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週休3日がこれまでになく注目を集めている。とはいえ、何も国が法制化を目論んでいるわけではない。あくまで多様な働き方の一つとして、民間企業への導入を働きかけるのが主眼だ。
育児・介護などのワーク・ライフバランスの充実や副業・兼業による学び直し、中小企業への人材供給も意図されている。
政府の狙いがどうであれ、休みが増えること自体は喜ばしいことであり、反対するビジネスパーソンは少ないだろう。しかし実際に会社が制度として導入するとなると、会社員にとってデメリットにつながる可能性も。
社会保険労務士の山田晴男氏への取材から、懸念点を掘り下げてみよう。
実務上で生まれる4つの課題
まず実務上の課題として想定されるのは次の4つがありそうだ。
1. 収入減で、そもそも希望する社員が限定される
2. 公的年金の支給額にも影響する
3. 1日10時間労働で心身が疲弊?
4. 同僚など周囲に仕事の負荷も
まず、選択的週休3日制社員が「週5日勤務の社員と給与が同じ」ということは基本的には難しそうだ。ノーワーク・ノーペイの原則からいっても週4日勤務だと給与も2割減の5分の4になる。
例えばみずほフィナンシャルグループは2020年12月から銀行や証券など主要6社の社員に週休3日・4日制を導入することを発表した。ただし、1日の休みにつき給与を20%削減し、週休3日の社員は月給が8割、週休4日だと6割まで減ることになる。
ヤフーも2017年4月から育児・介護をしている社員を対象に導入しているが、休みが1日増える分、2割程度給与が減額される仕組みだ。
1. 収入減によって希望する社員が限定される
共働きが当たり前になった現代で、収入が減ってでも週休3日を選択する若い世代はいるのだろうか。
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収入が減ることになれば、週休3日を選択したくてもできない人が発生する。
厚生労働省の調査によると、短時間労働者を除く一般労働者の20〜24歳の平均月額賃金は約21万円、25〜29歳約24万円、30〜34歳約28万円、35〜39歳約31万円、40〜44歳約33万円、45〜49歳約35万円だ(2019年「賃金構造基本統計調査」)。
これが2割減の8割支給となると、以下の金額になる。
20〜24歳 約17万円
25〜29歳 約19万円
30〜34歳 約22万円
35〜39歳 約25万円
40〜44歳 約26万円
45〜49歳 約28万円
この中には残業代は含まれていないが、週休3日制になったとはいえ、この金額で1カ月生活するのは楽ではない。
ちなみに標準的な勤労者世帯の生活費である「標準生計費」(税・社会保険料含む)は、1人世帯約15万円、2人世帯20万円、3人世帯24万円だ(全国平均)。
この給与で週休3日を選択する人がどれだけいるだろうか。ましてや子育て世代の30〜40代にとって給与減になれば家計が厳しくなる。
それだけではない。週休3日制はボーナスの減少にもつながる。社会保険労務士の山田氏はこう指摘する。
「夏・冬のボーナスは半年間の査定で決まります。仮に半年間、180日勤務の場合、週4日勤務で150日勤務になるとボーナスの評価も180分の150になり、ボーナスが減額されます。月給やボーナスが減っても週休3日制を希望する人は年収の高い一部の大企業に限られるのはないでしょうか」
2. 公的年金の支給額にも影響する
老後の生活費をどう確保するのか、心配の声が多い中で、年金の減額は痛手になりそうだ。
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週休3日制は給与の減額にとどまらず、公的年金の支給額にも影響する。
会社員の老齢厚生年金(報酬比例部分)の支給額は平均標準報酬額をベースに決まる。例えば給与額30万円(平均標準報酬)の人が25万円に下がった場合の年金額を山田氏に試算してもらった。
その結果、30万円の人の1年間の年金額は1万9732円。25万円になると1万6443円。その差額は3289円。わずかに思えるが、仮に10年間週休3日を続けた場合、老後にもらえる年金は1年につき3万2890円も減額されることになる。他に収入がない年金生活者にとっては決して少ない金額ではない。
3. 1日10時間労働によって心身が疲弊しないか
給与が減額されない週休3日制として「変形労働時間制」を使って、1日10時間働くことで「1日8時間、週40時間」の所定労働時間を満たす方法がある。過去にも佐川急便や転勤のない「地域正社員」を対象にユニクロがこの方法によって週休3日制を導入している。
このやり方であれば希望する社員もいるかもしれない。しかし懸念も当然ある。
午前9時始業の会社であれば定時の終業時間は午後6時(所定労働時間が8時間)。週休3日制の社員は午後8時終業になる。
定時帰宅が普通の会社であれば問題はないかもしれないが、残業が多く、時には土・日出勤も発生する会社だと午後8時に帰れる保証はない。
週4日勤務とはいえ、毎日2時間残業すると午後10時退社になる。そうなるとせっかく休みが1日増えたのに、疲れをとるために寝ているだけの休日になりかねない。
4. 同僚など周囲の人間に仕事の負荷も?
