今週も、早稲田大学ビジネススクールの入山章栄先生が経営理論を思考の軸にしてイシューを語ります。参考にするのは先生の著書『世界標準の経営理論』。ただし、本連載はこの本がなくても平易に読み通せます。
早稲田大学ビジネススクールで入山先生が担当する人気授業、「トップ起業家との対話」。第一線の起業家をゲストに迎えてパッションについて熱く語ってもらうというユニークな内容ですが、入山先生がこの授業に、毎年必ずお呼びする起業家がいるそうです。いったい誰だと思いますか?
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こんにちは、入山章栄です。今回は、Business Insider Japan編集部の常盤亜由子さんのリクエストにお応えして、ある経営者の方をご紹介したいと思います。
BIJ編集部・常盤
BIJ編集部・常盤
入山先生はお仕事柄、たくさんの経営者をご存じですよね。最近、入山先生が「この人、すごいな」とか「面白いな」と注目している経営者がいたら、ぜひ教えてください。
僕はいま早稲田大学ビジネススクールで、「トップ起業家との対話」という授業をしています。この授業を始めたのは4~5年前、ゼミの学生と飲んでいたとき、こんなことを言われたのがきっかけでした。
「入山先生が起業家にインタビューする授業があったら、絶対に人気が出ますよ!」
人気が出るかどうかはともかくとして、「確かに、そういう授業も必要かもしれない」と思ったんです。
ビジネススクールではファイナンスや人事の考え方など、経営に関するいろいろな知識を教えます。もちろんこれはこれで価値がありますが、それだけでは足りない。なぜなら実際のビジネスにおいて、何よりもいちばん大事なのは「パッション」だからです。
でも、ビジネススクールでパッションを教える授業ってないですよね。そもそもパッションを教えることが可能かどうかも分からない。でも僕の周りには素晴らしい起業家が大勢いるので、その方々に授業に来てもらって、学生たちに対面でパッションを伝えて、学生にパッションを感じてもらう授業をやってみよう、と考えました。そこで始めたのがこの授業です。
この授業は英語バージョンもあるのですが、日本語のほうは毎年11月と12月の2カ月、全8回にわたって、僕が「この人は素敵だな、パッションにあふれている」と思った方を毎週1名、計8名お呼びするスタイルです。コロナ禍になってからはオンラインですが、基本的には教室で直接、学生たちに話をしてもらいます。
そのときお願いしているのが、「理屈や理論は二の次でいいから、パッションを伝えてください」ということ。「自分はこんなふうにして生きてきた」「こういうことをやりたいんだ」「すごく辛いことがあったけれど、こうして頑張ってます」というような、実感を伴うエピソードを話していただいています。
幸いこの授業は学生たちに大好評で毎年続いているのですが、もはやこの授業に欠かせない存在となっているのが、今回ご紹介したいゴーゴーカレー社長の宮森宏和さんなのです。
BIJ編集部・小倉
BIJ編集部・小倉
ゴーゴーカレー、おいしいですよね。量も多いし、学生時代はかなりお世話になりました。
そのゴーゴーカレーの創業者の宮森さんを、僕がなぜ毎年お呼びするのか。個人的に大好きだし、パッションにあふれた面白い人だからという理由もありますが、なん何と言っても彼は、僕がこの連載で紹介している経営理論に適っている方だからです。
例えば僕がこの連載で繰り返し取り上げている、「知の探索」(exploration)という世界の経営学の考え方があります。
簡単に説明すると、人間はそもそも自分一人では物事を認知できる範囲が狭い。一方でイノベーションとは、既存の知と知のまったく新しい組み合わせが実現したときに起きる。
だからイノベーションを起こすには、自分から遠く離れたところにある「知」をとってきて、自分がすでに持っている「知」と組み合わせる必要がある。これを「知の探索」と言います。宮森さんはこの「知の探索」を全開全速で実行している人なのです。
僕から見た宮森さんは、まさに「知の探索」の塊のような人なのです。
「こんなことをしてる場合じゃない」
BIJ編集部・常盤
BIJ編集部・常盤
宮森さんと入山先生の出会いは、何がきっかけだったんですか?
