コロナ禍で進んだ議論を“ピン留め”したい。IBMが未来を考えるプロジェクトをはじめた理由

テクノロジーは、私たちの暮らす世界を確実に変えてきた。テクノロジーによってリモートワークは普通のことになり、スマホで商品を頼めばすぐに自宅へと届けてくれる。

ただ、起きた変化は必ずしも望ましいものばかりではなく、この先も不透明さは拭えない。ポジティブな未来をつくっていくために、人類はテクノロジーとどのように共生すべきか

IBM Future Design Lab.」の藤森 慶太氏と、インフォバーン代表取締役会長兼CVOの小林 弘人氏に、Work、Life、Society(企業・個人・社会)の視点で、テクノロジーが不可欠な未来について語り合ってもらった。

テクノロジーに対して「倫理的かどうか」が問われる時代

ibm-fdl_top_6U9A7940

(写真左)藤森 慶太(ふじもり・けいた)氏/日本アイ・ビー・エム グローバル・ビジネス/サービス事業本部 カスタマートランスフォーメーション事業 戦略コンサルティング事業 担当 執行役員
(写真右)小林 弘人(こばやし・ひろと)氏/インフォバーン 共同創業者・代表取締役 会長(CVO)、Business Insider Japan発行人

—— 私たちはいまやテクノロジー抜きにWork、Life、Society(企業・個人・社会)を存続させられません。現在、人類はテクノロジーとうまく共生できているでしょうか。

藤森 いきなりテクノロジーとの共生を考えると物事の本質を見失います。スマホで情報を得てネットで買い物をして、家から一歩も出なくて済む生活をしていると、テクノロジーさえあれば生きていける錯覚に陥ります。

しかし私たちはテクノロジー以前に、他の人間、さらに他の生物と共生している。ネットで注文して食べものが運ばれてきたとしても、その裏側には生産者や運んでくれる人がいるのです。テクノロジーに目を奪われてそこに思いが至らなくなっているとしたら、非常に危ういのではないでしょうか。

私が先ず着目するのは、社会という視点です。我々が目指すべき好循環の理想を前提に、人間にとってのテクノロジーの役割論を論じる必要があると思っています。

小林 一方で、テクノロジスト側にも功罪がありますね。テクノロジーにとっては、コードが法律である——つまりコードが人々の生活を変容させていき、法律やレギュレーションは後から追いつくという考え方が支配的でした。初期のネット起業では、アジャイル(迅速な開発)でとにかく占有者だけが恩恵にあやかるようなユーザーを無視したビジネスで市場をディスラプト(破壊)し、走りながら考えようという海賊っぽいやり方が眩しく見えていたこともあります。

ただ、近年はその弊害も目立ってきました。いま“邪悪なUI・UX”が問題視されています。企業が自社の利益確保のために、ゲーム理論や無限スクロールを活用してユーザーから時間を奪ったり、ダークパターンで誤認させてクリックさせたりすることを指しますが、今後、こうしたテクノロジーに対しては倫理的かどうかが問われることになるでしょう。

ディスラプション(破壊的イノベーション)がもてはやされもしましたが、それによって破壊された業界やコミュニティといったイノベーションのコストは、実は国が負担したり、税金として国民が負担したりしています。テクノロジーが成熟し、さらに影響力をもとうとする現代はもう少し広い視野でイノベーションを考えなければならないと思います。

ibm-fdl_01_6U9A7827

藤森 さらに言うと、問われているのは企業の存在意義です。企業は何の目的で社会にどのような価値を提供するのか。いくらテクノロジーが先進的でも、その存在意義から逸脱したかたちであれば、長い目で見て淘汰されるでしょう。

IBMはテクノロジーカンパニーと言われて、私たち自身もクラウドとAIの会社だと言っています。しかし、最終的なゴールは社会をより良くすること。クラウドやAIはその目的を実現するためにいま必要な手段のひとつに過ぎません。そこを履き違えてはいけないと思います。

