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日本のタピオカブームはコロナ禍でしぼんでしまったが、同じ時期に中国で大ブームだったお茶ドリンクは、1杯500円台の高級ブランド「奈雪の茶」がお茶系飲料チェーンで初めて上場にこぎつけるなど、進化が続いている。
3年前、中国はミルクティーブームで、ミルクティースタンドの起業を夢見る20代の中国人女性を紹介した。
「奈雪の茶」やそのライバルの「喜茶」の創業者も、この女性のように「自分の店を持ちたい」とカフェをオープンし、30歳そこそこで数百店舗を展開するまでになった。お茶ドリンクブランドの急成長からは、若者の感性をVC(ベンチャーキャピタル)が資金で支える方程式が、IT分野以外でも機能している。
スタバが起こした中国カフェ革命
黒船スターバックスは中国のコーヒー市場を育てただけでなく、お茶ドリンク業界をアップグレードした。
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お茶ドリンク市場のアップデートの陰の立役者は、スターバックスだ。
スタバは2010年代前半に中国の都市部で積極出店し、カフェ文化を醸成した。ドリンクの価格は30元前後(約500円)で、一般的なランチの価格の1.5~2倍ほどしたが、流行に敏感な若い女性はコスパを気にしない。スタバの成功でローカルのコーヒーチェーンが続々と現れ、コーヒー流行前から女性の定番的な飲み物だった「お茶ドリンク」市場にも革命が起きた。
従来のお茶ドリンクは、イチゴやバナナなどのフレーバーを付けた粉末材料をお湯で溶かし、タピオカを投入した「即席飲料」だった。テイクアウト形式のスタンドはスーパー地下の惣菜売り場や大学周辺が出店の定位置で、価格は5元(約85円)前後。
おしゃれな高価格コーヒーショップとは元々競合しない存在でもあったが、お茶ドリンク業界のアップデートを図る勢力が現れた。その代表が「奈雪の茶」と「喜茶」だ。いずれも20代の若者が創業、という点も共通している。
奈雪の茶:IT企業ブランディング担当から創業
奈雪の茶はお茶ドリンク業界で初めて上場にこぎつけた。
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2015年創業の奈雪の茶は、2018年に業界で初めてユニコーン(評価額10億ドル超の未上場企業)になり、6月30日に香港市場に上場する。上場時の評価額は350~400億元(約6000~6900億円)と推定され、赤字経営ながらVC資金調達を繰り返し、規模を拡大してきた。
まるでテック企業のような歩みなのは、創業者の女性がIT企業出身であることも関係している。
奈雪の茶は、若い夫婦が2015年に深センに1号店をオープンして始まった。
CEOとして表に出ているのは今年33歳になる妻の彭心氏。2020年には経済誌の「中国で最も影響力がある女性起業家30人」に選ばれた。
IT企業でブランディングを担当していた彭心氏は、ブラックな業界環境に嫌気が指して、夫とカフェ経営に転じた。
奈雪の茶は当初から茶葉など原材料にこだわる高級路線を志向し、ショッピングセンター(SC)の目立つ位置に出店していった。彭心氏は2019年の講演で「当時のお茶ドリンクショップは低コスト、低価格、そしてスーパーの地下1階、地下2階出店がセオリーだった。夫はSC業界に顔が利いたので、出店交渉はしやすかったが、1階に200平方メートルのスペースを借りようとした際には、無謀だと反対された」と振り返っている。
周囲の心配をよそに、創業2年目には1億元(17億円)を調達し、知名度を高めていく。2020年時点で店舗数は約400店舗に増え、大阪にも出店した。ブランドや運営の質を守るため、全て直営店なのも同社の特徴だ。
同社によると、顧客の80%は20~30歳だという。奈雪の茶はマーケティングとブランディングに非常に長けた企業だということが分かる。
喜茶:日本人も並ぶ「行列店」、評価額は1兆円超えか
数十分~数時間並ばないと買えないことで知られる喜茶。
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海外では奈雪の茶の知名度が圧倒的に高いが、中国人の間でより人気があるのは「喜茶(Hey Tea)」かもしれない。2020年の「中国お茶ブランドランキング」でも首位は喜茶で、奈雪の茶は3位だった。
2012年創業の喜茶(当時は「皇茶」)はチーズティーやフルーツティーの草分けで、数時間行列ができる店としても知られる(「行列店」好きな日本人による「行ってみた」ブログも多い)。
