今週も、早稲田大学ビジネススクールの入山章栄先生が経営理論を思考の軸にしてイシューを語ります。参考にするのは先生の著書『世界標準の経営理論』。ただし、本連載はこの本がなくても平易に読み通せます。
家具・雑貨販売のニトリは先ごろ、外食産業に参入すると発表しました。家具と外食、一見シナジーが働きそうにない取り合わせですが、入山先生は「相乗効果(シナジー)はある!」と見ているようです。ただしそのシナジーは、従来言われているものは違うようです。ニトリの狙いはどこにあるのか、入山先生の考察にご注目。
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あのニトリが外食に進出?
こんにちは、入山章栄です。今回はBusiness Insider編集部の常盤亜由子さんから質問が来ています。同編集部の小倉宏弥さんにも加わってもらって、これについて考えていくことにしましょう。
BIJ編集部・常盤
2020年3月に、家具・インテリア雑貨の最大手ニトリが外食産業に参入するというニュースが報じられました。「ニトリのドメインとはまったく違う外食産業に、なぜ?」と驚いて記事を読んでみると、これまでニトリが培ってきた、廉価に商品を提供するノウハウを外食産業にも応用する狙いだと書かれていたんですね。
企業が新規事業を立ち上げるときは、既存の事業とのシナジー効果が見込めるものにするべきだとよく言われますよね。しかし家具と外食では業態が全然違います。このようなケースでも、シナジー効果は見込めるものなのでしょうか?
常盤さんの疑問はもっともですね。外食は難しいですし、家具のニトリのノウハウや強みが応用しやすいとは想像にくいですよね。ただ僕は、「ニトリダイニング」はけっこう悪くないのではないか、と思っています。というのも最近、いろいろな意味で「シナジー」の考え方が変わってきているのではないか、と思っているからです。
とはいえ僕は、似鳥昭雄さんのビジネスの考え方をよく理解しているわけではありません。もしピント外れなことを言っていたら、あくまで外野の学者の意見ということでご容赦ください。
ポイントは大きく2つあります。
第一に、このレストラン事業はニトリの「思想」と親和性が高いのではないか、ということです。「思想のシナジー」ですね。そもそもニトリは、社会問題に取り組む意識が強い会社です。僕はコープさっぽろの理事をしているのでよく北海道に行っていますが、小樽に行くと小樽芸術村というところがあって、そこは実は似鳥文化財団が公益事業として運営しているものです。
小樽はかつて漁港として栄え、観光地としても人気でしたが、今は全盛期ほどの賑わいはありません。でもニトリはもともと北海道の会社なので、小樽を復活させたいという思いもあり、小樽芸術村をつくったはずです。
さらにニトリはコープさっぽろと組んで、これからワイン研究所をつくろうと計画しています。例えば北海道の与市といえばウイスキーのイメージがありますが、実はワインの産地でもある。北海道をワインツーリズムの聖地にすることで、さらに盛り上げようと考えているのです。ニトリはそんな社会的な意識を持った会社だと私は理解しています。
そう考えると、そもそもニトリという会社が手掛けているビジネスも、ある意味で「社会的な意義」があるとも言えますよね。同社のビジネスは、いわゆる高級家具を売るのとは違います。まさに「おねだん以上」というか、いいものを安く売ることで、それほど所得が高くない人にも、いい家具を楽しんでもらいたいという思想があるのではないでしょうか。
そのように「おねだん以上」の価値を出すことで、所得がそれほど高くない方にも食を楽しんでもらおうと考えているなら、「ニトリダイニング」はニトリの思想に近いですよね。いま日本は残念ながら、所得の格差が開いて不平等感が増してきています。そんななかでニトリダイニングでは、チキンステーキセットが500円など、かなり安く食事ができるようです。
そう考えると、もともとニトリの目指している方向と、今回の外食産業はあまり変わらないのではないかと僕は理解しています。この「思想のシナジー」が1点目です。
集客装置としてのレストラン
より重要なのは、第二のポイントのほうです。それは、たしかに外食ビジネスは難しいけれど、一方でニトリにとっては「シナジー効果」があるのではないかと思うのです。それは「場所のシナジー」です。つまりニトリの店内の一角やその敷地内に、レストランを出店することができますよね。
ニトリに家具を買いに行くときは、たいてい家族連れやカップル揃って行くことが多い。そうなると家具売り場だけよりも、当然ながら、お昼ご飯などが食べられる場所があったほうがいい。特に、家具は一度見始めると時間がかかります。数時間も見る家族も多いでしょう。その後でお腹が空いたら、その場所にレストランがあるのはたいへんな魅力のはずです。
このように、人を集客するときに、食べ物というファクターは圧倒的に大きいのです。だからデパートにもレストランがあったり、デパ地下があったりするわけですね。イオンモールにもららぽーとにも必ずレストランがあります。
つまりニトリが自らの敷地内や店内に飲食店を持つことで、「ニトリダイニングがあるから、じゃあ(家具の)ニトリに行こう」という話になりえるのです。レストラン単体の集客が目的というよりは、レストランと家具を合わせた「ニトリ全体」の集客が目的なのではないでしょうか。
