撮影:今村拓馬
「タナケン先生は、悩みはないんですか?」とよく聞かれます。いつも楽しそうにしている(と思われる)ことが多いので、私を見ているとそういう疑問が湧いてくるのかもしれません。
私ももちろん悩む要素は皆さんと同じようにいろいろとありますが、悩み続けることは、ありません。その理由は、瞑想とメモ書きをしているからです。
前提として瞑想もメモ書きも、思考の整理として位置づけています。新聞を読んで、テレビやネット動画を視聴して、SNSも運用していると、日々さまざまな情報が入ってきます。知らなくていいようなことも簡単に知れてしまうのが、私たちが生きる今という時代です。
そこで、思考を整理する時間を意識的に設けるようにするのです。
私はこの手法を多くの人に届け、実践してもらいたいと思っています。というのも、これまで経営者からアーティストまで、さまざまな業界で活躍する人へのインタビューを重ねるなかで、やり方に多少の違いはあっても彼らが共通して実践しているのが、この瞑想とメモ書きだと気づいたからです。
悩み続けて目の前のアクションに踏み込めない人は、思考が混乱している状態です。瞑想でこれからの自分に向き合い、メモ書きで今やるべきことを明確にしましょう。思考を整理し、これからのありたい姿に向かって思考を研ぎ澄ましていくことで、混乱状態から抜け出すことができます。
以降では、私が実践している方法をご紹介します。
瞑想で自己の存在意義をイメージする
瞑想は、数分でできます。私にとっての瞑想はあくまでも思考の整理ですので、自宅なり外出先なり、場所を問わずどこでもできます。例えば、仕事が重なり、何から手をつければいいか分からないような時には、必ず瞑想をします。
瞑想は作法にこだわる必要はない。短い時間でもかまわないので、定期的に実践しよう。
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やり方はこんな感じです。まず、身体をリラックスさせ、深呼吸をします。深呼吸を繰り返し、気持ちを落ち着かせます。できるだけ静かな場所がおすすめですが、思考の整理が目的なので、電車の中でやることもあります。
このとき、この先の未来にどうなっていたいのか、どんな場所で何をしていたいのかをイメージします。
時間軸は、その時々で設定してください。1カ月後、数カ月後、1年後、3年後、10年後……など、設定は自由です。私は数カ月先と数年先を交互に繰り返しています。数十年後の自分をイメージする瞑想は、気が向いた時に、たまに行う程度です。
この瞑想の時に確認しているのは、「自分のやりたいことをやり抜いていくこと」と「関わる人や組織の状態をより良くしていくこと」を両立させる人生にしていくという点。いわば、私個人の「パーパス(=存在意義)」を確認していく作業です。
日々さまざまな情報が飛び込んでくると、他者の様子は見えても、肝心の自分の立ち位置が見えにくくなってしまいがちです。自分は何のためにこれをやっているのか、この先何をしたいと思っているのか。そうしたパーパスをつねに意識しておくことが大切です。
瞑想の中で、過去の出来事が映像として浮かんできたら、その一つひとつを経験として肯定していくようにします。過去を否定しても、何も変わらないからです。
「あの時こうしておけばよかった」とは誰しも思うものですが、「あの時」はもう取り返せません。だとしたら、あの時の経験を踏まえて、今に向き合い、これからどうしていくのかを考えたほうがはるかに効果的です。
瞑想は3分程度でOKです。短い時間でいい代わりに定期的に繰り返すことで、セルフパーパスがより明確に見えてくるようになります。
ビジネスで成し遂げたい自己像。家族やプライベートでありたい姿。瞑想を繰り返しながら、これからのあなたの姿を具体的にイメージするようにしましょう。
例えば私の最近の瞑想で浮かんでくるのは、大学と産業をつなぐ橋渡し役としての自分の姿です。大学に14年間勤務し、企業顧問を27社歴任してきたことで、これまでのさまざまな経験が今の自分を構成してきたことを再認識しています。その上で、何ができるのか、何をなすべきなのかを、繰り返し思い浮かべるようにしているのです。
メモ書きで未来をデザインする
過去の振り返りではなく、自分のありたい姿をイメージするためにメモをとってみよう。
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瞑想を通じてセルフパーパスが確認できたら、今度はメモ書きです。瞑想の中でイメージが浮かんだことを言語化して、記録しておくのです。瞑想とメモ書きの時間は、空いてもかまいません。
