シマオ:皆さん、こんにちは! 「佐藤優のお悩み哲学相談」のお時間がやってまいりました。さっそく読者の方からのお便りをご紹介しましょう。
佐藤さん、こんにちは。 ご相談したいのは、物事を冷静に見極めて判断する力をどのように養っていったらいいのかということです。
コロナ禍が始まった頃からと思いますが、別の思想を持つ人や特定の国、集団を中傷する人が周囲に増えてきました。私は政治に対する考え方が多少違っても友人関係は続けられると思っていたのですが、米大統領選に対する考えの違いから関係を解消することになってしまいました。近頃は反論したくても控えたり、話し合うことすら避けたりするようになっています。
佐藤さんは、情報収集して自分の見解や行動を決めるときにどんなことに気をつけていらっしゃいますか。 また、立場や考えの異なる方と健全に議論するために配慮されていることなどあればぜひお伺いしたいです。
(30代前半、MY、女性)
注:お便りが長文でしたので、編集部にて要約させていただきました。
高校レベルの知識に欠損はないか?
シマオ:MYさん、お便りありがとうございます。気づかないうちに自分に都合のいい情報ばかり摂取してしまうのは現代の課題ですね……。佐藤さん、いかがでしょうか。
佐藤さん:MYさんのご相談には2つのことが書かれていますね。1つが、物事を判断する能力について、もう1つが立場の異なる人との議論について。それぞれについて、お答えしていきましょう。
シマオ:では、まず物事を判断する能力をつけるには、どうすればよいでしょうか?
佐藤さん:これまでにもいくつかの著書で書いてきましたが、人があやふやな情報源をもとに判断してしまったり、陰謀論などに引っかかったりしてしまうのは、知識の欠損があるからです。あるいは、自分に知識が足りていないかもしれないという不安につけ込まれてしまうのです。
シマオ:なるほど。ただ、僕みたいなビジネスパーソンが、今から専門家レベルの知識を身につけるのは難しいのではと感じています……。
佐藤さん:もちろん、あらゆる物事に通暁するなんてことはできません。ここで言う知識とは、高校の教科書で習うようなレベルが身についているかということです。
シマオ:高校レベルの知識ですか。僕は私大文系受験だったので、理数系科目はほとんど「捨てていた」というのが正直なところです……。化学なんていつも赤点でした。
佐藤さん:そういう人は多いですよね。東京大学の新入生でさえも、知識の欠損がある人たちが結構います。ただ、東大に関しては1〜2年の教養学部時代にある程度やり直しをさせます。何が言いたいかと言うと、高校レベルの知識を身につけるのは、それくらい大変なのだということです。
シマオ:そうなんですか! 東大生でさえ、と聞いてちょっと安心しました……。だとしたら、足りない部分をどうやって勉強したらよいのでしょうか? 教科書を全部読み直すとか……?
佐藤さん:それは大変ですから、ある程度のゴールを見定めるとよいでしょう。多くの人はセンター試験(今年度からは大学入学共通テスト)を基準にしてしまいがちですが、実はわりと難易度が高い。私は、学び直しの基準は高卒認定試験くらいがちょうどいいと考えています。
シマオ:僕は一応高校を卒業しているから、それくらいなら大丈夫かな……。
佐藤さん:シマオくん、そういうプライドが、学び直しにとっては最も障害となるものなんですよ。高校はおろか、中学レベルの知識が欠損している人も少なくありません。まずは自分に何が足りないかを認めることが、学びにとって大切なことです。高校レベルの知識の欠損を補うには、2年はかかると思っておいたほうがいいでしょう。
シマオ:えっ、そんなに!? 東大が2年設けるだけありますね……。
「コロナは風邪」はどこが間違っているのか
佐藤さん:高校レベルの知識を身につけておけば、未知の情報に対しても、ある程度的確な判断を下すことができます。それは単に覚えているということではなく、その知識を元に考えることができるようになるということです。例えば、新型コロナウイルスに関して、さまざまな情報が錯綜していますね。
シマオ:はい。変異株も出てきて、テレビやネットでも日々いろいろなことが言われ、どれを信じていいか分からなくなる時があります。
佐藤さん:「コロナはただの風邪だ」なんてことを言う人もいますね。シマオ君はこれが正しいと思いますか?
