2019年5月にナスダックに上場したluckin coffee。その1年後に上場廃止になると誰が想像しただろうか。
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luckin coffee(瑞幸咖啡)が「打倒スターバックス」を公言してスタートアップの寵児となり、「中国コーヒー戦争」と注目されたのは記憶に新しい。luckinは宣言通り中国内の店舗数でスタバ超えを果たしたものの、不正会計で自滅した。その後、コロナ禍もあって、中国のコーヒー業界は失速したかに見えたが、消費の舞台を店舗から自宅に変え、新興勢力が進化をもたらしている。
史上最速の成長と凋落
luckin coffeeは2021年6月30日、2019年決算の訂正報告書を提出したと発表した。同社は2020年2月に不正会計の疑いが浮上したため、2019年と2020年の業績を確定できていなかった。報告書などによると、luckinは2019年4月に売り上げの水増しを始め、同年の水増し額は約21億2000万元(約360億円)にのぼったという。
中国の道路を埋め尽くしたシェア自転車に続いて、「爆速成長する中国スタートアップ」の象徴として話題を振りまいたのがLuckinだった。2018年1月に北京で1号店をオープンし、同年7月にはユニコーン企業(評価額が10億ドルを超える未上場企業)になった。
luckinは2019年5月にナスダックに上場。同年末の店舗数は4500店に達し、スタバの中国の店舗数(約3600店、当時)を超えた。
だがあらゆる「史上最速」を塗り替えたluckinの“神話”は2020年2月に突如崩壊した。覆面組織が調査員1500人を店員として同社店舗に潜入させ、レシートや社内のチャット記録などを収集。売り上げの水増しを突き止めたのだ。
そこからの転落も「最速」だった。2020年5月にトップが辞任し、6月には上場廃止に処された。同年12月、luckinは米証券取引委員会(SEC)に1億8000万ドル(約200億円)の罰金を支払うことで合意した。
コロナ禍で主役交代
1980年代に進出したネスレと1999年に進出したスタバが中国のコーヒー文化を盛り上げてきた。
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筆者はluckinが快進撃を続けていた頃から、それが「無理のある成長」であることを指摘していたが、実際には背伸びどころか、不正な錬金術に手を染めており、中国スタートアップに対する市場の信任は失墜した。それだけでなく、luckinの膨張は、中国のコーヒー業界の健全な成長をゆがめてしまった。
luckinが創業する前、中国にはスタバをベンチマークとするコーヒーチェーンがいくつかあった。その一番手は2006年に中国進出し当時約500店舗を展開していた英コスタ・コーヒーだ。米コカ・コーラが2018年にコスタを51億ドル(約5600億円)で買収し、中国市場を強化しようとしていたが、luckinの猛攻でむしろ後退してしまった。
2014年に創業し、2018年末時点で400店舗を構えていた中国スタートアップの連珈琲もluckinに吹き飛ばされ、2019年には大量閉店に追い込まれた。
luckinの不正会計発覚とほぼ同時期に新型コロナウイルスが拡大したことも、業界の傷を深くした。2020年前半にリストラに追われることになったコーヒーチェーンと入れ替わるように台頭したのが、インスタントコーヒーメーカーだった。
ネスレ一強崩すスタートアップ
そもそも中国にコーヒー文化の礎を作ったのは、ネスレだ。1980年代に中国に進出し、瓶詰めのインスタントコーヒーや、砂糖・ミルクが入った袋入りのインスタントコーヒーを広めた。
コーヒーチェーンは1999年に中国進出したスタバが黒船となり、ローカルブランドも次々に登場したが、家飲みを想定したインスタントコーヒーはネスレ一強体制の下、ほとんど進化していないように見えた。
だが、コロナ禍でカフェに行けなくなった消費者が、高品質のインスタントコーヒーをECで買い求めるようになり、加工技術改良に地道に取り組んでいたスタートアップが、突如脚光を浴びることになった。
インスタントコーヒー業界の新勢力として注目されているのは、以下の2社だ。どちらも最近資金調達を繰り返しており、今後、グローバルで知名度を上げていく可能性が高い。
(1)三頓半咖啡(Saturnbird Coffee)
三頓半咖啡は洗練されたデザインのポーション(濃縮)コーヒーが人気を集めている。
三頓半咖啡公式サイトより
2015年創業。湖南省長沙市で7年間カフェを経営していたオーナーが、路面店では競争が激しすぎて生き残れないと考え、インスタントコーヒー製造に転じた。
時間をかけて水で抽出するコールドブリューコーヒーや、お湯や牛乳で溶かすポーションコーヒーをアリババのECサイトTmall(天猫)で販売し、2019年11月の独身の日セール(ダブルイレブン)で、ネスレを抜いてコーヒー部門売り上げトップに立ったことで、一気に注目された。
抹茶やチョコレートなど多彩なフレーバーと、若者受けするパッケージデザイン、1回分8元(約140円)という手ごろな価格設定で、2020年は人気がさらに高まり、30歳以下が購入者の6割を占める。
直近では6月に資金調達して、現在の推定評価額は45億元(約770億円)。
(2)隅田川珈琲(Tasogare)
隅田川珈琲はパッケージに日本語を添えるなど、日本を前面に打ち出している。
隅田川珈琲公式サイト
2015年創業。その名から想像できるように、創業者は2000年から8年ほど留学と仕事で日本に住んでおり、その時に低価格で本格的な味わいのインスタントコーヒーに触れ、帰国してコーヒーメーカーを立ち上げた。
主力は日本から持ち込んだドリップバッグコーヒーで、最近は三頓半咖啡と同様に、フレーバーをつけたポーションコーヒーにも力を入れている。
Tmallのほか、セブンイレブン、ファミリーマートなどのコンビニ、日系百貨店、高級スーパーでも商品を販売している。パッケージに日本語を使うなど徹底して日本色を打ち出し、大阪でカフェも運営する。
2021年3月に3億元(約50億円)を調達した。
luckinも再建目指し資金調達
これらのニューウェーブは、従来のインスタントコーヒーと、スタバなどコーヒーチェーンの間で空白だった「1杯5~10元( 約85〜170円)」の価格帯に商品を投入し、成長している。コーヒーが庶民の飲み物として認知されたことを反映しているが、コロナ禍とluckinの自爆の恩恵を受けた面もある。
ちなみに、luckinも今年に入って再建が進み、今春、2億5000万ドル(約270億円)の調達計画を発表した。6月末の店舗数は約5200店舗と不祥事発覚時よりも増えており、成長が見込めるインスタントコーヒーにも進出しようとしている。同社がごたごたしている間に、中国のコーヒーチェーン業界では、2015年創業の「Manner Coffee」がバイトダンスなどの出資を受け、ユニコーンの仲間入りを果たした。
luckinの暴走で始まったバブルは弾けたが、コーヒー市場そのものは成長段階にあり、多様化と進化は途切れていない。スタバやネスレがスタートアップの挑戦を受ける日々は、今後も続きそうだ。
浦上早苗: 経済ジャーナリスト、法政大学MBA実務家講師、英語・中国語翻訳者。早稲田大学政治経済学部卒。西日本新聞社(12年半)を経て、中国・大連に国費博士留学(経営学)および少数民族向けの大学で講師のため6年滞在。最新刊「新型コロナ VS 中国14億人」。未婚の母歴13年、42歳にして子連れ初婚。