左から落語家の柳家さん喬さん(72)・桂米助さん(73)・瀧川鯉斗さん(37)・紙切り芸人の林家正楽さん(73)。人との触れ合いがはばかられる時代、窮地にある寄席と芸人の現状を4人の師匠に聞いた。
撮影:伊藤圭
コロナ禍の休業や入場制限で都内の「寄席」が存続の危機にある。中には固定費を支払うことも出来ず、「廃業」の二文字が浮かぶ寄席があるほど事態は逼迫しているという。
売り上げ激減によるピンチを乗り越えようと、落語家などが所属する「落語協会」(柳亭市馬会長)と「落語芸術協会(芸協)」(春風亭昇太会長)が協力。寄席への支援を呼びかけるクラウドファンディングを5月から始めた。これまでの支援者は5500人、支援金額は8000万円を超えた。
人との触れ合いがはばかられる時代、出演する芸人たちもまたコロナ禍と向き合っている。窮地にある寄席と芸人はいま——。6月末のクラファン〆切を前にBusiness Insiderでは落語家の柳家さん喬さん(72)・桂米助さん(73)・瀧川鯉斗さん(37)・紙切り芸人の林家正楽さん(73)に話を聞いた。
寄せられたクラファン8000万円超の“重み”
落語協会の一室には、芸における修行の在り方「守破離」の額縁が掲げられている。
撮影:伊藤圭
——クラウドファンディングでの支援金が8000万円を超えました。当初の目標を大幅に上回る額の支援を、師匠方はどう受け止めていますか。
さん喬:当初の目標が5000万円だったのですが、わずか4日間で達成して……。正直言いまして、驚いています。
巨額のご支援してくださった方から寄席の木戸銭(入場料2000〜3000円)と同じくらいの額をご支援いただいた方まで沢山いらっしゃいます。
ただ、これは単なる金額の問題だけではないと思うんですね。
世の中が大変な時期に関わらず、多くの方が「寄席」というものを意識してくださったんだ……。そのことの意味を重く、深く感じております。
「あぁ。俺たち、また一生懸命やらなきゃいけないな」「こういう風に応援してくださっている方々の気持ちに応えなきゃ」って。つくづく思いました。
米助:いやぁ、本当にありがたい。それ以上に、世の中にこんなにも寄席を好きでいてくれるファンがいるとは思わなかった。僕らとしても、すごく勇気づけられました。
だって8000万円ですよ?クラファンの期限(6月末)までまだ数日あるのに、こんなに集まるとは思わなかったし……。僕ら、やっぱり頑張らなきゃいけないな。「応援に応えないと」ってね。
正楽:嬉しかったのが、ご支援いただいた方から「寄席に行ったことはないけど、これを機会に行ってみたい」とい言ってもらえたことですねぇ。
もし「寄席」がなくなったら……若手への影響も
柳家さん喬さん。芸歴50年超、落語界の重鎮。「幾代餅」「笠碁」など、人情噺は当代随一。落とし噺にも定評がある。一番弟子の柳家喬太郎師以下、10数人の弟子を持つ。2017年に紫綬褒章を受章。
撮影:伊藤圭
——昨年と今年の緊急事態宣言では寄席も休業を強いられました。「夜席」を断続的に閉めたことも、歴史上で初めてだったと。
さん喬:これまで「寄席が長期間休みになる」なんてことは考えたこともありませんでしたから……。「どんな時でも寄席を続ける。常に笑わせるのが噺家だ。皆さんのために何ができるか」と思っていたところがありました。
——東日本大震災の直後も寄席は開いていた。当時、さん喬師匠は新宿・末廣亭で主任(トリ)をとられていた(※1)。落語協会にも「来てよかった」と感想が届いたと聞きました。
さん喬:でも、今回は感染症ということで、そういうわけにはいかない。それがショックでしたよね。
私どもに寄席芸人にとって、寄席こそ道場。寄席に出ることこそ、修行なんです。というのも、寄席にいらっしゃるお客さんって、お目当ての演者を見に来る方だけではないんですね。「寄席」という場、空気自体を楽しまれる。
(寄席芸人にしてみれば)自分なんかがその中の一員になれるということが、まず勉強になるわけですよね。
もし「寄席が無くなる」となれば、それこそ若手に大きな影響があるような気がしてね。
都内の寄席定席。上野の鈴本演芸場、新宿の末廣亭、浅草演芸ホール、池袋演芸場。
撮影:吉川慧
