撮影:千倉志野
コロナ禍、多くの書店で思想や哲学の本の売れ行きが伸びた。本質的な問題を考えたいと思う人が増えたからだと言われる。コロナでむしろ売り上げが上がったという本屋もある一方で、厳しい店も少なくはない。1度目の緊急事態宣言が発出された2020年春、モリテツヤ(34)のTwitterのタイムラインにも、「今日も店の前には誰も歩いていません」などのつぶやきが流れてきた。
そんなツイートを見かけるたびに、「それ、うちでは当たり前だから」と突っ込みたくなったとモリは笑った。
「それほど人がいない状態が続いても本屋をやるとはどういうことか、わかってくれた?って言いたくなりました。それでも本屋を続けるために、畑をしたり建築現場に出たりしている僕らのやり方が、これでやっと少しは理解されるようになったんじゃないかなあ」
信仰は自分で編んでいくしかない
畑の隅にはモリたちが日々使う農具が置かれ、ちょっとした休憩スペースも設けられている。
撮影:千倉志野
2020年4月から4カ月ほど、汽水空港は閉店した。その間、モリとアキナは畑で土を触る生活を満喫した。
「店を閉めてみると、時間はできるし、精神的な負担は軽くなりました。でも、僕らは売れる売れないに関係なく汽水空港を続けていこうという気持ちを確かめられた。本屋をやることでこそ、実際の生活が動いているという実感があります」
だが、本屋だけでは食べていけない。では、本屋の仕事はモリにとってどういうものなのか。
「これはもう、仕事を超えた信仰だと思います」
モリは大真面目にこう続けた。
「人間、みんな、何かを信仰していると思います。そして今はそのほとんどがお金になっている。お金しか信仰するものがなくなった時代に僕らは生きていると思うんです。
でも、お金はそこまで信仰するに値しないし、経済原理主義というシステムが限界であると経済学者が認めつつある中で、じゃあ、次は何を信仰していくかがテーマだと思う。そして、既存の宗教を信じられるだけの文化が残っていないこの荒地のような時代に、自分の信仰は自分で編んでいくしかないと僕は思っていて。一人ひとりが自分の信仰を編んでいくのに、本が役に立つと思うんです」
午前中だけ農家の「モーニングファーマー」
畑の土地はもともと、奥の山からせり出してきた竹で荒れ果てていた。モリたちがのこぎりを使って人力で切り、整備したことで現在の畑になったという。
撮影:千倉志野
ふたりが暮らす家のすぐそばに、借りている畑がある。
汽水空港を訪ねるようになって3度目の2021年5月、畑を見せてもらった。その朝は、ミニシアター開設準備中の友人が2歳の男の子を連れて手伝いに来ていた。もうひとり、鳥取からやってきた女性は、前日汽水空港で誘われて初めて畑に来たという。
ここは「食える公園」と名付けられている。誰でも気が向いたら畑仕事を楽しむことができるし、収穫を分け合うことができる。
原っぱのような畑の端には大きな木が数本、枝を広げている。そのそばにある小さな小屋とテーブルはモリの手づくりだ。男の子がTシャツ1枚で畑を走り回り、土を耕すモリの背中にかじりついた。
コロナ前は店の切り盛りと現場仕事が忙しく、畑を耕す時間はあまり取れていなかった。コロナで畑仕事の良さを味わい直し、仲間がもっとやってくるようにしたいとモリは考えていた。
6月の撮影時は雨だったが、畑からはパクチーやミントの匂いが立ち上っていた。汽水空港の店先では、畑で育てた作物の苗を売っている。
撮影:千倉志野
この日、畑で育っていた野菜は、茄子、そら豆、かぶ、ブロッコリー、パクチー。肥料は家の生ゴミと土、ぬかを混ぜて畑の一箇所に盛っておいて自然にできるものだ。近くのインドカレー店から求められ、時々パクチーを美味しいチキンカレーと物々交換する。
この畑で3組ほどのカップルや家族が一緒に土を触る時間を過ごしているうちに、「モーニングファーマー」というプロジェクトが生まれた。
もう一箇所、モリが関わっている田んぼがある。その田んぼを9人の仲間で手入れする。田んぼの仕事は午前中に限定し、午後はそれぞれに書店、ミニシアター、現代アート、写真など、自分の打ち込みたい仕事をする。チームで半農半Xを実践するのだという。
