撮影:西山里緒
東京駅から1.5時間ほど電車に揺られると到着する、千葉・外房のいすみ市。
サーファーが愛する街としても知られ、九十九里浜から伸びる海岸線をクルマで飛ばせば、鮮やかな看板のサーファー・ショップやカフェ、リゾートホテルなどが次々と目に入ってくる。
2021年夏、ここで無印良品が「1週間、無料でワーケーション体験」ができる家を貸し出すという。
海岸とは逆方向に、車で10分ほど走った山の中にあるのが、無印が展開する「陽の家(ようのいえ)」だ。普段はモデルハウスとして公開しているが、今夏から「ぜんぶ、無印良品で暮らそう。」と題し、5組限定で貸し出すという(応募は6月28日まで)。
どんな家なのか、実際に現地で見学してみた。
最大の特徴は、室内とウッドデッキのある庭が地続きになっていること。キャスター付きのテーブルをゴロゴロと外に出せば、外で日なたぼっこしながら仕事することも可能だ。
約70平方メートルほどの広々とした一間には、リビングとダイニング、ベッドルーム、キッチンが一緒になっている。アイランドキッチンから、ウッドデッキが見渡せる。
他の「無印の家」と同じように、間仕切りは自分で“編集”するスタイル。その「編集しやすさ」にもこだわりがある。例えば「無印の家」専用にデザインされたソファやベッド台は、イスを置けばそのままワーキングデスクにもなる。
イスを置けばワーキングデスクにもなる、ソファ台。「陽の家」の家具として特注されたものだという。
収納スペースはすべて無印のボックスやケースがぴったりとハマるサイズに設計されている。だからこそ「ぜんぶ無印」な暮らしも可能というわけだ。
ベッドルームも、ふすまのような引き戸を引き出せば、その部分を見えないようにすることもできる。
アメニティも無印。どこか銀座にある「MUJI HOTEL GINZA」も思い起こさせる。なお、この家の本体工事価格は1950万円(税込み)だ。
ウッドデッキ上には、焚き火やバーベキューもできそうな堀りごたつ的なスペースも。
暮らしを見直す機運の高まりの中で、もう一度「ワーケーション」という文脈に乗せて「陽の家」を打ち出したかったと、MUJI HOUSE 住空間事業部マーケティング部 部長の川名常海さんは明かした(写真はいすみ市の夕暮れの様子)。
「MUJI HOUSE」では4つのタイプの家を提供しているが、この「陽の家」は2019年に発表された最新のもの。デザイン監修をグラフィックデザイナーの原研哉さんが務めている。
ワーケーション市場規模は年40%成長
矢野経済研究所によると、ワーケーションの市場規模は年平均成長率約40%で伸び、2025年までには現在の市場規模の約5倍となる3622億円となることが予測されている。
出典:矢野経済研究所
そうした市場の伸びに呼応するように、無印は「ワーケーション」をテーマにした商品やサービスを多く打ち出している。今回の「陽の家」ワーケーション・プロジェクトを始めとして、2022年4月からは北海道・上士幌町でワーケーション施設を立ち上げる計画も発表されている。
今後は、家を販売するだけでなく、あるリゾート施設で宿泊できる「無印の家」の計画が進むなど、他企業や自治体と連動した「家」の展開も予定している、と川名さんは語る。
コロナ禍で大幅増益、テーマは「土着化」
無印良品は「土着化」することを目指すという。
出典:良品計画「2022年8月期~2024年8月期 中期経営計画 骨子」より
生活雑貨が主戦場の無印がなぜ今「家」に力を入れるのか?
良品計画が4月に発表した2021年8月期上期決算によると、営業収益が対前年同期比2.7%増の2283億円、営業利益が同48.2%増の233億円と、大幅な増益を記録した。巣ごもり需要の拡大で、食品や生活用品の売上高が伸長したことなどが影響した。
同月に発表された2022年8月期から2024年8月期にかけての中期経営計画では、こうした足元消費(ターミナル駅や郊外ではなく、近所で買い物をすること)が常態化することを見込み、スーパーと無印が一体化した、地域連携のコミュニティ・センターを多く手がけていく「土着化」戦略が打ち出されている。
すでに千葉県鴨川市の「里のMUJI みんなみの里」を始めとして、大型コミュニティ・センターの運営にも乗り出している。こうした「家」を多く展開することで、地域に密着した無印のニーズもさらに高まる……というわけだ。
今回のワーケーション・プロジェクトはいすみ市との直接的な関係はないものの、いすみ市とも2020年10月に連携協定を締結している。
さらに2021年だけでも、5つの都市や地域(鴨川市、横浜市、会津若松市、熊本市、北海道森町)との連携協定が発表されており、無印の力の入れようが伺える。
東京から離れてワーケーション。それも無印が提案する「暮らし方」の一つだ(写真はいすみ市の空)。
ではなぜ無印は今、社を挙げて「地方活性」に取り組むのか?
そう尋ねると、「MUJI HOUSE」の川名さんは、コロナ禍でさらに進んだ「グローバル経済が引き起こす、商品の均一化や効率化(に対抗するため)」と回答した。
「今はスーパーに行けばなんでも安く手に入るけれど、本当にそれだけでいいんだっけ?と。無印は当初から『割れしいたけ』をあえて販売するなど、グローバルな流通システムの中ではじかれてしまうものを大切にしてきました。生産者とお客様の間に立つ小売りとして、商品のサイクルの中にある“文化”そのものを伝えていきたいのです」(川名さん)
「無印の家でワーケーション」。現地で実態を覗いてみると、意外と深いストーリーがそこにはあった。
(文・写真、西山里緒)