。
本稿では、PitchBookのデータをもとに、過去2年間においてラウンドAとBで調達額が高かったAI関連スタートアップのトップ10社を紹介する(中国企業の大型投資案件で、アメリカで上場されない企業については除いた)。
スノーフレイク(Snowflake)が2020年に上場した際、時価総額が670億ドル(約7兆3700億円)となりソフトウェア企業としては過去最高を記録したが、今年か来年には、現在280億ドル(約3兆800億円)のデータブリックスが同じ状況になるかもしれない。未来のデータブリックスを見つけるには、すでに投資家が目を付けている若い企業に注目するのがいいだろう。
アジャイル・ロボッツ(Agile Robots)
創業者のペーター・モイゼルとザオペン・チェン博士
Agile Robots
ラウンド調達額:1億3400万ドル(約143億円)
合計調達額と企業価値:1億3400万ドル(約143億円)を調達したが、企業価値についてはコメントしていない。PitchBookも1月のラウンド以降は企業価値を出していない。
本社:ドイツ・ミュンヘン
AI技術とロボット技術をつなげるアジャイル・ロボッツは、2018年にドイツ航空宇宙センターから分社化した企業だ。技術の進歩によりさまざまな業種でロボットがその役割の幅を広げていく中、多額の資金を調達したスタートアップの一つとなっている。
アジャイル・ロボッツの「スマート」ロボットは従来の製造業の再構築を目的として作られており、「ロボティクスについての知識が全くなくても当社のロボットは簡単に設定できるため、さまざまなシーンで導入できます」と同社は言う。
ニンブル・ロボティクス(Nimble Robotics)
創業者兼CEOのサイモン・カルーシュ
Nimble.ai
ラウンド調達額:5000万ドル(約55億円)
合計調達額と企業価値:これまでの投資ラウンドは3月のラウンドのみ。企業価値は公開していないが、PitchBookによると1億2348万ドル(約135億8280万円)となっている。
本社:アメリカ・サンフランシスコ
ネットショッピングをする際、その商品を梱包しているのは誰か考えたことはあるだろうか?
AI技術を使ったニンブルのロボット群は、その知能を活用してピッキング(倉庫から商品を取ってくること)・梱包を行う。扱う商品はアパレルから電化製品、食料品まで、数百万にも及ぶ。フォーチュン500に入る小売業者などもアメリカ各地の発送センターに導入しており、毎日10万以上の商品をニンブルのロボットがピッキングしている。
カルーシュCEOは、「ロボットは人間ではありません。人間用に作られた環境にロボットを導入しようとすると、長期的にはどうしても最適化されない部分が出てきます」と指摘する。
ナイン・スクエア・セラピューティクス(Nine Square Therapeutics)
カリフォルニア大学サンフランシスコ校の研究室にて、創業者のうちの2人であるスティーブン・アルシュラー博士とラニ・ウー博士
UCSF
ラウンド調達額:5000万ドル(約55億円)
合計調達額と企業価値:これまでの投資ラウンドはシリーズAのみ。企業価値についてはコメントしなかった。PitchBookは2月のラウンド後で5300万ドル(約58億3000万円)としている。
本社:アメリカ・サンフランシスコ
ナイン・スクエア・セラピューティクスは、VCのアップル・ツリー・パートナーズから5000万ドル(約55億円)の投資を受けて2020年7月に創業した。
創業者はカリフォルニア大学サンフランシスコ校の研究者たちだ。パーキンソン病やALS(筋萎縮性側索硬化症)などの運動障がいに対する新規治療の発見を加速させるなど、科学的な発見や基盤が同社の活動の基礎となっている。
CEOで、アップル・ツリー・パートナーズのベンチャー・パートナーでもあるスピロス・リラスは言う。
「当社の事業はAIとHI(ヒューマン・インテリジェンス:人間の知性)を真に融合させたものです。テクノロジーと生物学を組み合わせるトップクラスの科学者たちと直接仕事をすることが、生活を一変させる発見のカギとなるのです」
DefinedCrowd(ディファインドクラウド)
創業者兼CEOのダニエラ・ブラガ
DefinedCrowd
ラウンド調達額:5050万ドル(約55億5500万円)
合計調達額と評価額:これまで合計で6360万ドル(約69億9600万円)を調達。評価額についてはコメントしなかった。PitchBookは2020年5月の投資ラウンド後で3億ドル(約330億円)としている。
本社:アメリカ・シアトル
DefinedCrowdは機械学習とクラウドソーシングを組み合わせることで、AIシステムを50カ国語で学習させるサービスを提供している。これにより、さまざまな場所にいる人からインプットをもらってアルゴリズムをトレーニングし、顧客とのコミュニケーションを向上させる。
「私たちの生活を左右する機械に人間の言語を学習させて、テクノロジーをもっと人間らしくしたい。私たちが機械に話しかける時、人間が機械に合わせるのではなく、機械が人間に合わせるようにしたいのです」とブラガCEOは言う。
シーボ(Seebo)
共同創業者であるアカビア兄弟
Seebo
ラウンド調達額:2400万ドル(約25億4000万円)
合計調達額と企業価値:これまでに合計4600万ドル(約50億6000万円)を調達。企業価値は非公開としている。PitchBookは2020年3月のラウンド以降企業価値を出していない。
本社:イスラエル・テルアビブ
シーボは、AIを使ってメーカーのさまざまな工程を改善することで、生産量を増やしたり、品質や生産量の低下を防いだりするサービスを提供する。ネスレ、ペプシコ、リンツ・チョコレート、ゼネラル・ミルズなど、製菓メーカーを主要なクライアントに持つ。
