トヨタ自動車の豊田章男社長。
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ジム・アドラーは、自身が資金を拠出するスタートアップ創業者の立場になって考えることを徹底してきた。過去に投資家たちが犯してきた過ちをくり返すまいとの思いからだ。
「自分がかつて悪質な投資家から受けた傷はいまも消えない」(アドラー)
アドラーがマネージングディレクターを務めるトヨタ自動車のベンチャーキャピタル部門、トヨタ・ベンチャーズ(Toyota Ventures)は、自動運転や物流倉庫オートメーション、空飛ぶタクシーなど、多様な分野に対応するテクノロジー開発を手がけるスタートアップに資金を提供してきた。
同社の投資ポートフォリオには、電動垂直離着陸機(eVTOL)のジョビー・アビエーション(Joby Aviation)、自動運転シャトルバスのメイ・モビリティ(May Mobility)、電動スクーターのレベル(Revel)などが名を連ねる。
トヨタ・ベンチャーズはこの6月、1億5000万ドル(約165億円)規模のファンドを新たに2つ立ち上げると発表した。
一方は、ヘルスケアやエネルギー、金融など、さまざまな産業分野のテック企業を支援するもの。もう一方は、環境サステナビリティに特化する。
投資対象となる産業分野はこれと決まっているわけではないものの、とくに関心を寄せている分野は、サプライチェーン、スマートファクトリー、製造テクノロジー、モビリティだという。
「ひどい」投資家ばかり
アドラーは、トヨタ・ベンチャーズのように他事業を展開する親会社を持つベンチャーキャピタルが、出資先の企業を使って親会社の短期的な収益をあげることに拘泥しすぎると指摘した上で、そうしたベンチャーとは一線を画する経営をしたいと語る。
トヨタ・ベンチャーズの設立支援にかかわる2017年までに、アドラーは電子投票システムのボートヒア(VoteHere)などスタートアップ5社を立ち上げてきた。事業をサポートしてくれる投資家もなかにはいたが、ほとんどは「ひどい人たちだった」という。
アドラーがよく覚えているのは、商談の席で彼を見せものに使う人たち。顧客に良い印象を持ってもらうための「飾り」のように扱われていると感じた。そういうミーティングは時間の無駄でしかなかった。
トヨタ・ベンチャーズが目指すゴールは、「トヨタの次の一手を発見する」ことだとアドラーは語る。ただし、それは投資先の企業を自動車メーカーであるトヨタの研究開発ラボのように扱うという意味ではない。
トヨタ・ベンチャーズは、トヨタの自動車ビジネスにただちに貢献できる能力より、長期的な収益ポテンシャルの大きさを重視して、投資信託や年金基金と同じように投資を行う。投資先の企業は必ずしもトヨタとの協業の道を選ぶことを求められていない。
トヨタ・ベンチャーズの出資先、ジョビー・アビエーションが開発を進める電動垂直離着陸機(eVTOL)。
Joby Aviation
主要投資先の1つ、ジョビー・アビエーションの場合は、アドラーの“顧客(=ここでは投資先のスタートアップを指す)”ファーストのアプローチが良い結果を生んだ。
2017年、トヨタ・ベンチャーズは「空飛ぶクルマ」で知られるジョビーの転換社債型新株予約権付社債(コンバーチブルボンド)募集にすべり込んだ。
それから3年かけて、トヨタとジョビーは電動垂直離着陸機(eVTOL)の開発・生産について協業することで合意。トヨタは5億9000万ドル(約650億円)のシリーズCラウンドでリードインベスターを務めることになる(トヨタ出資分は3億9400万ドル)。
アドラーはブログへの投稿(6月3日付)で、「ジョビーの事業推進の邪魔になるような面倒な要求は一切しなかった」と書いている。
ジョビー・アビエーションは2021年下半期に特別買収目的会社(SPAC)との合併を通じて上場する予定。合併相手のリインベント・テクノロジー・パートナーズは、リンクトイン(LinkedIn)共同創業者のリード・ホフマンらが設立した注目のSPACだ。
上場により評価額は66億ドル(約7200億円)となる見込みで、先述のシリーズCラウンド直後の26億ドルから一気に40億ドル積み増すことになる。
トヨタ・ベンチャーズとアドラーの忍耐の日々も、ついに報われる日が来そうだ。
(翻訳・編集:川村力)