—— テクノロジーとの共生について、お二人はどのような理想像を描いていますか。

藤森 人間がテクノロジーと共生するというだけではなく、他の人や生物と共生するときにテクノロジーをどう使うのかという視点が必要です。例えば今私たちが口にする食べ物は、誰かの犠牲の上で作られているのかもしれません。それを確かめるにはサプライチェーンをトレースする必要があり、そこにはテクノロジーのサポートが欠かせません。

CO2排出のトラッキングもそうです。人間が地球と共生するには環境問題に真摯に向き合うことが必須で、IBMは三菱重工様とともにCO2流通をトラッキングする「CO2NNEX」というプラットフォームを発表しています。このようにあらゆる領域での共生を支えることが、テクノロジーの望ましい在り方ではないでしょうか。

ibm-fdl_02_6U9A7679

小林 異なる価値観を持つ者同士が共生していくには、エシカル(倫理的)であることが欠かせないでしょう。それから、人間は共感する生き物で、自分ごと化することで強く物事を進めるためのドライブがかかります。例えばVRで難民キャンプの生活を追体験すれば、もう他人ごとではなくなるかもしれません。これはテクノロジーの素晴らしい使い方ですよね。しかし、同じテクノロジーでディープフェイクを見せて、人々の感情を悪しき方向に焚きつけることもできてしまう。AIによる世論操作も含めて、今後は新しいテクノロジーをどう活用するかを模索する際にテクノロジストだけではなく、倫理学者や哲学者を加えるといった流れが来ています

—— 共生のあるべき姿に向けて、変化の兆しは見えますか。

小林 今後起こりうると思っているのが、「テクノロジーの地産地消」です。アメリカだとローカルモータースというスタートアップが、IBMのワトソンを使って自動運転でバスを運行している。全世界に入り組んだサプライチェーンではなく、地域を限定して、そこで「マイクロファクトリー」と呼ばれる工場をつくり、雇用を産むようなやり方はおもしろいですね。グローバルなサプライチェーンによって分断されていたコミュニティが先端テクノロジーによって、再び接合されるような共生関係を期待します。

またテクノロジーのトレンドの発生は、経済効果が大きなハートランド(大陸中核部)より、リムランド(沿岸のような周縁部)で顕著です。地政学的な意味ではなく、例えばここでいうハートランドが北米的イノベーションだとしたら、リムランドはこれまで注目されてこなかった欧州やアジアの小国などです。リムランドで起きたエッジな潮流が、やがて中心部のハートランドへと成長します。リムランドにいるのはスタートアップですが、今は才能の流動性が高く、例えばブロックチェーンのコミュニティにいる日本人がベルリンやエストニアに行って起業することも珍しくはありません。リムランドではすでに変化が進行中です。それは、「すでに起こった未来」であり、次なる変化の先兵です。

藤森 それこそテクノロジーのサポートを受けて、今は言語の壁を越えてコミュニケーションしたり、究極的にはプログラムを書けなくてもサービスをつくって起業したりすることができるようになりました。大企業も、スタートアップから生まれるものを取り込もうと動いています。

スタートアップと較べると、大企業のプロセスは重たく感じるかもしれません。ただ、大切なのは、新しく生んだサービスが社会から見て価値あるものになっているかどうか。それを担保せず生まれたまま世に出すと、むしろ共生できていたものを壊しかねません。その意味で、今はいいバランスで変化が起きていると言えるかもしれません。

短・中・長期の戦略と、古典からの学びが重要

ibm-fdl_03_6U9A7537

—— 現在、お二人が注目しているテクノロジートレンドについて教えていただけますか。

小林 それは分散型テクノロジーとサーキュラーエコノミー(循環型経済)ですね。分散型テクノロジーといえばビットコインのような暗号資産を想起するでしょうが、CPU資源の貸し・借りや異なるブロックチェーン同士を接合するなど、あらゆるところで進行中です。データの持ち方やガバナンス、コミュニケーションまで含めて分散化テクノロジーはまだ進化中です。また、欧州から提起されたサーキュラー・エコノミーには、2016年から注視し、毎年視察を行ってきました。これまでの大量生産・大量廃棄からの脱却と人間の幸福追求のなかに、新たな経済成長としてのイノベーションが期待されています。わたしたちインフォバーン社では「GREEN SHIFT」というプログラムを企業と自治体向けに開始し、日本におけるサーキュラー・エコノミーのあり方を模索します。

