「テックベンチャーが打ち破らなければならない壁として、物理的達成の壁があります。ただ、社会実装するには物理的達成とは関係なくいくつか別の壁があると思っています。今回、それを乗り越えられたということは、とても大きなことだと思います」
バイオベンチャー・ユーグレナの永田暁彦副社長はBusiness Insider Japanの取材にこう語った。
ユーグレナは6月4日、国土交通省が保有する飛行検査機のフライトに自社製のバイオジェット燃料を提供し、約2時間半のフライトを実現したばかりだ。
ユーグレナ製のバイオジェット燃料を搭載した飛行機。既存の石油由来のバイオジェット燃料に、ユーグレナ製のバイオジェット燃料を混ぜ合わせて利用される。最大混合率は50%。
提供:ユーグレナ
バイオ燃料は、2020年12月に政府が示したグリーン成長戦略でも重要な位置づけとなっている。
今回のフライト成功によって、微細藻類の一種であるユーグレナ(和名:ミドリムシ)を原料の一部としたバイオジェット燃料(ASTM D7566 Annex6 規格の燃料)の「実績」ができたことは、ユーグレナのバイオ燃料事業において、大きな一歩だといえる。
永田副社長に、自社のバイオジェット燃料を使った初フライトを実現した意味と、これから先のバイオ燃料事業の展開について、話を聞いた。
テックベンチャーの「壁」超えた
ユーグレナの永田暁彦副社長。
提供:ユーグレナ
「自分たちで飛行機を保有しているわけでも、空港を持ってるわけでも、パイロットがいるわけでもない中で、どれだけ油(バイオジェット燃料)を作っても(フライトは)実現できません。それができたということは、とてもよかったなと」(永田副社長)
フライトを実現したことに対する率直な感想を聞くと、永田副社長はそう答えた。
ユーグレナは、もともと2020年9月期(2019年10月〜2020年9月)を目処に、バイオジェット燃料を使った民間航空機の有償フライトを実現しようとしていた。
ただし、この計画は横浜市鶴見区にある同社のバイオ燃料製造実証プラントでの調整の遅れや、コロナ禍の影響で遅延。不透明な状況の中で当初の予定からずれ込み、2021年9月期中の実現を目指していた。
その後、ユーグレナが自社プラントでのバイオジェット燃料の「完成」にこぎつけたのは、2021年3月。あとは「いつ、どこで飛ばすのか」という調整を待っている状態だった。
今回、国土交通省の「政府専用機」というある意味「特殊」な航空機でのフライトが実現した経緯について、永田副社長は「たまたま調整の結果そうなりました」と特別な意味はないと話す。
ユーグレナは引き続き民間航空会社の航空機でのフライトの実現に向けて調整を続けており、永田副社長は
「それほど遠くはないと思います。年内にはそれなりのサイズの、いわゆる民間航空機の商業フライトを、やっぱりやりたい」
と今後のフライトの可能性について語った。
商業プラントの建設で、生産コストが現実的に
横浜市鶴見区に建設された、バイオジェット・ディーゼル燃料製造実証プラント。
提供:ユーグレナ
「ユーグレナ(ミドリムシ)がバイオジェット燃料になる」というコンセプトを実現したユーグレナだが、現状、横浜市鶴見区にある小規模な「実証プラント」では製造できるバイオ燃料の量に限りがある。原料をバイオ燃料に加工するコストも、1リットルあたり約1万円と高額だ。
これを現実的な価格とするためにも、今後、ユーグレナは大規模な商業プラントの建設に乗り出すことになる。
ユーグレナの計画では、2025年までに商業プラントを建設して、バイオ燃料の製造量を年間25万キロリットルにまで拡大。さらに2030年までには年間100万キロリットルにまで増強する方針だ。
「私たちの試算では、一般的に世界で流通しているバイオジェット燃料の価格は1リットルあたり150〜180円ぐらいです。いま、ユーグレナの燃料は1リットルあたり約1万円ですが、商業プラントを実現できれば絶対に(その金額を)達成できる」(永田副社長)
実証プラントと比べてさらに規模の大きな商業プラントの建設が進めば、現状1万円近くかかっていた廃食油やミドリムシからの抽出成分をバイオ燃料へと加工するコストが、数十円代にまで低下すると考えられる。
そうなれば、原料コストと加工コストを合わせても、世界のバイオ燃料市場で十分競うことができる価格帯のバイオ燃料の供給が可能となるという計画だ。
フィンランドのネステ社やアメリカのランザテック社など、すでに海外でバイオジェット燃料を供給しているような企業では、まさにこの手法でコストを下げて供給を拡大していると永田副社長は指摘する。
バイオ燃料事業の「本質」とは?