「自分が作った穴を、他の社員に埋めてもらわなければいけない」という理由で育休取得ができないのと同様に、週休3日制でも周囲の負荷を気にする人は多そうだ。
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社員が少ない職場で週休3日制の社員が出れば、周囲への負荷問題も発生するかもしれない。山田氏はこう指摘する。
「ジョブ型のように職務内容など本人がやるべき仕事が明確であればよいが、そうなっていない企業だと、上司は週4日勤務の人に仕事を任せるのは難しいと思うのでは」と指摘する。
これまで述べたのは実務上で発生する課題だが、運用上の課題も発生する。以下の3つだ。
A. 週休3日の人と週休2日の人との間で昇格・昇進格差の可能性
B. 営業系の社員など対顧客対応で難しい職種も
C. 休日を使った副業による健康被害の可能性
A. 評価・昇進格差
昇格・昇進に際しては人事評価がベースになる。主任・係長の場合は人事評価が相当悪くない限り、同期横並びで昇格することが多い。ただし、課長に昇進するには過去数期の人事評価が上から2番目のA評価(S,A,B,C,Dの5段階評価の場合)以上という前提を設けている企業も少なくない。
では週休3日制の社員はどうなるのか。前出山田氏はこう推測する。
「例えば普通の社員より労働時間が少なく、残業もしない短時間勤務の社員の場合、評価を下げることはしませんが、その期間中は真ん中のB評価で据え置く企業もあります。他の人より休みを1日多く取っているうえに他の人を上回る成果を出すのは限られた優秀な人だけではないでしょうか」
B. 顧客対応職種で困難
職種によっては、そもそも週休3日制の導入が難しいこともありそうだ。
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週休3日制を選択して社内の仕事なら調整できても、営業など対顧客対応の社員は取りづらい状況になる可能性も。山田氏は言う。
「仮にウィークデイの週休日に取引先から来てくれと言われると断れないでしょう。ましてや下請け企業に勤務していたらなおさらでしょう」
テレワークと同じように企業内の部署・職種によっては可能な職場と難しい職場が発生することになり、そうした不公平感をどのように解消するかも大きな課題と言える。
C. 休日を使った副業による健康被害の可能性
政府は週休3日によって副業・兼業の促進をうたうが、無理をして体を壊す可能性もある。
もちろん「自己のキャリア形成」や「新規事業のヒントになる仕事」を目的に副業するのであれば、まだいいかもしれない。しかし純粋に生活費の補てんなどお金を得る目的で働く人もいるだろう。仮に週休3日をアルバイトなど金銭目的の労働に費やすとなれば、心身の疲労が危ぶまれる。
「選択的週休3日制」は社員にとっては一見、自由な時間を確保できる良い制度に映る。しかし、制度として実行に移すにはクリアしなくてはいけない課題が山積していると言えそうだ。
(文・溝上憲文)
溝上憲文:1958年鹿児島県生まれ。人事ジャーナリスト。明治大学卒。月刊誌、週刊誌記者などを経て、独立。新聞、雑誌などで経営、人事、雇用、賃金、年金問題を中心テーマに執筆。『非情の常時リストラ』(文春新書)で2013年度日本労働ペンクラブ賞受賞。主な著書に『隣りの成果主義』『超・学歴社会』『「いらない社員」はこう決まる』『マタニティハラスメント』『辞めたくても、辞められない!』『2016年残業代がゼロになる』『人事部はここを見ている!』『人事評価の裏ルール』など。