2021年5月、孫正義会長兼社長が率いるソフトバンクグループ株式会社(以下、ソフトバンクG)が2021年3月期の決算を発表し、世間をあっと驚かせました。
同社の2021年3月期の当期純利益は、なんと4兆9879億円(税引前利益5兆6704億円)。この利益額は日本企業の中では過去最高です。
それまでの最高額はトヨタ自動車が2018年3月期に達成した2兆4939億円でしたから、今回のソフトバンクGは実にその2倍。あまりに大きい数字なのでイメージがつきにくいかもしれませんが、日経平均採用企業225社全体の純利益23.3兆円のうち、実に21%をソフトバンクG一社が稼ぎ出した計算になります(※1)。
しかし読者のみなさんもご記憶でしょう。ソフトバンクGと言えば、わずか1年前の2020年3月期には1.3兆円の営業赤字を計上し、当期純損失も1兆円近くと、ボロボロの状態でした。
瀕死の状態からの見事なV字回復。いや、V字というより「J字」とでも呼ぶべき、驚異的な超回復と言えるでしょう。
決算説明会でプレゼンをする孫正義会長兼社長。純利益4.99兆円とは途方もない数字だ。
(出所)ソフトバンクG 2021年3月期 決算説明会動画配信より。
なぜこんなにも業績の波が激しいのかというと、ソフトバンクGの複雑な会計のためです。
その複雑怪奇な同社の会計のしくみについては、ちょうど1年前にこの連載で「ソフトバンクG営業赤字1兆3500億円の衝撃。『日本一わかりにくい決算』を読み解く鍵は3つの収益源」という記事に書いたとおりですが、実はソフトバンクGはこの2021年3月期の本決算で、驚くべき会計上の変更を行っています。
その変更の狙いは何なのか、そして、ソフトバンクGが今回、国内史上最高益を大幅に更新できた理由はどこにあるのか。会計とファイナンスの視点から分析していくことにします。
ソフトバンクGは通信会社ではなく、投資会社
朝起きてスマホでYahooニュースをチェックしていたら、ZOZOの広告が目についた。前から買おうと思っていた服が安くなってる。思い切って買っちゃおうかな、と迷いながら朝の支度をしていたら、LINEに「コロナが終息したら旅行に行こう! 今度、一休ドットコムを見ながらどこに行くか相談しない?」と友人から連絡が。今日はリモートワークの日だし、ランチはUber Eatsか出前館で焼肉弁当を注文しようかな。クーポンが使えるから決済はPayPayで済ませよう。仕事にとりかかり、メモを書こうとしたら付箋が切れていることに気がついた。会社だったらアスクルでサクッと付箋を注文できるのに……。
何気ない日常の風景をつづったこの短文の中に、8つの社名が出てきます。実はこれら8社はどれも、直接的・間接的にソフトバンクGが投資している会社です。
ソフトバンクグループと聞くと、多くの人は「あの携帯電話会社のことか」とよく勘違いしがちなのですが、携帯等の通信事業を行っているのはソフトバンク株式会社(以下、ソフトバンクKK)。ソフトバンクGの子会社に当たります。
ソフトバンクKKだけではありません。ヤフー、LINE、ZOZO、PayPay銀行等を直接・間接的に傘下に抱えるZホールディングス(旧ヤフー株式会社)もソフトバンクGの連結子会社です。
他にも、時価総額で世界トップ10に位置し、GAFAMの背中を追いかけている中国企業アリババの筆頭株主もソフトバンクGです。また、ソフトバンクGは自社が有するビジョンファンドを通じて、有名なユニコーンやスタートアップ企業にも多く投資しています。
このように、ソフトバンクGの傘下には、数多くの子会社や関連会社、あるいはファンドを通じて共同支配している企業が存在します(図表1)。ソフトバンクGという企業の本質を理解するうえで一番大事なことは、同社は「投資会社」であって通信会社ではない、ということです。
ソフトバンクGの収益構造
よく「ソフトバンクGの会計は日本一分かりにくい」などと言われますが、この傘下企業の多さを見ればその理由の一端がお分かりいただけるでしょう。
複雑怪奇なソフトバンクGの決算を理解するためには、コツがあります。これら無数の傘下企業を、図表2のように3つに分けて考えるのです。
上記3パターンの出資先により、利益の計上の仕方はそれぞれ変わってきます。
実はこれら3つのうち、(2)のソフトバンク・ビジョン・ファンド(以下、「SVF」) (※2)の投資先に分類される企業については、その簿価ではなく「時価」がソフトバンクGの損益に計上されます。
ここで本稿冒頭のニュースを思い出してください。ソフトバンクGは、1年前に1兆円近くの当期純損失を出したところから一転、2021年3月期は5兆円近くの純利益を稼ぎ出しました。この“J字回復”の要因は、まさにここにあります。ソフトバンクGの投資先の株価の変動が、同社の損益にダイレクトに影響を与えているのです。
1年前にこの連載でソフトバンクGの会計の読み解き方を解説した際、私はこの3パターンを使って利益計上のしかたの違いを次のような表にまとめました。