バイオ燃料事業の事業計画。バイオジェット燃料を使ったフライト実現の日程は当初の計画よりも遅れているが、商業プラントの建設計画についてはこの計画のとおり進めていくとしている。
出典:ユーグレナ2020年9月期本決算説明および2021年9月期事業方針
ユーグレナのバイオ燃料は、廃食油やミドリムシからの抽出成分を混ぜ合わせて作られている。この混合の割合は調節可能だが、6月4日の国交省飛行検査機に搭載したバイオジェット燃料をはじめ、現状では基本的に廃食油の割合のほうが多い。
この点について、ユーグレナはたびたび「燃料にユーグレナ(ミドリムシ)があまり入っていない」と指摘されている。しかしそれには、明確な理由がある。
永田副社長は、
「中に何を入れているかをむやみに気にするのは日本のメディアくらいではないでしょうか。原料が何であってほしいかというのは、本来(交通手段を提供する企業、利用する市民にとっては)関係ないですよね。いま何より求められているのは、二酸化炭素を削減し、しかも一番安く調達できる燃料のはずです」
と指摘する。
確かに、「ミドリムシ」というキャッチーな素材の大量培養技術をもつユーグレナの取り組みであることから、どうしても「ミドリムシの燃料化」に注目してしまう側面があることは否めない。
しかし、永田副社長が指摘するように、バイオ燃料事業のビジネスとしての本質は「カーボンニュートラルな燃料をいかに低コストで供給できるか」という点だ。
実際に原料コストを比較してみると、現状の廃食油は1リットルあたり100円以下。一方、現時点でミドリムシを原料とする際のコストはそれよりも高い(詳細は非公表)。
原料をバイオ燃料として加工するコスト(実証プラントでは約1万円、商業プラント実現で数十円)は、廃食油を使おうがミドリムシを使おうが変わらないため、原料として廃食油を使ってバイオ燃料を製造したほうが安くなる。
次に、二酸化炭素の排出量に与える影響はどうか?
「植物から取った油を直接使うとすると、植物を育てるプロセスに必要なエネルギーの分だけ、(二酸化炭素の排出量が)上乗せされてしまいます。一方、廃食油の場合、油の『製造プロセス』には何一つエネルギーが使われていません」(永田副社長)
その製品の製造過程から消費まで、全行程の環境負荷を評価する国際的な指標である「LCA(Life Cycle Assesment)」を計算すると、実は、廃食油を利用してバイオ燃料を製造したほうが、ミドリムシからバイオ燃料を製造するよりもLCAは少し低い。
廃食油の環境負荷は、かなり低いのだ。
バイオ燃料は原料の元になる植物が成長する過程で二酸化炭素を吸収していることから、燃焼させても二酸化炭素の収支がゼロになる「カーボンニュートラル」な燃料であるとされている。
しかし現実には、輸送時や原料を調達・製造する際にエネルギーを消費するため、製造工程全体で二酸化炭素の排出を完全にゼロにすることはできない。
例えば、ミドリムシなら培養する過程で一定のエネルギーが必要となる。
一方、廃食油はもともと廃棄物として処理されていたものであり、製造する上で新たなエネルギーは必要ない。輸送時やバイオ燃料として加工する際には少なからずエネルギーが必要になるものの、それはミドリムシを原料とした場合と同等。燃焼させた場合も、もともとは植物油なので、カーボンニュートラルだ。
つまり、バイオ燃料事業で「低コストでカーボンニュートラルな燃料」を供給することを考えると、現時点ではミドリムシよりも廃食油をメインに製造するほうが合理的だというのが、永田副社長の主張だ。
ミドリムシをバイオ燃料にする理由とは?
バイオジェット燃料とバイオディーゼル燃料。何で作られていようと、事業者は環境負荷が低く、コストが安いものを使うはずだ。
撮影:今村拓馬
ではユーグレナはなぜ、わざわざ長い時間をかけて、ミドリムシをバイオジェット燃料の原料にすべく研究開発してきたのか。
現在、世界のバイオ燃料市場では、廃食油を使ったバイオ燃料製造のラッシュが起きつつあると永田副社長は指摘する。それにともない、廃食油の価格が上昇傾向にある。
一方、ミドリムシ由来の油の価格は、研究開発によって安くなる可能性が見込める。
「石油ではない燃料を使うことことが一番重要で、それは僕らも変わりません。ただ、私たちは唯一技術としてユーグレナの大量培養技術を持っており、今後基本的に右肩下がりで(原料の)コストが下がっていくはずです。どこかで最大の武器になるということを信じています。
ただそれが5年後なのか、10年後なのかは分かりません。廃食油のマーケットプライスも影響しますので」(永田副社長)
もちろん、現段階でもユーグレナをバイオジェット燃料の原料として利用することはできる。事実、6月4日のフライトに使用されたバイオジェット燃料には、ユーグレナから抽出された成分も一部含まれている。
しかし、市場に供給する上で、ミドリムシであることにこだわって価格が高くなってしまえば、燃料を消費する事業者は手を出しにくい。国際的な価格競争にも負けてしまう。
結果的に、バイオジェット燃料の普及の妨げにもなるだろう。
「廃食油の価格とユーグレナ由来の油の価格がゴールデンクロスするまでは、僕はユーグレナ(ミドリムシ)をバイオ燃料の原料として使う気はありません。ビジネスの合理性から考えると、そうですよね」(永田副社長)
(文・三ツ村崇志)