BIJ編集部・小倉
言われてみれば、無印良品の大型店や、イケアの郊外型店舗にはレストランやカフェが併設されていますね。
はい、そうなんです。僕は日本のイケアはよく知りませんが、アメリカに住んでいた頃はイケアによく行っていました。家具の買い物は楽しいけれど、数時間かけて広い売り場を歩き回って選ぶのでヘトヘトになります。だから必ずイケアのカフェで休憩したり、食事をしたりして帰るようにしていました。
ということは、実は「家具店とレストランの相性は悪くない」のです。さらにニトリのテーブルや椅子や食器をレストランで使うことで、使い心地などの実験もできるかもしれないし、お客さんの反応などのデータもとれるかもしれない。
そもそも最も重要なこととして、コロナ禍によってリモートというスタイルが社会に実装されたので、われわれは外出が面倒臭くなっていますよね。これは重要です。これからは、よほどの理由がないと、実店舗まで人は足を運ばなくなってくる可能性があります。ニトリの家具だって、放っておくと「ネットで買えばいいじゃん」ということになる。
ということは、店舗を持っているニトリとしては、「店舗まで客に来てもらう理由」が必要なんです。それがレストラン、と考えられるわけです。
こう考えるとニトリがレストランに進出するのは筋は悪くない。もちろんレストランビジネスは大変ですが、むしろニトリの本業を強化するという意味では不可欠とすら言えるのかもしれません。
誰にとってのシナジーか
BIJ編集部・常盤
なるほど。外から見ていると「いま家具を扱っているんだから、新しく事業を始めるなら高級家具を売ればいいのに」などと思ってしまいがちですけれど、これでは客層が変わってしまうわけですものね。でも「リーズナブルな家具」と「ファミリーレストラン」なら、どちらも同じ客層に受け入れられそうです。
ニトリは、もともと安く調達して安く売るのがうまい会社ですから、そのノウハウが食品に生きる可能性はあるでしょう。しかし僕はそれ以上に、先ほど言ったように「シナジーの意味が変わってきた」ということが大きいと思います。
従来のシナジーとは、企業が自分たちのAという事業で積み重ねて来た「強み」を、Bという事業に応用することを指しました。一方で現代は、このニトリの例のように、「お客さんがAだけでなくBも同時に望んでいるので、一見畑違いでもAとBを同時に提供する」という考え方のシナジーが増えているように思います。「顧客サイドのシナジー」とでも言えばいいでしょうか。
他の例で言えば、サイバーエージェントも当てはまるかもしれません。同社は動画配信サービスのAbemaTVを持っていますよね。一説にはAbemaTVはいまだに赤字だとも言われているけれど、それでも続けている(ちなみに僕は個人的にいいサービスだと思っており、AbemaTVの会員にもなっています)。
ではなぜサイバーエージェントがAbemaTVから撤退しないか。一つの可能性は、デジタル広告の出稿枠を確保するためのはずです。
もともとサイバーエージェントはネットの広告代理店です。しかし、そのクライアントである広告出稿企業から見れば、今はグーグルやフェイスブックやツイッターなどに出稿するしかない。でもこれらはメディアではないし、どちらかというと検索やSNSのほうが強いので、長尺の動画広告などはなじまないかもしれない。
そこで自分たちで日本発のストリーミング配信サービスを持ってしまえば、そこにお客さんが出稿してくれるかもしれないわけです。まさに顧客サイドのシナジーと言えますよね。
GAFAなどデジタル系の会社は、一見本業と関係なさそうなことでも、お客にとってプラスになることはどんどん始める傾向があります。サイバーエージェントもそうでしょう。そう考えるとニトリもそんなふうに、「お客さんにとってのシナジー」を第一に考えたのかもしれません。
シナジー効果を狙うなら、自分の強みは何かを考えるのも大事だけれど、お客さんが何を求めているかを考えるのも大事です。近い将来、「デマンドサイド・シナジー」「カスタマーサイド・シナジー」なんていう言葉が流行る時代が来るかもしれませんよ。
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(構成:長山清子、撮影:今村拓馬、連載ロゴデザイン:星野美緒、編集・音声編集:常盤亜由子)
入山章栄:早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)教授。慶應義塾大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科修士課程修了。三菱総合研究所に勤務した後、2008年に米ピッツバーグ大学経営大学院よりPh.D.を取得。同年より米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクールアシスタントプロフェッサー。2013年より早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)准教授。2019年から現職。著書に『世界の経営学者はいま何を考えているのか』『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』『世界標準の経営理論』など。