私のメモは、過去に起きたことを記録する日記ではありません。「未来をデザインしていくための現状整理メモ」です。ですので、これから何をするのか/すべきかを書き出していきます。
何度も書きます。書くこと自体が、思考を洗練させます。目の前の些末なことに囚われなくなります。身体は過去と現在の構築物ですが、思考は未来に集中させます。
瞑想の内容は、これからありたい姿をイメージしていくのに対して、メモ書きでは「そのためにはいま何をすべきなのか」を落とし込んでいきます。未来のありたい姿に向けて、今のアクションを見つめていくのです。
注意点としては、「幸せになりたい」「自分らしくありたい」といった内容ではなく、より具体的な表現を意識しながらメモをとるということです。
例えば、私のなりたい姿は「大学と産業をつなぐ橋渡し役」ですから、そのことを意識しながら、いま何をすべきかをメモ書きしていきます。最近書いたメモは、こんな具合です。
- 大学の講義を机上の空論にしない
- 知識伝達ではなく、学生のアウトプット機会にする
- 産業界のトップリーダーの声を学生に届ける
- 大学の学びを開くために、ゼミの内容や課題をSNSで情報発信する
- 産業界の最前線の変化を自ら学ぶ
5つのメモを書くのに、2分もかかりません。書くこと自体に意味があるので、完璧なものを書こうとして頭を悩ませるのではなく、まずは少しでも感じることがあれば、肩の力を抜いて書き出してみてください。
書き出す内容は、そのつど変わってもいいのです。ただし、メモ書きを繰り返していると、同じようなことを書いていることにやがて気づくはずです。
その内容の重複部分に、あなたが大切にしていきたい軸が隠れているのです。
メモ書きのツールは、携帯でもPCでも手帳でもかまいません。書きやすくて継続しやすいものを選び、あなたなりのメモ書き環境を作ってください。
とてつもない情報社会の中で、手にする情報は私たちのCPUをはるかに超えるものです。だからこそ、瞑想とメモで、あなたのこれからを「見える化」させるのです。
数分間でいいので身体を休め、未来の絵を思い浮かべてみてください。何かに悩んでいる人たちの多くは、過去や現在に縛られています。どうにもできない過去に執着して今のアクションにブレーキがかかっている状態からは、いち早く脱しましょう。
瞑想とメモは、過去への執着から自己を解放させるトリートメントです。自己を俯瞰し、未来を思い浮かべるのです。最初は思うようにいかなくても、気にすることはありません。
瞑想でセルフパーパスを思い描くのが難しいと感じたら、メモ書きで今すべきことを書き出してみるところから始めてもかまいません。瞑想とメモ書きの順番は問いません。
ただし一度限りで終わらせてしまうのではなく、瞑想とメモ書きの行為を繰り返すこと。そうすることで、思考が整理され、周りの情報に惑わされなくなります。
もちろん、それでも日々、思うようにいかないことにも直面します。その時は、落ち着いて、瞑想したらいいのです。
これからのありたい姿をイメージすること自体が、心豊かな時間になります。自分らしく生き、幸せになりたいのであれば、その道筋を一つひとつ行動に移していくのです。
ありとあらゆる経験が「キャリア資本」になります。悩んでいる間は、キャリア資本は蓄積されません。大切なのはアクションにつなげることです。
さあ、あなたも、セルフパーパスに近づくための第一歩を踏み出しませんか?
この連載について
物事が加速度的に変化するニューノーマル。この変化の時代を生きる私たちは、組織に依らず、自律的にキャリアを形成していく必要があります。この連載では、キャリア論が専門の田中研之輔教授と一緒に、ニューノーマル時代に自分らしく働き続けるための思考術を磨いていきます。
連載名にもなっている「プロティアン」の語源は、ギリシア神話に出てくる神プロテウス。変幻自在に姿を変えるプロテウスのように、どんな環境の変化にも適応できる力を身につけましょう。
なお本連載は、田中研之輔著『プロティアン——70歳まで第一線で働き続けるキャリア資本術』を理論的支柱とします。全体像を理解したい方は、読んでみてください。
田中研之輔(たなか・けんのすけ):法政大学教授。専門はキャリア論、組織論。社外取締役・社外顧問を23社歴任。一般社団法人プロティアン・キャリア協会代表理事、UC. Berkeley元客員研究員、University of Melbourne元客員研究員、日本学術振興会特別研究員(SPD東京大学)。著書は『プロティアン』『ビジトレ』等25冊。「日経ビジネス」「日経STYLE」他メディア連載多数。〈経営と社会〉に関する組織エスノグラフィーに取り組む。