藤森 IBMリサーチでは、科学技術の発展に貢献する基礎研究に加えて、今後5年間にテクノロジーがビジネスと社会を根本的に変革する5つの方法を、「5 in 5」としてまとめて毎年発表しています。昨年は、より持続可能な未来を実現するために、新たな材料の発見を加速することに焦点を当て、「CO2の転換」「窒素固定」「エネルギーの貯蔵」「フォトレジスト」「抗ウイルス薬」でした。これらはすべて、人がさまざまなものと共生していくときに欠かせないテクノロジーとなるでしょう。

ただ、長期を見据えた開発がブレイクスルーするまで、社会を持続させていくことも大切です。IBMがテクノロジーカンパニーとして110年続いているのは、長期だけでなく、短期、中期で研究成果をソリューションとして発表し続け、社会課題を解決してきたからです。

CO2排出というテーマなら、直近はCO2を削減したり再利用したりする技術を発表して、中期では2ナノメートルブロセスの半導体を開発してサーバの消費電力を下げる取り組みをしています。加えて、気候変動や海洋汚染といった地球環境の課題に長いスパンで取り組み、本質的なブレイクスルーを狙うわけです。そういう意味では、短期、中期、長期、どれも重要度は高く、それぞれ注目しています

ibm-fdl_04_6U9A8008

—— テクノロジーを含めて、人があらゆるものと共生する社会を実現するには、何を指針にしながら選択していく必要があるのでしょうか。

小林 少し前まで、若いテクノロジー企業は過去の文献から何か知見を得る習慣がありませんでした。しかし最近は、「人類は昔から素晴らしいアイデアを持っていた。それを学んでいまのテクノロジーで実現できないか」と、古典の勉強をしている人たちに会う機会が増えています

例えばブロックチェーン界隈では、コミュニティ通貨についての知識探索が盛んでした。わたし自身もユーロの前身である実験通貨ECU(エキュ)を考案した経済学者のベルナルド・リエターの論などにはとても刺激を受けました。彼は、法定通貨と同時並行で補完通貨を導入することにより、バランスが取れ持続可能な社会が構築できるという主張を昔からしていました。ブロックチェーンの登場により、それが昔よりも簡単になった今、そのような古典に学ぶことが少なくありません。ちなみにリエター氏はイスラエルのブロックチェーン企業の会長にも就任していました。

藤森 興味深いですね。私たちが未来に直面する問題のかなりの部分が、実は過去に人類が克服してきた問題と共通しているのかもしれません。そうであるなら、なおさら私たちは倫理観あるいは企業の存在意義について考えないといけないと思います。

IBMは2020年9月から、調査・考察から導かれた知見を発信し、さまざまなステークホルダーとの対話や共創を進めていくプロジェクト「IBM Future Design Lab.」を始めました。これまでテクノロジーの進化とともに、社会と経済活動、自由とプライバシー、ヒトとAIといった問題は、たびたび注目されて議論されてきました。

ただ、一瞬盛り上がっても、すぐ下火になることがほとんど。今回のコロナ禍でもさまざまな議論が起きましたが、パンデミックの収束とともに忘れられてしまうのではないかという不安があります。「IBM Future Design Lab.」は、そうした議論を風化させることなく社会にピン留めしたいという思いで始めたプロジェクトです。

テクノロジーと倫理観も、常に考え続けなくてはいけない問題の一つです。あらゆることにテクノロジーが入り込んだ後の世界で、企業は社会に対してどのように影響を与えうるのか。それをイメージしてもらうために、「IBM Future Design Lab.」は今後も情報発信と対話を続けていきます。


IBM Future Design Lab.についての詳細はこちら

今後、Business Insider Japanでは、「Beyond The Future」と題して、IBM Future Design Lab.と共同で、未来について考えるプロジェクトを進めていく。本対談で出てきたさまざまなトピックについて深堀りするので、楽しみにしていてほしい。


BUSINESS INSIDER JAPAN PRESS RELEASE - 取材の依頼などはこちらから送付して下さい

広告のお問い合わせ・媒体資料のお申し込み