今から5~6年前になりますが、早稲田大学ビジネススクールが日経BPと「日経ビジネス経営塾」という講座を開いていて、ここで僕は進行役を務めていました。この2期生の受講者の中に宮森さんがいたのです。宮森さんはすでにゴーゴーカレーを展開してそれなりに知られていたわけですが、ご本人は登壇者ではなく、お金を払って受講者の一人として参加していました。
ゴーゴーカレーの店舗。ひときわ目立つそのロゴは、実は宮森社長の「知の探索」の結晶だ。
Morumotto / Shutterstock.com
宮森さんは坊主頭で、いつもゴーゴーカレーのゴリラのマークのついた黄色いTシャツを着ています。想像してみてください。スーツ姿の人たちで埋め尽くされた会場に、たった1人だけ、ゴリラのTシャツを着た人が、最前列でかぶりつきで講座に耳を傾けているところを。
しかも宮森さんはゲストの経営者が退席するとき、毎回必ず「ゴーゴーカレーの社長をやっております! これ、食べてください!」と言って自社のレトルトカレーを手渡す。そんな、ひときわ目立つ存在でした。そこで面白い人だなと思って、だんだん仲良くなったのです。
もともと宮森さんは石川県の金沢出身で、地元の旅行会社に勤めていたけれど、しばらくパチプロのような生活をしていました。
あるとき、石川県の生んだスーパースターである松井秀喜選手が日本のプロ野球からメジャーリーグに移籍し、ニューヨークヤンキースの本拠地開幕戦でホームランを打った。同郷・同世代の彼が世界で活躍するのを目の当たりにした宮森さんは、「こんなことをしている場合じゃない。よし、俺もニューヨークに行くぞ!」と決めたのだそうです。
でも、ニューヨークに行く理由がない。そこでニューヨークに出店することを目標に、2003年に地元金沢の金沢カレーの店をつくった。実は「ゴーゴーカレー」の「ゴーゴー」は、松井秀喜の背番号「55」なのです。
そして彼は2007年に、本当にニューヨークに出店を果たします。しかしそれに飽き足らず、経営塾で出会った日本電産の永守重信さんなどの言葉に衝撃を受け、カレーで世界一を目指すようになったのです。
ゴーゴーカレーのロゴは、組み合わせでできている
宮森さんはとにかく「知の探索」人間で、彼の座右の銘の一つは「発想力は移動距離に比例する」というもの。僕もよくいろいろな人から「入山先生、どうすれば知の探索ができますか?」と聞かれますが、簡単です。自分が移動すればいい。
宮森さんはコロナ禍前は日本中を移動していたし、「入山先生、いま僕、どこにいると思います?」と言ってインドから連絡をくれたこともある。移動し続けているから発想力がついてくるのでしょう。
いまやゴーゴーカレーは単なるカレーチェーンにとどまらず、レトルトカレーの販売に本格的に進出したり、ビズリーチ(現在のビジョナルホールディングス)と提携して、事業承継がうまくいかずに廃業を考えている地方のカレー店を再建したりしています。これも移動することによって得た「知」と「知」を組み合わせているからでしょう。
他にも、ゴーゴーカレーには、分かりやすい知の探索の成果があります。さきほど「宮森さんはいつも同じ格好をしている」と言いましたが、彼がいつも着ている黄色いTシャツにこそ、その成果が記されています。
まず同社の社名の「ゴーゴー」ですが、これは先ほどもお話ししたとおり、松井秀喜の背番号55番から来ています。そして同社のキャラクターはゴリラですが、これは松井秀喜のニックネームが「ゴジラ」であるところから来ている。
さらに言えば、ゴーゴーカレーのシンボルカラーは黄色と赤で、これは世界でいちばん成功している外食産業——マクドナルドに着想を得ています。「世界一成功しているマクドナルドの赤と黄色に、理由がないはずがない。絶対に人の心をつかむ色なんだ」ということで、あの色にしたそうです。
さらに同社のロゴを見ると、ゴリラが顔を出している丸い輪っかがありますよね。あれは、世界一のコーヒーチェーンであるスターバックスの旧ロゴにインスパイアされたものなのだそうです。
つまりあのTシャツは、松井秀喜とマクドナルドとスターバックスという、「世界的に成功したもの」を組み合わせた集合体なのです。でもあれを見て「パクリ」と思う人は誰もいないですよね。これが、まさに知と知の組み合わせの証拠なのです。離れたところにあるさまざまな知を持ってきて組み合わせると、やがてそれがオリジナルの面白いものになるのです。
このように「知の探索」を実行し続ける宮森さんを見ていると、僕はいつも「経営理論は決して机上の空論ではない」と思うのです。
今後も、僕が面白いと思う起業家や経営者を、この連載でたまにご紹介しますね。
【音声フルバージョンの試聴はこちら】(再生時間:25分20秒)※クリックすると音声が流れます
(構成:長山清子、撮影:今村拓馬、連載ロゴデザイン:星野美緒、編集・音声編集:常盤亜由子)
入山章栄:早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)教授。慶應義塾大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科修士課程修了。三菱総合研究所に勤務した後、2008年に米ピッツバーグ大学経営大学院よりPh.D.を取得。同年より米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクールアシスタントプロフェッサー。2013年より早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)准教授。2019年から現職。著書に『世界の経営学者はいま何を考えているのか』『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』『世界標準の経営理論』など。