「複雑な製造プロセスの奥深くにこそ、非効率な部分は隠れています。そのロスは、製造業全体で年間数百万ドル規模にもなります」と、共同創業者のリオール・アカビアCEOは言う。兄弟のリランも共同創業者であり、COOを務める。
Otter.ai(オッター・エーアイ)
サム・リアンCEO
Otter.ai
ラウンド調達額:5000万ドル(約55億円)
合計調達額と評価額:合計調達額は6300万ドル(約69億3000万円)。評価額は非公開。PitchBookも2月の投資ラウンド以降評価額を出していない。
本社:アメリカ・カリフォルニア州ロスアルトス
Otter.aiは自然言語処理のAIを使った文字起こしサービスだ。音声会話は即座に文字化され、ユーザーはその内容を検索・編集・整理でき、どんな端末からでも内容をシェアできる。
サム・リアンCEOは言う。「コロナ禍でハイブリッドな職場環境が増える中、当社は(リアルタイムで文字起こしされたメモによって)会議出席者の生産性向上に大きく貢献できています」
オクトエムエル(OctoML)
ルイス・セジCEO
OctoML
ラウンド調達額:2800万ドル(約30億8000万円)
合計調達額と評価額:合計調達額は4700万ドル(約51億7000万円)。評価額についてはコメントしなかった。PitchBookのレポートでは3月のラウンド後の評価額が2億3800万ドル(約261億8000万円)となっている。
本社:アメリカ・シアトル
OctoMLは「企業のAI利用をサポートするAI」を提供する。OctoMLを介することで、エンジニアがさまざまなハードウェア上で機械学習モデルを実行する際の効率を高めてくれる。今や運送業から医療に至るまで、多様な業界で使われている機械学習モデルの開発・展開・モニタリングまでをサポートしている。
「機械学習モデルを本番移行するために必要とされる、希少で高価なスキルのニーズにも応えることができます」と同社は説明する。
オクトン(Oqton)
共同創業者兼CEOのベン・シュローウェン
Oqton
ラウンド調達額:4000万ドル(約44億円)
合計調達額と企業価値:これまでの資金調達はラウンドAのみ。企業価値についてのコメントはなかった。またPitchBookも推定値を出していない。
本社:アメリカ・サンフランシスコ、ベルギー・ヘント
オクトンはさまざまなオートメーションを組み合わせるクラウド型プラットフォームを開発する。歯科、宝飾品、医療、工業、航空などの業種で現在利用されており、AIとオートメーションを、溶接など昔ながらのスキルにも活用できるという。
共同創業者兼CEOのベン・シュローウェンは「製造業においてクラウドを本格的に取り入れるタイミングが来たと強く感じており、貢献できるよう尽力しています」と述べている。
ウェイツ&バイアシズ(Weights & Biases)
ルーカス・ビーウォルドCEO
Weights & Biases
ラウンド調達額:4500万ドル(約49億5000万円)
合計調達額と企業価値:合計調達額は6500万ドル(約71億5000万円)。評価額についてはコメントしなかった。PitchBookは2月のラウンド後で2億4000万ドル(約264億円)と評価している。
本社:アメリカ・サンフランシスコ
ウェイツ&バイアシズも、Octo MLと同様に、AI構築を向上させるためのAIを開発するスタートアップだ。サンフランシスコ発のこの企業は、クライアントのデータやAIプログラムのトラッキングを支援し、7万人以上のユーザーを抱えているという。
「私たちは、機械学習モデルを構築する開発者のニーズを大切にしています。顧客にはエヌビディア(NVIDIA)、セールスフォース、オープンAI、グラフコア(Graphcore)など、大手テック企業もいます」とルーカス・ビーウォルドCEOは言う。
アーマーブロックス(ArmorBlox)
チーフ・プロダクト・オフィサーのアナンド・ラガバン(左)と、CEOのD. J. サンパス(右)
ArmorBlox
ラウンド調達額:3000万ドル(約33億円)
合計調達額と企業価値:シリコンバレー発の同社の合計調達額は4650万ドル(約511億5000万円)。評価額は公表していない。PitchBookは2月のラウンド後で評価額を1億4000万ドル(約154億円)としている。
本社:アメリカ・カリフォルニア州サニーベイル
アーマーブロックスは「自然言語理解」を活用して、企業で最もよく使われるテキストコミュニケーションを分析し、フィッシングやデータ漏洩などの脅威から守る。メールだけでなく、Slack、SMSなど、文字によるあらゆるコミュニケーションにまつわるリスクに対応する。CEOであるDJサンパスは言う。
「損失を出したり、デリケートな情報を紛失したりすることなく、安心してメールでのコミュニケーションができるよう、数千もの顧客をサポートしています」
バロ・ヘルス(Valo Health)
デイビッド・ベリーCEO
Valo Health
ラウンド調達額:3億ドル(約330億円)
合計調達額と企業価値:合計調達額は4億5000万ドル(約495億円)。評価額についてはコメントしなかった。PitchBookも最新の評価額を出していない。
本社:アメリカ・ボストン
バロ・ヘルスは、がん治療のための前臨床候補薬などの新薬開発にAIを活用する企業だ。6月初めにはコスラ・ベンチャーズ・アクイジションによるSPAC(特別買収目的会社)を通じて上場することを発表し、ニュースにもなった。
3月にはラウンドBでコーク・ディスラプティブ・テクノロジーズから3億ドル(約330億円)という巨額を調達している(このラウンドは2021年の1月に1億9000万ドルの調達から始まった)。
「バロは新薬発見・開発の手法を変革するというミッションのもとに創業しました」と創業者兼CEOのデイビッド・ベリーは言う。ベリーは敏腕の連続起業家でもあり、これまでに20社以上を創業している。
(翻訳・田原真梨子、編集・野田翔)