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“原発の横にマイニング施設”の衝撃。ビットコインで経済発展ねらうウクライナの賭け

ザポリージャ原子力発電所の公式サイトより

ザポリージャ原子力発電所の公式サイトより。同原発に隣接する形で、ビットコインのマイニング施設を建設する計画が進んでいる。計画では約7億ドル(約773億円)を拠出する予定だ。

出典:3AEC

ウクライナ東部のザポリージャ州には、世界で三番目に大きな原子力発電所がある。このザポリージャ原発の真横に、暗号資産(仮想通貨とも呼ばれる)の1つであるビットコイン(Bitcoin、BTC)のマイニング施設を建てようという計画が進んでいる。

マイニングとは、暗号資産の取引を承認するために必要となる、コンピューターによる計算作業への協力と、その対価として仮想通貨を得ることだ。

暗号資産のマイニングに関しては、その使用電力の多さと環境負荷への重さが批判の的となっている。温室効果ガスを排出しない原発から生まれた電力を用いれば、(建前上は)環境に配慮したマイニングが可能になる。先にBTCを法定通貨に定めたエルサルバドルもまた、地熱発電でマイニングを支援するなど、暗号資産界隈でも環境への配慮は1つのトレンドだ。

ウクライナのヴォロディミル・ゼレンスキー大統領は2020年8月19日にザポリージャ州の成長戦略プランを公表、その中核にマイニング施設建設計画の推進を据えた。その翌日、ザポリージャ原発を運営する国営企業エネルゴアトム社と合同会社H2がマイニング施設の建設に約7億ドル(約773億円)を拠出すると発表。この計画は文字通り、国家が一丸となったプロジェクトだ。

ゼレンスキー大統領の写真。

ウクライナのゼレンスキー大統領。

REUTERS/Kevin Lamarque

暗号資産が成長産業であると明確に位置付けたゼレンスキー政権は、今年に入り国会で暗号資産関連事業への税制優遇が議論されるなど、ザポリージャ州での計画以外にもさまざまな取り組みを進めている。

つまり暗号資産ビジネスの「金融センター」として機能することを通じて、ウクライナの経済発展を図ろうというのが、ゼレンスキー政権の戦略観ということになる。他方で中銀が6月23日の定例理事会の際に、暗号資産の取引に関する法体系やルールの整備が遅れていることを指摘するなど、リスクマネジメントの観点は軽視されている状態だ。

ところで、ウクライナで原発と言えば、旧ソ連時代の1986年に大事故を起こしたチェルノブイリ原発の存在が思い浮かぶ。世界最大級の環境汚染を引き起こしたこの事故から35年の歳月が経過した今、ウクライナは環境に配慮した形でBTCのマイニングを行うという観点から、ザポリージャ原発を積極的に活用しようとしていることになる。

ソ連崩壊後に経済発展から取り残されたウクライナ

原発の横にBTCのマイニング施設を建設しようとするなど、ゼレンスキー政権は経済の成長戦略の中核に暗号資産を位置づけている。チェイナリシス(chainalysis)社が2020年9月8日に公表した調査でも、ウクライナはロシアやベネズエラを抑えて暗号資産(原典だと暗号通貨cryptocurrency)が最も普及している国に選ばれた。

ウクライナはかつて旧ソ連(1922~1991年)に属していた。「ヨーロッパの穀倉地帯」と呼ばれるほど肥沃な土壌を有しており、19世紀以降は製造業も発展した。天然資源にも恵まれており、東部を中心に重化学工業が栄えていた。しかし旧ソ連の崩壊後、市場経済化の荒波に晒され、また競争力を高めることができず、経済は停滞が続いた。

それに追い打ちをかけたのが、政治の混乱だ。極言すれば、それは親ロシア派と親ヨーロッパ派の対立であり、2004年のオレンジ革命(同年の大統領選挙で勝利した親ロシア派のヤヌーコヴィッチ元首相が選挙不正を働き、大規模な抗議活動が引き起こされ、決選投票で親ヨーロッパ派のユシチェンコ氏が当選したこと)はその象徴的な出来事だ。

2014年にはクリミア危機が生じ、クリミア自治共和国とゼヴァストポリ特別市がロシアに併合された。ロシアとヨーロッパの狭間で、ウクライナは政治的に不安定な状態が長期化、それが経済の成長、ひいては発展を阻んできた。固定相場を維持できなかった通貨フリブニャの対ドル相場は同年に大暴落、以降も不安定な状況である(図1)。