——寄席という場所は、一年365日開いていることもアイデンティティの一つだと思います。まさに、つつがない「日常」の象徴のような場所です。
米助:落語芸術協会では昨年2月、講談師の神田松之丞改め六代目神田伯山の真打披露興行がありました。
新宿末廣亭を皮切りに始まりましたが、次第にソーシャルディスタンスや感染対策が強化されていきました。
段々と世の中で感染が広がり最終的に3月半ばで真打披露興行が中止になったんですね。
それこそ真打披露は一生に一度のこと。満員のお客さんにお祝いしてもらうこともかなわない。コロナだから文句も言えねぇけど……。
桂米助さん。落語芸術協会の重鎮で、故・桂歌丸の弟弟子。「突撃!隣の晩ごはん」でもお馴染み。寄席では野球をテーマにした新作落語などでも人気。
撮影:伊藤圭
さん喬:落語協会も真打披露は途中でクローズになりました。だから、できなかった人は夏(8月)に延期してやったんですね。
でも、いつものような披露興行ならではの高揚感はどうしてもなかった。本人たちもとてもつらかったろうなと思ってね……。
いまがんばっている若い人たちは、前座修業を終えて二ツ目として10年近く修行(※2)し、ようやく真打として一つひとつの歩みを踏み始める時期なんです。
そこへきて、お客様の前で芸を披露し、磨く「寄席」という修行の場が無くなっちゃうわけです。上へ上へと昇っていく梯子(はしご)がなくなりそうになった。
その辛さっていうのが、この一年現実にあった。鯉斗さんみたいに若手の人は「この先、どうやって技を磨けばいいのか」というジレンマもあるんじゃないかな。
講談師の神田松之丞改め「六代目神田伯山」の真打披露興行、初日の様子。(2020年2月=新宿・末廣亭)
撮影:吉川慧
鯉斗:私も真打になってまだ2年。さん喬師匠がおっしゃったように「路頭に迷うような感じ」はあるな、と思います。「凄く悲しいな」と思って……。
僕ら若手にとっても、寄席というのは特別な場所なんです。師匠方から芸だけでなく、芸人としての所作、在り方などいろいろなことを教わることができる特別な空間なんですね。
だからこういう状況の中、ファンの皆さんのお力を頂けたのは、ものすごくありがたいです。
——コロナ禍での寄席の休業や営業時間の短縮は、修行の機会が減ることはもちろん、割り(収入)がなかなか入りにくい面もあると思います。若い人は特に。
鯉斗:二ツ目の間は「師匠方に可愛がってもらう(=目をかけてもらう)」というのも仕事の範疇です。
それが少なくなると当然、お金の面に関しては苦労するだろうなというイメージですね。なんせしゃべる機会がない。寄席でも師匠達の前でやれない、勉強が出来ないというのはものすごく大変なことなんだろうなと…。
米助:今は昔ですが、僕らが若い頃にはその日の主任(トリ)や先輩に「ちょっと飲みに行こう」って誘っていただきました。
そこで僕らは飲むわけじゃないけど、先輩同士が熱を込めて芸の話をする。それを聞くことも勉強になった。そうやって芸を覚えていったんです。
けれども、今の前座さんや二ツ目さんはそういう経験ができない。これは可哀想だよね。
寄席の閉鎖で「どうしたらいいのか、分からなくなった」
江戸紙切りの名人・林家正楽さん。客のどんなリクエストも、ハサミ一本で一枚の紙を巧みに切り抜く。紙切り芸として初めて芸術選奨文部科学大臣賞を受賞。
撮影:伊藤圭
——色物(寄席で行われる落語以外の演芸)の芸人さんも、寄席がホームグラウンドの方も多い。寄席の閉鎖の影響は大きかったのでは。
正楽:そうね……。落語はもちろん、色物も同じですけど、やっぱり毎日やってないと芸がダメになるのよね。
特に曲芸や紙切りはそこで大変。自分としてはね、コロナ禍になってから、本当の馬鹿になっちゃってね。寄席が閉まっていた間、頭がぽやぁ〜としちゃって。
日常全てで何をどうしたらいいか分かんない状態だったんですね。もうホントにおかしくなっちゃって。
寄席があれば、地方の営業に行かない限りは出ていたんです。米助師匠みたいに凄く忙しくないから……。
米助:もう、クサいこと言うなぁ(笑)
さん喬:人の家、勝手に上がってねえ……。あんなこと、よく出来ると思うよ(笑)
正楽:いずれにしろ、生活がガラッと変わりました。寄席に出ないってことは、家から出ないってことでしょ?