今年は試しに収穫まで共同で作業して、うまくいけば2年後に「モーニングファーマー」と名付けた農業法人を設立したい。自然農法で育てた米や野菜を「モーニングファーマー」として販売する。ポストカード、ZINE(自費出版の冊子)など、作品とセットで売ることも考えている。
「半農半Xはアキナと2人では手が足りなくて、収穫があげづらかったんですが、8、9人の規模になればある程度のことができると思います。そうすればみんなが農業で現金収入を得ながら、本業にも打ち込める可能性が出てくる。何より、土を耕し田んぼを手入れする仕事が、仲間と一緒だと楽しくて気持ちがいい。
湯梨浜町に移ってきて当たり前ように見ていた東郷湖の夕日も、仲間が立ち寄って一緒にみると、心から美しいと思えます。近い価値観の仲間ができて、湯梨浜町がほんとうに好きになりました」
本屋から政治を自らの手に取り戻す
汽水空港では、「WHOLE EARTH CATALOG」のスピリットを引き継ぐ思いでZINEを制作した。
撮影:千倉志野
この町が住みたい町であるためには本屋は必要。そんな思いで汽水空港を続けているうちに、仲間が増えた。
自分たちで生活をつくり、政治に対しても発言していかないと、と言うモリはこんな話をしてくれた。
「起業家の前澤友作さんが100万円をばらまくと発言したとき、たくさんの人が『前澤さん、カネ、くれ』とTwitterでつぶやいていました。政府に対しては沈黙して、理屈抜きに手っ取り早くカネがもらえるかもしれない前澤さんに助けを求めるのは、責任を持って政治に関わることを面倒だと考えているということ。でも、それでは自分たちにとって快適な生活は手に入れられない」
同様に、コロナ禍の経営に苦しむ店がクラウドファンディングに頼ることについても次のような指摘をした。
「そもそもクラウドファンディングでお金が集められる店は限られた人気店や有名店です。無名な店はそれに乗ることは難しい。だから、お金が集められる店には、それができない同業のためにも、クラウドファンディングではなく政治で解決するべき問題だと指摘する責任があると思います」
2019年に汽水空港が取り組んだプロジェクト「Whole Crisis Catalog」は、「困っていることを解決するのが政治」という前提に立って、それぞれに困っていることを持ち寄って語り合うという試みだ。湯梨浜町をはじめ鳥取県内外から23人が集まり、「学費が安くなってほしい」「奨学金が高すぎる」「消費税が所得に関係なく同じ金額とるのはおかしい」といった困りごとを語り合い、それを1冊の冊子にした。
プロジェクトの目的をモリはこう書いている。
<「Whole Crisis Catalog」の目指すところは、「環境を変えていくのは自分たちだという実感を作る」こと、「政治を自らの手に取り戻すこと」です。そしてそこにリストアップされる人々の困りごとは、単なる悲痛な物事の羅列ではなく、これから全員で解決すべき課題のリストであり、共に解決する為に人々を結びつけるツールとすることを目的とします。>
台湾に2号店をつくりたい
撮影:千倉志野
5年後をめどに台湾に汽水空港2をつくりたいとモリは考えていた。そのとき、汽水空港はどうするのだろう。
「存続してくれる人に託したいと思っています。そのためにも、モーニングファーマーのプロジェクトを形にしたいです。最低限、田畑で稼げるように整えられれば、次の人に安心して引き継いでもらえると思うので」
身の回りには変化が訪れた。9月には新しい家族が増える予定だ。
「もっと仕事を頑張らなきゃなって思います。今は初めての著書を執筆中です」
原稿を書き、田畑を耕し、本を売る父は小屋も建てられる。来年の秋頃には新しい家族が畑の土を小さな足で踏みしめているだろう。
(敬称略・完)
(文・三宅玲子、写真・千倉志野)
三宅玲子:熊本県生まれ。「人物と世の中」をテーマに取材。2009〜14年北京在住。ニュースにならない中国人のストーリーを集積するソーシャルブログ「BillionBeats」運営。