今回もこの表をそのまま使って説明できれば話は早かったのですが、なんと、ソフトバンクGは2021年3月期の第1四半期に連結損益計算書の表示を変更し、営業利益を表示するのをやめてしまったため、この表が使えなくなってしまいました(図表4)。
「営業利益」といえば、会計を多少かじったことのある人ならおそらく知らない人はいない重要項目。本業の儲けを表す利益ですから、「P/L(損益計算書)を見るときはまず真っ先に営業利益をチェックする」という人も少なくないでしょう。
それほど重要な営業利益を、ソフトバンクGはP/Lに記載するのをやめた——。これはかなりの驚きです。
具体的に何をどう変更したのか、なぜ変更したのかについて、ソフトバンクGの2021年3月期の決算短信には次のように書かれています。
ソフトバンクG(株)は、直接(子会社を通じた投資を含む)または投資ファンド(例えば、ソフトバンク・ビジョン・ファンド)を通じて多数の企業に投資を行い、その投資ポートフォリオを管理する戦略的投資持株会社です。
2020年4月1日にスプリントとT-Mobile US, Inc.の合併取引が完了し、同日からスプリントが当社の子会社ではなくなったことにより、当社の連結業績全体に占める投資活動の重要性が一層高まったことを踏まえて、当第1四半期より連結損益計算書の表示を変更しました。
具体的には、連結損益計算書において「営業利益」の表示を取り止める一方で、連結業績における投資の成果を明示するために新たに「投資損益」を表示しています。
要するに、「戦略的投資持株会社として投資活動がいっそう重要になった」、だから「営業利益をやめて、投資損益を表示することにした」ということです。
このような事情から、先に示した図表3の使い分けはできなくなってしまいました。営業利益の表示をしなくなった代わりに、ソフトバンクGは収益源を次の3つに集約することにしました。
ここで(1)と(3)は図表3と同じです。(2)については、SVFの投資損益に加えて、持株会社からの投資損益とその他投資損益が加えられることになりました(※3)。
つまりざっくり言うと、アリババやTモバイル、WeWorkなど、ソフトバンクGが純粋投資事業として保有する株式(子会社株式は除く)については、時価の変動や売却等による損益が「持株会社投資事業からの投資損益」の項目に反映されることになったのです(※4)。
なお、持分法適用関連会社に該当する投資先(アリババなど)の業績は、持分に応じて損益が「持分法による投資損益(図表5の(3))」に計上されます。
実際のP/Lを見てみる
以上の点を踏まえたうえで、実際のソフトバンクGのP/Lを見てみましょう。
この図表に記した番号(1)(2)(3)は、図表5で示した番号に対応しています。
このように複数の収益源があるソフトバンクGですが、ここでぜひ注目していただきたいポイントがあります。それは、図表5の(1)に関連する「売上高(5.6兆円)」から生み出される「売上総利益(2.9兆円)」より、(2)の「投資損益(7.5兆円)」の方が大きいということです。
(2)の投資損益とは、実質的には売上総利益(粗利)のようなもの。ということは、ソフトバンクGの利益の源泉としては、売上よりも投資損益のほうが財務的なインパクトがはるかに大きいということです。
この投資損益7.5兆円のうちの8割以上を占めるのが、SVFからの投資損益6.3兆円です。
このように、親会社に帰属する当期純利益の多くの部分は、SVFからの投資損益6.3兆円からもたらされたものと考えられます。言い換えれば、ここ数年でソフトバンクGのP/Lのかなりの部分をSVFからの投資損益が占めるようになってからは、そのP/Lの帰趨は「SVFからの投資損益」でほぼ決まってしまうということです。
2020年に1兆円近い当期純損失を出したのも、2021年には一転して5兆円近くの当期純利益を叩き出したのも、多くはSVFからの投資損益に起因します。「ソフトバンクGは投資会社」という所以はここにあります。
より詳しく把握するために、セグメント別の利益(それぞれのセグメントの収益−費用)を見てみましょう(図表8)。
この円グラフからも分かるように、約5.7兆円の税引前当期純利益のうち70%強(約4兆円)はSVFから得られた利益です。この、SVFから得られたセグメント別利益の内訳を見てみると……(図表9)。
約4兆円に及ぶSVF関連のセグメント利益は主に、売却による投資利益(4196億円)と未実現利益(5兆8971億円)に由来します。つまり、SVFの投資損益の90%以上が「未実現」の評価益だということです。
このSVF関連の投資損益(図表9の赤破線で囲った部分)の内訳は以下の図表のとおりです。
SVFの投資損益の実現利益、つまり実際に利益が確定した金額は、この円グラフで言う「SVF1エグジットした投資」に該当します。「SVF1エグジットした投資」とは、SVF1の投資先において、株式を売却する(エグジット)ことで利益を確定させた投資を言います。つまり、利益が確定したのは全体のわずか7%(約4200億円)で、残る約5.9兆円は未実現評価益だということです。
