顧客関係管理ソフトウェア最大手セールスフォース(Salesforce)のマーク・ベニオフ最高経営責任者(CEO)。
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時価総額2240億ドル(約25兆円)の顧客関係管理ソフトウェア大手セールスフォース(Salesforce)。環境を重要なステークホルダーと位置づける同社は、サステナビリティ(持続可能性)を核とするビジネスの構築を静かに推し進めている。
最高経営責任者(CEO)のマーク・ベニオフは、以前から環境問題に熱心で、企業が気候危機の解決にフォーカスする必要性を何度となく公の場で語ってきた。
セールスフォースは過去9年間の二酸化炭素排出量をレポートで公開、2020年にはそれ以降の10年間で1兆本を植樹する計画も発表している。
2021年、同社はすでにすべてのプロダクトについてカーボンニュートラル(=温室効果ガス排出量から吸収量を差し引いてゼロの状態)を達成したことを明らかにした上で、さらに再生可能エネルギー100%を目指すとしている。
セールスフォースにとって、環境への影響をトラッキングするのは簡単なことではなかった。
かつては(表計算ソフトの)スプレッドシートを使い、さまざまなコンサル会社の力を借りて、手作業でカーボンフットプリント(=事業やプロダクトのライフサイクル全体を通して排出される温室効果ガスの総量)を計算していた。
同社の場合、カーボンフットプリントの大部分は、各地のデータセンターで消費される電力を生みだすプロセスで排出されるものと、データセンターを建設するために必要なサプライチェーンで排出されるものが占めた。
いずれにしても、そうしたトラッキングの手法は、当時から非効率的とみられていた。セールスフォースのバイスプレジデント(サステナビリティ担当)パトリック・フリンは、Insiderの取材にこう語っている。
「間違いなく時間がかかりすぎで、しかも骨の折れる作業で、にもかかわらず継続的に改善していく流れさえも、当時はありませんでした」
そうした反省から、セールスフォースは2017年、自社プラットフォーム内で使うカーボンアカウンティング(=温室効果ガス排出量計算)ツールを開発。
その成果はすぐにあらわれた。それまで手作業で6カ月かかっていた計算プロセスが、一気に6週間に短縮されたのだ。
「ツール導入の最初の年、経理財務チームが会計期間のブックをクローズする(=決算作業を終える)前に、カーボンフットプリント計算の“環境ブック”をクローズする準備を終えることができました」
社内向けのこのプロダクトは社外でも大きな効果を発揮すると考えたセールスフォースは、2019年9月に「サステナビリティクラウド(Sustainability Cloud)」として発表。
企業が温室効果ガス排出量をトラッキングするのに必要なすべてのデータと、それらを分析してサステナビリティを改善するための機能とをパッケージにして提供開始した。
セールスフォースが提供する環境負荷追跡・分析ツール「サステナビリティクラウド(Sustainabilty Cloud)」のデモ動画。
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「セールスフォースはデジタルツールを提供することで、顧客企業の未来を切り拓く取り組みを支えてきました。そして気候変動ほどに、未来を切り拓くスキルが試される問題はありません」(パトリック・フリン)
すでに収益も生まれ始めている。サステナビリティクラウド部門のゼネラルマネージャーを務めるアリ・アレクサンダーは「早い段階から、このプロダクトには引き合いが殺到しています」
米証券取引委員会(SEC)のアリソン・ヘレン・リー委員長によれば(2021年3月講演)、企業が温室効果ガス排出量をトラッキングし、地球の直面する気候危機への取り組みを支援するよう求める投資家の声はますます強まっているという。
また、世界最大の資産運用会社ブラックロックの創業者ラリー・フィンクは、企業経営者向けに毎年発表しているメッセージの2021年版で、「ネットゼロ(温室効果ガス排出量実質ゼロ)社会に適合する事業計画を生み出していこうと呼びかけている。
前出のアレクサンダーはこう指摘する。
「つい最近まで、温室効果ガス排出量についてレポートを公表するだけでも、サステナビリティ時代のリーダーカンパニーなどと褒めちぎられる時代が続いていました。
それがいまや、気候変動について何か発信しようと思えば、カーボンニュートラルを達成するための現実的な計画が求められる時代へとすっかり変わってしまったのです」
オフィス向け家具メーカーのハーマンミラー(Herman Miller)も、セールスフォースのサステナビリティクラウドを導入済み。
温室効果ガス排出量データの収集プロセスが決定的に短縮されたと、ハーマンミラーでサステナビリティ部門の責任者を務めるゲイブ・ウィングはその効果を説明する。
スプレッドシートを使って手作業していた時代、同社のサステナビリティ部門は仕事時間のほとんどをデータの測定と収集にとられていた。
それが現在では、データを企業行動に反映させ、変化を生みだすことに時間を使えるまでに変わったという。
セールスフォースのこのプロダクトは、市場が広がるにつれてスタートアップや企業向けソフトウェア大手SAPとの競合が激しくなってきているが、最大のライバルは結局のところ、表計算ソフトのようなレガシーツールだという。
「あらゆる企業にとって、次の10年の勝ち組になれるかどうかは、何より気候変動問題に対する取り組み次第で決まることになるでしょう」(アリ・アレクサンダー)
(翻訳・編集:川村力)