シマオ:え、それは間違いでしょう! 実際に死者も出ている訳ですし……。
佐藤さん:ただ、「若い人」に限って言えば、この発言は必ずしも間違っているとは断言できません。新型コロナによる死亡者数を年代別に見れば、2021年6月22日の時点で20代が7人、10代はゼロです。死亡した例も、多くが基礎疾患を持っていたとされている。つまり、若い世代がコロナを直接の原因として死亡する可能性はかなり低いということです。
シマオ:でも、高齢者にとっては……。
佐藤さん:まさに、そこです。私たちの社会はさまざまな構成員で成り立っていますし、今がよければ将来はどうでもいい訳ではありません。別の例で言えば、今の世代が二酸化炭素を放出し続ければ、これから生まれてくる世代に深刻な環境被害を与えることになる。
シマオ:なるほど! ここで必要になる倫理や科学、政治経済の知識はどれも、高校までに習うものばかりですね。
佐藤さん:物事を判断するのにもう1つ大切なことは、余計な情報をシャットアウトすることです。身近な例で言えば、SNSなどを見て、何かを判断しようとしないこと。
シマオ:でもやっぱり、日々の生活の中でネット検索とかはしてしまいます……。
佐藤さん:ネットを使うなということではありません。「タダ」で得られる情報は触り程度にとどめ、信頼はしないようにするということです。信頼度の高い情報を得るにはコストがかかります。メディアならいくつかの媒体を有料購読するなど、情報を得るのに対価を払うクセをつけることをおすすめします。
「意見が合うか」と「友人関係」は独立変数
イラスト:iziz
シマオ:分かりました。もう1つの、立場の異なる人との議論はどうするとよいでしょうか。
佐藤さん:これは簡単で、そもそも意見の違いにストレスを感じる必要がまったくありません。仮に相手が自分の意見を押し付けてくるのであれば、関わりを避けることです。
シマオ:でも、それが原因で友達を失くすなんて、悲しくないですか?
佐藤さん:順番に考えていきましょう。まず、他人と意見が違うことがあるのは、ごく当たり前なことです。つまり、仕事や家族といった結論を集約しなければならない場面を除けば、意見の違いは「趣味」と同じだと考えるべきなんです。犬が好きな人もいれば、猫が好きな人もいるし、ニシキヘビが好きな人もいる。それは個人の自由であって、他人に強制することではないということです。
シマオ:なるほど、それくらいの温度感でいいんですね。確かに趣味で意見を合わせる必要はないですし、強制されるのもおかしな話ですよね。
佐藤さん:次に、意見が合うかどうかと友人関係は「独立変数」だということです。
シマオ:独立変数?
佐藤さん:一方は他方に関係しないという意味です。意見が同じで仲がいい、意見が違って仲が悪い、という2パターンを想定しがちですが、意見が違っても仲良くなれる人もいれば、意見が同じでも仲良くなれない人もいます。
そのように4つのマトリックスで考えてみて、相手がどこにいるのか確かめてみてください。そうするだけで距離が取れて、ストレスを感じる機会は少なくなると思います。
編集部作成
シマオ:なるほど! 友達は自分と意見が同じで当たり前、と思ってしまうのがそもそも勘違いだということですね。
佐藤さん:はい。たしかに私は外交官時代に立場や文化の異なる人との交渉をしていました。ただ、外交官というのは国家の代理人です。結論は国が決めている。あとは、その範囲内で妥協点を探ることが仕事です。仕事と友人関係は違うということです。
シマオ:でも、対立を避けて当たり障りのない話題だけしか話せないなら、それを友人と呼べるのでしょうか?
佐藤さん:友人をどのように捉えるかはその人次第ですが、人類学者の長谷川眞理子先生は、人間が一生の間にちゃんと付き合える人間は150人程度しかいないと指摘しています。そして、人事コンサルタントの西尾太さんは、上司が適正に評価できる部下の人数は8人が限界だとおっしゃっていました。
シマオ:つまり、それくらいが人間関係の限界だということですね。
佐藤さん:私の肌感覚としても、それくらいだと思います。本当に親しい人は人生のある時点において5人もいれば十分です。一生の間に、家族や仕事関係も含めて150人くらいとちゃんと人間関係を持てれば、幸せな人生だと言えるのではないでしょうか。もちろん、ある時期に近しかった人と疎遠になってしまうことも含めての話です。
シマオ:つまり、意見の違いにクヨクヨ悩む必要もないし、意見の違いを過度に恐れて無理に人付き合いをする必要もないということですね。
佐藤さん:はい、私はそう思います。
シマオ: MYさん、いかがでしたでしょうか? ご参考になれば幸いです。
「佐藤優のお悩み哲学相談」、そろそろお別れのお時間です。引き続き読者の皆さんからのお悩みを募集していますので、こちらのページからどしどしお寄せください! 私生活のお悩み、仕事のお悩み、何でも構いません。次回の相談は7月14日(水)に公開予定です。それではまた!
佐藤優:1960年東京都生まれ。作家、元外務省主任分析官。85年、同志社大学大学院神学研究科修了。外務省に入省し、在ロシア連邦日本国大使館に勤務。その後、本省国際情報局分析第一課で、主任分析官として対ロシア外交の最前線で活躍。2002年、背任と偽計業務妨害容疑で逮捕、起訴され、09年6月有罪確定。2013年6月に執行猶予期間を満了し、刑の言い渡しが効力を失った。現在は執筆や講演、寄稿などを通して積極的な言論活動を展開している。
(構成・高田秀樹、イラスト・iziz、編集・野田翔)