このように、SVFからもたらされた約6.3兆円の利益のうち、約5.9兆円はまだ確定した利益ではありませんから、今後の株価次第で、もっと増えることもあれば、大きく減ってしまう可能性もあるわけです。
この未実現評価益のうち、最大の割合を占めるのがSVF1の上場投資先です。公開情報をもとにまとめると図表11のとおりです。
このようにソフトバンクGは、SVF1のCoupang(クーパン)、DoorDash(ドアダッシュ)、Uber(ウーバー)、そしてSVF2のKE Holdingsの4社だけでも合計約4.2兆円もの未実現評価益を計上しています。
なかでもひときわ目を引くのがCoupangです。同社は2010年に創業した韓国のネット通販会社で、「韓国のアマゾン」とも称されます。2021年3月にニューヨーク証券取引所に上場した際には時価総額が9兆円を超え、韓国国内ではサムスンに次ぐ規模となりました。ちなみにこの規模は、アメリカにおける海外企業の新規株式公開(IPO)としては中国のアリババ(これもソフトバンクGの持分法適用会社です)以来となりました (※5)。
これらの株式をソフトバンクGが持ち続ける限り、株価が変動するたびにソフトバンクGの決算は影響を受けることになります。
なお、図表9に「SVF1における外部投資家持ち分の増減額」2.2兆円があるように、SVFから得た投資損益のうち、一部は外部投資家に帰属します。
過去最高益を出してもキャッシュはそれほど増えていない
次に、ソフトバンクGのキャッシュフロー計算書(C/S)を見てみましょう。
先ほど「SVFからもたらされた6.3兆円の利益のうち、5.9兆円は未実現利益」だと述べました。このことを反映して、図表12をご覧いただくとお分かりのように「当期純利益が約5兆円!」というわりにキャッシュは増えていません。それどころか、キャッシュが増えた主な要因は、営業CFというより財務CFが増えたことによるもの、具体的には主に銀行からの借り入れ(有利子負債による収入)によるものです。
ソフトバンクGにおける投資損益に伴うキャッシュの増減は、投資CFに反映されます。ですが同社は流動性の高い上場株式の取得を含め投資を積極的に行っていることもあり、投資CF自体はまだマイナスです。
この連載では過去にもたびたび「利益とキャッシュは別物」とお話ししてきましたが、このソフトバンクGの例を見ても両者がいかに違うかがお分かりいただけるでしょう。
さて、そうなると疑問が湧いてきませんか? 利益とキャッシュにこれほど乖離があるなら、ソフトバンクGの経営状態はどの数値を見れば信憑性の高い判断ができるのでしょうか。
その答えが「NAV(ナブ)」です。これについては、次回詳しくお話しすることにしましょう。
※1 平田紀之「アングル:日経平均は本当に割安か、ソフトバンクG次第のPER」ロイター、2021年6月2日。
※2 SVFには、ソフトバンク・ビジョン・ファンド1(以下、「SVF1」)とソフトバンク・ビジョン・ファンド2(以下、「SVF2」)の2つがありますが、以下総称してSVFとします。
※3 ここでの「投資損益」には次の4つが含まれます。(1)投資有価証券(FVTPL の金融資産)および持分法で会計処理されている投資の売却による実現損益、(2)FVTPLの金融資産の未実現評価損益、(3)投資先からの受取配当金、(4)FVTPLの金融資産などの投資にかかるデリバティブ関連損益。
FVTPLとは「Fair Value Through Profit or Loss」のことで、ざっくりいうと金融資産の公正価値(≒時価)を計算した上で、簿価との差額を利益もしくは損失として計上することを言います。そのうえで、持株会社からの投資損益とは、ソフトバンクGが、直接または子会社を通じて保有する投資からの投資損益により構成されています。
※4 アリババについては、持分法適用関連会社に該当はするものの、ソフトバンクGは一部アリババの株式を売却したりもしています。そのため、アリババの株式を売却することで得られたキャピタルゲインは、(2)投資損益「持株会社投資事業」に計上されることになります。また、WeWorkについては、SVFからの投資以外に、ソフトバンクG本体からも投資をしていることから、(2)投資損益「持株会社投資事業」にも記載しています。
※5 「『韓国のAmazon』米上場、時価総額9兆円 SBGが株主」日本経済新聞、2021年3月12日。
(執筆協力・伊藤達也、連載ロゴデザイン・星野美緒、編集・常盤亜由子)
村上 茂久:株式会社ファインディールズ 代表取締役、GOB Incubation Partners株式会社CFO。経済学研究科の大学院(修士課程)を修了後、金融機関でストラクチャードファイナンス業務を中心に、証券化、不動産投資、不良債権投資、プロジェクトファイナンス、ファンド投資業務等に従事する。2018年9月よりGOB Incubation Partners株式会社のCFOとして新規事業の開発及び起業の支援等を実施。加えて、複数のスタートアップ企業等の財務や法務等の支援も手掛ける。2021年1月に財務コンサルティング等を行う株式会社ファインディールズを創業。