用事がなければ外に出ない生活になってしまった。おうちにずっと居てご覧なさい?何もやること無いんだから。何もやる気になれないし……。
米助:でも、皆さんまだ家族がいるからいいけど、俺なんか一人だから……。
さん喬:なんだよ、勝手に一人になったくせに。
全員:(笑)
人と触れ合えない時代、痛感する「芸」の危機
瀧川鯉斗さん。落語芸術協会の人気若手真打。元暴走族総長から落語になったという異色の経歴。師匠は瀧川鯉昇師。
撮影:伊藤圭
——寄席は、芸人さんとお客さんの近さも魅力です。ただ、コロナ禍では「差し入れはご遠慮願います」とアナウンスがあるように触れ合いは難しい。落語協会の「謝楽祭」や芸協の「芸協らくごまつり」などファン交流イベントもリアルでは開けない時世です。
鯉斗:浅草演芸ホールとかでは、僕らも楽屋に入る際にはお客さんと同じ通路を通るんですが、以前はファンの方にお声がけいただいて一緒にお写真を撮ったりしていました。
今はもう、そういうお付き合いが出来なくなったなぁ……としみじみ感じますね。
正楽:コロナ禍前は、寄席の終わりにお客さんと一緒に「お疲れさまでした」と一杯やりながらお話したり、打ち上げをやったりすることもあった。
でも今は、寄席が終わったらすぐに帰るルールになっていますからね。
米助:打ち上げでお客さんと親しくなって、「お、コイツ贔屓(ひいき)にしてやろうじゃねえか」っていうこともなくなったよねぇ。
さん喬:感染症と共に生きる日常の生活では、どうしても心を開けない場面も増えたと思います。噺家によっては(心が)閉ざされている状態でやるわけですから。つらいよね……。
米助:どうしたって家を出て、寄席に行って、舞台が終わってまっすぐ帰る。その繰り返しの日々が続きます。
ただ、僕ら芸人は本来ならいろいろな方とお会いし、話をするのも修行のうちです。
ずっとこの状態が続けば、僕らが「世間の味」が分からなくなっちゃうかもしれないという危機感はありますね。
米助さんは「ずっとこの状態が続けば、僕らが「世間の味」が分からなくなっちゃうかもしれないという危機感はありますね」と語る。
撮影:伊藤圭
——人を魅せる落語家にとって「生身の付き合い」は芸に直結する。
さん喬:人間の情というものは、心が解きほぐれたところで出てきます。
そういう時の人の感情や仕草などをみると「あぁ、これは面白いな」「この人をあの噺(はなし)のモデルにしたいな」「この人の顔を想像して、噺をやってみようかな」と自分の芸にもつながります。
ただ、この1年以上、人と触れ合う機会がなくなってしまった。これは大変なことだと思いますよ。
正楽:芸人にとっては他人との関わり、経験すること全てがプラスになる。でも、そういった経験が1年以上ないわけでしょ?
高座には普段の自分が如実に出てしまいます。だから段々とこう気持ちが内向きになっていくのは、よく分かりますよ。……でも、私は頑張りますけどね?
