出張先の自宅キッチンで調理するイタリアンシェフの福士将太さん。
撮影:横山耕太郎
渋谷区の高層マンションの一室。広々としたカウンターキッチンでイタリアンシェフの福士将太さん(29)は、野菜を刻んだり、フライパンで肉を炒めたり、調理用具を洗ったりと休みなく手を動かしていた。
人気出張シェフの福士さんだが、実は出張シェフの活動を本格化させたのは約半年前から。それまでの10年間は、都内や神奈川県などのイタリアンレストランで働くシェフだった。
今、コロナ禍で出張シェフに挑戦する料理人が増えている。
出張シェフサービス大手・シェアダインの登録シェフ数は約1500人(2021年3月時点)。コロナ以降は登録数が急激に増えており、毎月約100人が登録しているという。
出張シェフのなかには、レストランで勤務していた時よりも2倍の月収を稼ぐなど、出張シェフにキャリアチェンジするシェフも出てきている。
毎月100人のシェフが登録
福士さんが作った料理。彩りも鮮やかだ。
撮影:横山耕太郎
福士さんはこの日、幼稚園に通う2人の子どもと両親の4人家族を訪問。鶏もも肉とキノコの白ワイン煮込み、カボチャのスープ、牛モモ肉の赤ワイン煮込み、ヤングコーンの肉巻き、ハンバーグ……。見た目も華やかな料理10品を、3時間で仕上げた。
利用するコースやシェフによって、時間や作る品数、料金は異なるが、この日は3時間で作り置き用の料理10品を作り料金は1万。料理に使う食材は、利用者側が事前に用意することが基本だ。
過去にも何度も福士シェフに依頼しているという30代の母親は、「手料理では子どもがほとんど野菜を食べてくれず、家事代行サービスや出張料理のサービスを使ってみたのがきっかけだった」という。
「福士さんはお店で食べるようなおしゃれな料理を作ってくれる。何よりも子どもが喜んで食べてくれるので、今ではほぼ毎週、出張シェフサービスを利用しています」
コロナで時短営業、月収も2割減
福士さんには200件以上のレビューがついている。
シェアダインHPを編集部キャプチャ
本場イタリアのレストランで約1年働いた経験もある福士さん。コロナ前まで武蔵小杉(神奈川・川崎市)のイタリア料理店で副料理長を務めていた。
しかし、コロナの影響でレストランは時短営業。月収も手取りで約2割減ったこともあって、2020年秋に出張シェフサービス・シェアダインに登録した。
在宅時間が増えたことが追い風となり、出張シェフサービスの利用者は増加。福士さんも登録後、すぐに予約が入るようになり、2020年の冬には多い日で1日3件の予約が入った。
ただし、サービスに登録されたシェフがずらりと並ぶ中で、安定して予約を得るのは簡単ではない。
シェアダインの場合、利用者のレビューのよしあしが「次の予約で指名されるかどうか」を左右するため、利用者の評価には気を配る。
「お客さんからのレスポンスはできるだけ早くすること。あとは、SNSで料理の写真をあげて、どんな料理を作るのかイメージしやすいようにしている」(福士さん)
福士さんのインスタグラムには、華やかな料理の写真が多くアップされており、シェアダインに書き込まれたレビューは200件以上にのぼる。
料理の写真がずらりと並ぶ福士さんのインスタグラム。
福士さんのインスタグラムを編集部キャプチャ
目標は「年収1000万」
出張シェフを初めてから約半年が経った2021年5月、福士さんはコロナ前に週6日通勤していたレストランを辞め、フリーランスの出張シェフとして独立した。
独立を決めた理由は、1週間の予約件数が安定したことだ。週に10~15件入るようになり、収入も安定してきたことが大きいという。
シェアダインは、シェフが自分で単価を決めることができる仕組みで、売り上げの2割をシェアダインに支払う。
サービスに支払う2割は決して安い額ではないが、訪問先の備品を破損した場合の損害賠償保険が適用されることに加え、料金の受け取りもネット上で完結しており、トラブルの回避にもつながる。