同社の店舗数は2020年時点で約700店舗。2019年に390店舗、2020年だけで18都市に304店舗をオープンしており、奈雪の茶やコーヒーチェーンと競い合う形で、この2~3年で急激に規模拡大している。
上場計画はないものの、テンセントや美団系の投資会社、セコイア・キャピタル・チャイナなどから大規模な資金調達を行ったことが最近明らかになり、評価額は奈雪の茶を超える600億元(約1兆円)とも言われている。
創業者は聂雲宸氏で、1991年生まれの「90後」だ。短大生だった19歳の時にスマホ販売店を始め、2012年にミルクティーショップに狙いを定めた。
聂雲宸氏は「粉末飲料ではなく牛乳と茶葉で作った本物のミルクティーを出す」と本物志向を掲げ、2012年5月に広東省江門市に「皇茶」を出店。周辺都市に少しずつ店舗を広げ、2015年に深セン市で人気が爆発した。
しかし知名度が上がるにつれ広東省に皇茶を名乗る偽店舗が大量に出現したことで、聂雲宸氏は2016年に皇茶ブランドを放棄し、喜茶を立ち上げた。
ちなみに、奈雪の茶の彭心氏は、喜茶が深センでブームになったとき、SNSで名指しして「パクリ」だと批判し、本人たちによる直接の応酬が起きた。
顧客の約9割がZ世代とミレニアル世代
お茶ドリンク業界の「ハイエンド(高端)」「ミドル(中端)」「ロー(低端)」の市場の伸びを示すグラフ。
中商産業研究院
シンクタンクの中商産業研究院によると、中国のお茶ドリンク市場は業界のアップデートによって2けた成長が続き、2021年には4789億元(約8兆2000億円)に拡大すると予想されている。特に高価格帯ブランドの勢いが強く、同価格帯の消費額は2015年の8億元(約140億円)から2020年には129億元(約2200億円)に増えた。
「奈雪の茶」が2019年12月に発表した「2019新式茶飲消費白書」は、お茶ドリンク消費者の50%が90後(21-30歳)で、37%が80後(31-40歳)と分析しており、この市場がミレニアル世代とZ世代に深く依存していることも分かる。
高級化についていけない消費者狙った「第三極」も
お茶ドリンク業界も、二極化と淘汰が進むと言われている。
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ただ、Z世代御用達の高級ブランドや消費のアップグレードが話題になっても、実際には「高くて頻繁には買えない」消費者の方が圧倒的に多いのも事実だ。
2021年、EC分野で新興企業の「拼多多(Pingduoduo)」のユーザー数がアリババを抜いたことが話題になっているが、拼多多はアリババやJD.com(京東商城)の高級化や偽物排斥キャンペーンについていけなくなった地方、農村、高齢の消費者を取り込んだことで大きく成長した(そのため、1人あたりの消費額はアリババの数分の1だ)。
お茶ドリンク業界にも“拼多多”が存在する。奈雪の茶のIPOで業界全体に注目が集まる中、突如脚光を浴びているのが、創業から20年以上4~6元の価格帯を守り続けている「密雪氷城」だ。
同社は2020年に1万店舗を達成したと発表し、市場に驚きをもたらした。業界のブランドランキングでも、喜茶と奈雪の茶の2位に割って入り、ダークホース以上の存在感を示した。創業者の張紅超氏は地方の農村出身で、中学を卒業して働き始めた。1996年に都市部の鄭州市に引っ越し、大学の通信課程で学びながらアルバイトを掛け持ちし、2000年にミルクティーとアイスクリームを販売する密雪氷城を開店した。
奈雪の茶とは対照的に、フランチャイズ制を採る密雪氷城は徹底的な合理化で低価格、均一品質の商品を提供する。長らくこれといったマーケティング施策は行ってなかったが、2021年はテレビCMも打ち、VCから資金を集め、上場の準備も始めた。また、同じビジネスモデルをコーヒー業界に持ち込み、価格破壊を狙っている。
大都市や海外で名が知られる中国の消費者向けブランドは、Z世代向けの高感度・高価格商品で成功していることが多い。
だが、アップデートから取り残された地方都市・農村向け市場の方が遥かにポテンシャルがあり、しかもグローバルブランドはなかなか入れない。地方都市で数億人の消費者をつかんだブランドが、垂直・水平展開して高級ブランドや隣接業界の脅威になるのも、最近の中国市場の特徴だと言える。
浦上早苗: 経済ジャーナリスト、法政大学MBA実務家講師、英語・中国語翻訳者。早稲田大学政治経済学部卒。西日本新聞社(12年半)を経て、中国・大連に国費博士留学(経営学)および少数民族向けの大学で講師のため6年滞在。最新刊「新型コロナ VS 中国14億人」。未婚の母歴13年、42歳にして子連れ初婚。