さん喬:なんだか自分だけ利口(りこう)になって、僕たちが頑張っていないみたいな言い方だよねぇ(笑)
正楽:でも、本当にどこか空気として、頑張り切れないんですよ。だから頭がポワーンとしちゃう。だから去年からずっとポワーンとしてる状態ですよ。
米助:前からじゃないの?(笑)
正楽:いや、前よりポワーンとしてる(笑)
さん喬:20代からそうだったよね(笑)
撮影:伊藤圭
米助:鯉斗さんなんか、今が一番芸を磨ける時期なのにねえ……。
鯉斗:いろいろな方から勉強する機会が失われているのは、仕方ないとはいえ寂しいですよね。悔しいですね…。
米助:俺たちがこの歳の時は、家に帰らないぐらい遊び歩いてたからね。
さん喬:人間は友達を作り過ぎると一人になるんだよ。
米助:まさかここで小言を食らうとは……(笑)。
いま、問われる「芸人としての生き方」
撮影:伊藤圭
——コロナ禍になり、YouTubeで落語を配信する芸人さんが出てきました。鈴本や浅草演芸ホールも寄席を配信したり、AbemaTVでも寄席企画がありました。配信と生の高座では、どんな違いを感じますか。
鯉斗:これまで寄席を知らなかった方に知ってもらえたり、配信には配信の良さがあるとは思います。
ただ、僕が師匠達に教わったのは、生の高座だからこそ伝わる落語の良さがあるってことですね。
落語は「間(ま)」の空気で、お客様に笑っていただく。寄席ならではの空気というのがありますね。
米助:僕もYouTubeチャンネルをやっていますが、浅草演芸ホールで実際にお客様の前でやった高座をYouTubeで流すようにしています。
落語家は、寄席では高座に上がってから枕(まくら)でのお客様の反応を見てからどんな噺をするか決めます。その日、その瞬間で、寄席の空気は全く違うので。
昔から「壁に向かって100回稽古しているより、1人でもお客様がいる時の方が芸は身に付く」と言われているんですよね。その通りだと思います。
さん喬:ただこの一年、いろいろな経験させていただいて勉強になったのは、本当にキザな話で恐縮ですが「目の前にお客様がいてもいなくても、自分の中にお客様がいればちゃんと出来る」ってことですね。
——「自分の中のお客様」ですか。
さん喬:要するに「お客様がいないことを前提にして喋る」のではなく「自分達には常にお客様がいる。誰もいないところでもお客様はいる」ということです。
自分の中にお客様が見えていれば、それはそれで無観客でも勉強にはなっているんだと思います。
ただ、いまお二人がおっしゃったように生の反応があるのと無いのとでは全く違います。
特に鯉斗さんが言ったように「間」の取り方です。配信での「間」は自分だけの「間」でしか無い。お客さんとの呼吸で生まれる「間」じゃないですね。
ご承知の通り「落語はお客様とのキャッチボール」と言われます。お客様の気持ちが強ければ、こちらも強く投げる。逆に、弱ければそれをうまく投げ返すわけです。
でも配信だと、そういう空気や「間」のやり取りが出来ない。どうしても一方的に「これでどうだ」「これならどうだ」という一方通行になっちゃう。
でも、それを「ダメだ」って言うと、結局は勉強にならないと思うんですね。
米助:なるほどねぇ。
危機の時代、芸人の「生き方」が問われているとさん喬さんは語る。
撮影:伊藤圭
さん喬:ええ。それもやっぱり芸人としての「生き方」の問題だと思います。
これからも配信はどんどん増えると思います。でも「配信じゃ足りない」と思う一方で「配信をどうやって楽しんでいただけるか」っていうことも、これからの芸人は考えなきゃいけないんじゃないか。そんなことを思いますね。
正楽:生のお客さんがいらっしゃる高座が一番良いのは確かです。だけど、自分のやりたいことや自分の芸が出来れば、配信だろうが何だろうが良いことだよね。
遠慮なく寄席に来られる日が来たら、その時は生で自分たちの芸を見ていただきたい。そのためにも寄席という場は残ってほしい。寄席には、寄席にしか無い風情があるから…。
さん喬:配信という場をいただくことで、落語や寄席演芸のパフォーマンスや認知を薄れさせないということも大事。配信がなければ、落語や寄席の世界が消えていく可能性もあるわけで。
正楽:一般の人の目に付かなきゃしょうがないですからね。その通りです。
さん喬:でも配信をやり過ぎてお客さんが離れちゃったら、これが本当の“ハイシン”行為だ。
——(笑)
米助:今度それ使わせて貰うよ(笑)
さん喬:また馬鹿なこと言って…(笑)
▼後編はこちら▼
クラウドファンディングでの支援は鈴本演芸場・新宿末廣亭・浅草演芸ホール・池袋演芸場・上野広小路亭の計5軒の寄席興行運営費として活用する。
支援金の申し込みは6月30日(水)まで。クラウドファンディングサービス「READYFOR」のほか、現金書留でも可能。詳細は公式サイト、落語芸術協会(03-5909-3080)まで。