(図1)フリブニャの対ドル相場の画像

図:土田陽介

経済発展の指標である米ドル建てで測った一人当たり名目GDP(国内総生産)も、通貨の下落の影響もあって直近2020年時点でも4000ドル(約44万円)に満たず、同1万ドル(約110万円)程度のロシアに引き離されている(図2)。

2019年に就任した俳優出身のゼレンスキー大統領は、ウクライナの社会経済に広がる閉塞感の打破を暗号資産に見出したわけだ。

(図2)ウクライナとロシアの一人当たりGDP

図:土田陽介

暗号資産の金融センター化戦略は経済発展に資するのか

通常、ウクライナの様な開発途上国が経済を発展させるためには、輸出主導の工業化を図ることがカギを握ると言われている。それには多国籍企業による直接投資(FDI)を受け入れ、優位性がある軽工業などの生産地として一定の経験を積んだのちに、重工業化を図るなり、あるいはサービス業に重点を移す、といった流れが望ましいとされた。

もちろん、近年はグローバルにデジタルエコノミーが普及、開発途上国でもデジタル環境の整備が進んでいる。例えばウクライナに近い西バルカンの小国マケドニアは、ヨーロッパ系企業の情報技術(IT)アウトソーシング先として栄えている。国の経済成長や経済発展を考えるうえで、工業化という段階を必ずしも経る必要は最早ないのかもしれない。

とはいえ、ウクライナが目論む「暗号資産のハブ化戦略」はさまざまな問題点を持っている。

第一に、産業として考えた場合、暗号資産ビジネスの雇用創出効果はどの程度だろうか。確かにコンピューター関連の雇用は生まれるだろうが、そもそも暗号資産業者は常に好条件を求めて拠点を移してしまうため、新たに生まれた雇用が安定的かどうかは話が別だ。

それに、他の産業への経済波及効果という点でも疑問の余地が大きい。ニューヨークと並ぶ世界最大の金融センターであるロンドンの場合、金融業のみならず、法律家や会計士、コンサル、不動産など金融に関わりが深いさまざまな産業で雇用や所得を生み出すことに成功した。暗号資産にそのようなダイナミズムがあるとは到底考えられない。

ウクライナの国民がBTCなどの暗号資産を利用することで、送金サービスを格安で享受できるメリットは確かにある。一方で、マネーが「流入」しやすくなるということは、「流出」しやすくなることも意味する。国内の貯蓄水準を引き上げることは経済発展の基本であり、そのための工夫が不可欠であるにもかかわらず、資本逃避を誘発しかねないわけだ。

マネロンの懸念、規制からの「逃避地」でいいのか

それにウクライナでは長年にわたる社会の混乱で組織犯罪が横行しており、暗号資産はマネーロンダリング(資金洗浄)にも使われている。中国ですら手を焼いている暗号資産を用いたマネーロンダリングを、国として安定を欠くウクライナが適切に管理できるだろうか。この点についての議論がウクライナで軽視されている感は否めない。

国際社会は今、暗号資産を管理する流れを強めている。万時、物事は直線的な発展を辿るものではない。その意味で、暗号資産も今や試練の時を迎えていると言えよう。そうした管理の流れに対してゼレンスキー政権は、ウクライナをむしろ規制からの「逃避地」として開放しているに過ぎない。つまりは、アングラマネーの引き寄せだ。

その地政学上の性質から、ウクライナは常にロシアとヨーロッパに翻弄され続け、発展が阻まれてきた。一部の新興資本家(オリガルヒ)やそれに近い政治家が富を独占、縁故主義や汚職の蔓延もあり、厭世観が若者を中心に蔓延している。そうしたその数奇な運命には同情を禁じ得ないし、一打逆転を狙いたい気持ちが理解できないわけではない。

とはいえ、暗号資産への傾斜は極めて勝率の低いギャンブルだと言わざるを得ない。それはBTCを法定通貨に定めたエルサルバドルと同様だ。

暗号資産を経済の発展戦略に据えること。仮想通貨の肯定派はそれを英雄的行為のように評価するが、ウクライナの抱える事情を考慮に入れると、かなり危うい選択であることは一目瞭然である。

(文、図・土田陽介


土田陽介(つちだ・ようすけ):三菱UFJリサーチ&コンサルティング(株)調査部副主任研究員。2005年一橋大経卒、2006年同修士課程修了。エコノミストとして欧州を中心にロシア、トルコ、新興国のマクロ経済、経済政策、政治情勢などについて調査・研究を行う。主要経済誌への寄稿(含むオンライン)、近著に『ドル化とは何か‐日本で米ドルが使われる日』(ちくま新書)。

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