「これまで2度値上げをしてるが、出張シェフとして軌道に乗れば1日3万円を稼ぐこともできる。将来的には年収1000万円が一つの目標です」
福士さんの周りにも、出張シェフに興味を持つシェフは増えてきているといい、出張シェフは働き方の選択肢の一つになりつつあるという。
「体力が必要な面もあるので、40代、50代になって続けられるかは正直分からない。ただ、自由な働き方を決められるメリットは大きい。コロナで不安に感じながらレストランで働いているシェフにとって、収入の増加という面でも可能性がある働き方だと感じています」
コロナ前よりも「月収2倍」を達成
フレンチシェフのRyuさん。
提供:シェアダイン
フレンチシェフのRyuさん(31)も、コロナ禍で、レストラン勤務から出張シェフに軸足を移した。
調理の専門学校で学んだRyuさんは、フランスで半年間修行した経験もあり、銀座や二子玉川のレストランで勤務していた。
緊急事態宣言中で勤務先のレストランが休業したことがきっかけで、2020年5月から本格的にシェアダインで出張シェフとして働き始めた。最初は3時間6800円からスタート。3カ月で約100件の予約をこなした。
「慣れるまでは1件が終わるともうくたくた。自分のキャパがわからずに、週休1日で月に60軒の予約を入れてしまったこともあって、その時はさすがに限界を知りました」
レビューが増え予約が安定したため、2020年の年末には、シェアダインが定める最も高い単価、3時間1万4000円に値上げした。
「あえて一番値段を高くしている。サービスの値段を見る時には、一番安い値段と一番高い値段が注目される。新たに登録するシェフとの差別化戦略でもあります」
レストランで正社員として働いていた時は、午前から終電まで働いていたが、その時と比べて、現在は1.5倍から2倍の月収になった。
「シェフの世界は、長時間労働になりがちで、給与水準も高くはない。一方でフリーランスであれば、自分で働く時間や場所を選べるのが魅力。出張シェフの成功モデルになれればと思っています」
サービス拡大へ。シェフの獲得を強化
シェアダインでは得意料理や経験などからシェフを選択する。
シェアダインHP編集部キャプチャ
在宅勤務の増加や、外食の自粛で出張シェフサービスの人気は高まっている。出張シェフサービスとしては、PRIME CHEFや、シェフくる、うちchefなどのサービスもあり、パーティー向けサービスや低価格プランなど、それぞれが特徴を打ち出しながら、シェア争いを繰り広げている。
2021年6月のシェアダインの利用者数は、コロナ前の2019年12月に比べて約4倍に増加。サービスを拡大するためにも、新規シェフの獲得を急いでいる。
「出張シェフとして収入アップを実現する例も増えていることから、レストランで働くシェフからの応募が増えています」(シェアダイン広報担当・山田有加さん)
厚生労働省の2020年度賃金構造基本統計調査によると、「宿泊サービス・飲食業」の平均賃金は25万500円。一方でシェアダインで月に18日以上活動するシェフの平均賃金は26万4100円(2021年4月度実績)となり、業界の平均を上回っている、とシェアダインは説明する。
シェアダインでは、新たなシェフが参入しやすくするための施策にも着手。「シェフ応援プログラム」として、ホームページに掲載するプロフィールや料理の撮影を請け負ったり、顧客獲得やスキルアップのための講習を実施したりしている。
また、シェフの安全を確保するため、事前に利用者の身分証確認することに加え、セクハラなどの緊急事態には、利用者に気付かれずに外部に連絡できるSOSボタンも導入した。
今後は登録シェフを増やし、サービスの対象エリアを全国に拡大することを目指す。
「現在のサービスエリアは、関東や大都市圏がほとんど。出張シェフに挑戦するシェフをサポートすることで、全国のシェフに登録してもらえるサービスにしたい」(山田さん)
(文・横山耕太郎)