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ソフトバンクGが「SPAC」に目をつけた理由。既に9社を通じ3500億円を調達

前々回、前回では、ソフトバンクグループ株式会社(以下、ソフトバンクG)が2021年3月期に4.99兆円という純利益を叩き出した秘密について見てきました。

国内企業の中でも史上最高となるこの驚異的な業績について考察するうえで、押さえておくべきポイントは突き詰めればたった2つ。「SVF(ソフトバンク・ビジョン・ファンド)関連事業が大きく寄与していること」と「SVFによる利益の多くは未実現利益である」、この2つに尽きます。

このことは裏を返せば、ソフトバンクGのビジネスモデルは、SVF事業がうまくいかなかったり、未実現利益を確定させてキャッシュとして計上することができなくなったりするリスクをはらんでいる、ということでもあります。

このリスクをどれだけうまくコントロールできるかどうかが、株式市場から割安に評価されがちなソフトバンクGの価値に大きく影響を及ぼすことになるわけです。

ではどうすればよいのか?

孫正義会長兼社長のさすがの慧眼というべきか、ソフトバンクGはこれらのリスクをうまくコントロールできる可能性がある方法に、すでに目をつけているようです。

それが、いまアメリカで大きな話題となっている「SPAC(スパック)」です。

ソフトバンクGの2021年3月期の決算短信を検索すると、「SPAC」というキーワードが実に67カ所もヒットします。そのわずか1年前の短信では1回もヒットしないことを考えると、SPACがいかに現在のソフトバンクGにおいて重要な役割を果たしているかがお分かりいただけるでしょう。

そこで本稿では、いま話題のSPACとはいったい何なのか、ソフトバンクGはこの先SPACをどのように活用していく狙いなのかを考察していくことにします。

いま話題のSPACとは何か

SPACとは「Special Purpose Acquisition Company」の略で、日本では「特別買収目的会社」などと訳されます。ごくごく簡単に言うと、事業を持たない企業を先に上場させ、お金を集めたうえで、非上場企業を買収するしくみのことです。SPACの上場時にはあくまで事業実体のない存在であることから、「空箱」などとも呼ばれます。

そのSPACが、2020年にアメリカで大きな盛り上がりを見せました。

SPAC自体は昔からあるしくみ(※1)ですが、2017年にニューヨーク証券取引所(NYSE)でSPACの上場が解禁され、その後2019年にヴァージン・グループの創設者兼会長のリチャード・ブランソン氏が関係する宇宙旅行会社ヴァージン・ギャラクティック・ホールディングスがSPACと合併・上場したことなどから、2020年に入ってSPACによる上場が急増しました。

同年のアメリカにおけるSPACによる上場件数は248件と、通常のIPO件数(202件)を超え、SPACによる調達額(832億ドル)も通常のIPO(960億ドル)の水準に迫る勢いとなりました(図表1)。

図表1

(出所)内閣官房 成長戦略会議事務局/経済産業省 経済産業政策局「基礎資料」2021年3月。

この流れを受けて、最近では日本でもSPACに熱い視線が注がれています。2021年6月に行われた政府の「第11回成長戦略における成長戦略実行計画案」という資料の中でも、海外の主要取引所でのSPAC上場の可否を踏まえつつ、SPACの導入を検討する旨が言及されました(※2)。

spac上場可否

(出所)成長戦略会議「資料3:成長戦略実行計画案」(2021年6月18日)を参考に筆者作成。

このようににわかに日本でも注目を集めているキーワードではありますが、まだまだ「初めて聞いた」という方も少なくないでしょう。

ですが、SPACという用語は知らなくても、もしかしたらSPC(エス・ピー・シー、Special Purpose Company:特別目的会社)という言葉なら聞いたことがあるという方がいるかもしれません。

SPCは、箱としての会社をつくり、その会社に特定のプロジェクトを行わせる際に使われる手法です。20年ほど前は「ペーパーカンパニー」などと揶揄されることもありましたが、ファイナンスの世界ではSPCを活用することはいまやごく一般的な手法として普及しています(※3)。

SPACとSPCを並べてみるとピンとくるように、SPACはSPCの一種です。SPACが通常のSPCと異なるのは、SPACは事業を持たないまま先に上場してしまって、その後から非上場の会社を買収(Acquisition)することを目的としている点です。

具体的なSPAC設立の流れは、次のとおりです。

まず、スポンサーとなる著名な投資家や経営者が運営者となって、非上場企業の買収を目的として、SPACを設立します(図表3の(1))。

図表3

(出所)内閣官房 成長戦略会議事務局/経済産業省 経済産業政策局「基礎資料」(2021年3月)をもとに筆者作成。

SPAC設立に際して、スポンサーの出資費用は2万5000ドル(約270万円)で、IPO後の持ち株比率は20%となるように設定されます。

その後SPACは、一般的な株式とワラント(日本の新株引受権に相当するもの)の組み合わせとなる「ユニット」の発行を通じて、公募で投資家から資金を集めます(IPO)。ここで言う投資家の中には、ヘッジファンドなどのプロはもちろん、個人投資家も含まれます(図表3の(2))。なお、上場により一般投資家から調達した資金は信託することになっていて、企業買収以外の用途に使うことはできません。

上場して投資家から資金を集めたら、次のステップは買収先となる非上場企業探しです(図表3の(3))。この際、買収先の企業の選定期間は2年間と決められています。2年間で買収先が決まらなければ、SPACを解散させて資金を投資家に戻すか、期間を1年間延長することになります。

買収先が決まれば、株主総会で投資家の合意を得たうえで晴れて買収が決定します。非上場企業はSPACと合併して、いきなり上場企業になることができるというわけです(図表3の(4))。

利害関係者にはどんなメリットがあるのか

SPACのしくみは以上のとおりですが、パッと聞いただけでは「なんだか複雑であまりイメージできない」という声も多そうです。

複雑だと感じてしまう理由のひとつは、おそらく利害関係者(ステークホルダー)の多さでしょう。そこで今度は、SPACを利害関係者の観点から整理してみましょう(図表4)。

図表4

筆者作成。Illustration:Sapann Design/Shutterstock

ここには5つの利害関係者が登場します。この5人それぞれがSPACを通じて得られるメリットをまとめると図表5のとおりです。

図表5

筆者作成

1. SPACのスポンサー

SPACのスポンサーにとってのメリットは、なんと言っても「有望な非上場企業を買収できる」という点です。いまは世界的な金融政策によるカネ余りもあり、特にアメリカのスタートアップ市場は非常に盛り上がっています。またフェイスブック(Facebook)、スラック(Slack)、ズーム(Zoom)を筆頭に、上場後にも大きな成長を遂げた企業も数多く存在します。

このような成長著しい企業を買収したい投資家や企業は多いものの、買収金額の過熱感もあり、なかなか買収が難しいのが現状です。

しかしSPACを利用すれば、資金を集めて買収先の企業をいきなり上場させることもできます。目利きができる投資家や経営者からしたら、ぜひSPACを通じて、有望な非上場企業を買収したいと思うでしょう。

2. SPACの一般投資家

SPACの一般投資家はどうでしょうか。一般投資家がいわゆるオルタナティブ投資(※4)といった投資をすることは難しいですが、SPACは上場していますから、一般投資家でもオルタナティブ投資が可能になります。成長著しいスタートアップ企業となれば、なおさら投資したいと感じるでしょう。

一方で、現在はSPACが乱立するような状況であることから、SPAC間での競争が熾烈化し、買収が難しくなってきているという別の課題も出てきています。

3. 投資銀行

投資銀行と言えば通常、企業の上場やM&A等の金融取引では黒子的な存在。ですがSPACにおいては、上場と買収という2つのディールから手数料を得ることができます。実際、アナリスト予想による業界大手5社による2021年第1四半期の株式引受手数料収入は、前年比176%増の4560億円にも達すると報道されています(※5)。

4. 非上場企業

買収される側の企業にとっても、もちろんメリットはあります。その最大のメリットは、上場審査を経ずにいきなり上場できるという点です。通常、上場審査には時間がかかりますし、社内の体制を整えるのにもそれなり労力がかかります。それらを経ずしていきなり上場できるのですから、買収される側にとってもSPACはかなり魅力的でしょう。

5. 非上場企業の投資家

さらに、非上場企業に投資しているベンチャーキャピタル、エンジェル投資家、事業会社にも大きなメリットがあります。

通常、スタートアップなどの非上場企業に投資した場合、その投資資金の回収方法は、スタートアップ企業の上場かM&Aという2つしかありません。上場には時間がかかります。M&Aでは多くの場合、上場よりもバリュエーション(※6)が下がってしまう傾向にあります。ですがSPACなら、高いバリュエーションで素早く投資資金を回収できる可能性があります

このように、SPACは利害関係者にとってメリットが多いしくみです。しかし当然、未来は誰にも分からないもの。必ずしもこうした想定通りに成長できないケースも、もちろんあります。

うまくいかなければ…損失を被るのは誰?

仮にSPACが投資先を見つけて買収したものの、うまく成長できなかったケースをまとめたのが図表6です。ステークホルダー全員が何らかのメリットを享受できた先ほどのケースとは異なり、今度はステークホルダーごとに明暗が分かれます。

上場後もSPACに関わりを持つ、SPACのスポンサー、一般投資家、非上場企業を買収したSPACの経営者や従業員は、損失を被る可能性が出てくるのです。

うまくいかなかった場合は?

(注)株式交換で買収が行われたケースでは、買収後に5は買収企業の株主になることから、市場で株式を売却するまではリターンは確定しない。

筆者作成

また、従来のIPOであれば厳しいスクリーニングを通じて、経営の体制を含めて本当に上場するに足るスタートアップだけが選別されるはずですが、SPACでは、本来ならば上場するほどの実力がなくても上場できてしまうというリスクもあります。そして、このリスクを引き受けるのは一般の投資家です。もしそのような企業が増えれば、市場の健全性という意味では決して望ましいことではありません。

例えば、電気自動車トラックを扱っているニコラ・モーターという企業が2020年6月、SPACを通じてナスダックに上場しました。一時はフォード・モーターの時価総額を抜くほどの勢いでしたが、その後うまく事業が伸びず、株価は一時期、最盛期の6分の1程度にまで下がってしまいました。

もちろん、個別株案件で株価が下がるのはよくあることです。ですが仮に今後、普通に上場したケースと、SPACを通じて上場したケースの上場後の株価のパフォーマンスを比較して、後者のパフォーマンスの方が悪いことが統計的に示されたりすれば、上場時におけるSPACのあり方にメスが入る可能性はあるでしょう。

ソフトバンクGにおけるSPACの役割

前置きが長くなりましたが、ここで話をソフトバンクGへと戻しましょう。

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