コロナ禍に合わせた4つの新機能を発表したSlack。その狙いを同社CEOのスチュワート・バターフィールド氏に聞いた。
撮影:小林優多郎
現代の働き方に欠かせないチームコミュニケーションツールのひとつ「Slack(スラック)」がさらなる進化を遂げようとしている。
Slack Technologiesは6月30日に、「Slackハドルミーティング」など4つの新機能を発表した。
CEOのスチュワート・バターフィールド氏はBusiness Insider Japanの単独取材に応じ、新機能の狙いから将来的なSalesforceとのシナジーまでを語った。
Zoom疲れ対策にもなる「ハドルミーティング」
オンラインで取材に答えるSlackのスチュワート・バターフィールドCEO。
画像:編集部によるスクリーンショット。
Slackが新たに導入する4つの機能は、いずれもコロナ禍のリモートワークを経て、変化するビジネスコミュニケーションの新たなニーズに応えるものだ。
- Slackハドルミーティング……有料プラン(「プロ」以上)のワークスペースに順次展開。
- Slack内のビデオ、音声、画面の録画機能……今後数カ月で有料プランのワークスペースに展開予定。
- 予約送信機能……「フリー」プランを含めすべてのユーザーに展開中。
- Slack Atlas……「Enterprise Grid」と「ビジネスプラス」のオプト・インしたユーザーに展開中(現時点ではアメリカとカナダのみ)。
例えばハドルミーティングは、離れて働く同僚と音声のみの気軽なコミュニケーションを実現する。ワンクリックで会話を始めたり、会話に参加することが可能だ。
Slackにはすでに音声およびビデオ通話ができる「Slack コール」という機能が実装されているが、ハドルミーティングは同僚とより気軽につながり、その存在を身近に感じることができると、バターフィールド氏は説明する。
「コールは電話のように相手の作業をとめてしまう。もしその間に5分間話さない時間があれば微妙な空気が流れるだろう。
ハドルミーティングは話さなくても、お互いに作業をしながらつながれる。例えば、5人のマーケターが、新しいウェブサイトを立ち上げるといったシーンでこのチャンネルを開いておくことには、とても価値がある」
ビデオ会議ではほんの少し話したいというときも、アポイントをとって時間を設定しなければならない。2分で済む話に30分の会議時間を設定する必要はあるのか。
「ハドルミーティングで人々はより自発的に会話をし、より早く答えを得ることができるようになる」
導入の背景には、いわゆる「Zoom疲れ」もあると、バターフィールド氏は話す。
「今、世界中の人々が、ビデオコール疲れという状況になってしまっている。1日中カメラに映らなきゃいけないのは確かに疲れるし、ストレスも貯まる。
また、ミーティングの予定で、作業が細かく分断されてしまうことも大きな課題だ。そこであえて音声に特化し、スケジュールすることをせず、話したいときにいつでも話せるようにした」
自然な仕事の流れを止めることのない気軽なコミュニケーションは、あたかもオフィスでのちょっとした立ち話や、隣席の同僚との会話のようだ。
ハドルミーティングには、聴覚障害者向けにライブキャプション(自動字幕)の機能も実装されている。2つ目の新機能「簡易録音/録画投稿機能」でも、同様にライブキャプション機能が利用できる。
これはメッセージ入力欄から手軽に音声や映像を録音、録画して投稿できる機能だが、視聴するユーザーはキャプションをキーワード検索することで、該当の箇所をダイレクトに再生できる。
ライブキャプションは英語からスタート。日本語対応については「日本語を含む多言語での展開は予定しているが、具体的な提供時期は未定」(Slack広報)。なお、多言語対応時には、事前に言語を選択する必要がある。
プライバシーの問題について「大切な視点」と語るバターフィールド氏。
画像:編集部によるスクリーンショット。
ライブキャプションによって、音声や映像コンテンツの最大の課題ともいえる検索性をクリアする一方で、気になるのがプライバシーの問題だ。
現在ハドルミーティングのライブキャプションは、その場限りで記録されない仕様となっているが、将来的には気軽な立ち話もログとして残るようになるのか。
この質問に対してバターフィールド氏は、「Slackはビジネスで利用されているので、多くの人ができる限り会話の記録を残したいと考えているはず」だと答えた。
「ビジネスにおけるやり取りは、例えば前後の余計な会話はカットしても、大切な部分は残しておきたいと考える人は多いだろう。
では、具体的にどうコントロールするのかは、いままさにディスカッションしているところだ。
プライベートな会話だと思っていたら記録されていたといった事態は、絶対に避けなければならない。事前に記録することを明らかにして、同意してもらうような方法もあると考えている」
コロナで「予約送信機能」を見直した
Slackの予約投稿機能はすでに全プランのユーザーを対象に順次展開中。
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ハドルミーティングは、コロナ禍のリモートワークを経て生じた、新たなニーズに応えるものだ。変化するニーズに柔軟に対応できるのは「Slackの良いところ」だと、バターフィールド氏は言う。
そんな柔軟性を表しているのが、3つ目の新機能である「予約送信」だ。この機能は、「現在より後の指定した時間に、投稿を予約する機能」で、意外だが従来のSlackにはなかった機能だ。
この機能は、かつて同社のCTOであるカル・ヘンダーソン氏が、Business Insider Japanのインタビュー(2020年3月掲載)の中で「受け手は通知をオフにできるというSlackの強みに対して本当に必要か」と否定的だったもの。
しかし、その考え方は「コロナ禍で変わった」とバターフィールド氏は言う。
「(コロナ禍前は)すべての権限を受信者に与えるべきという哲学でしたが、それは理想主義的過ぎたかもしれない」
以前は受け取るタイミングを受信者がコントロールできるのだから、送信者は送るタイミングを気にしなくて良いと考えていたが、そうはいっても、送信者は受信者のことを考えてしまう。
それならば「送り手にも受け手にも同じ権限を与えたほうがいい」という考えから、「予約送信」は追加されたという。
どの新機能もSalesforceと「とてもおもしろいものに」
Salesforceは2020年12月1日、Slack買収の最終契約を締結した旨を発表している。
出典:Slack
4つ目の新機能「Slack Atlas」は、2020年に買収した企業内名簿を構築するサービス「Rimeto」を、Slackのプラットフォームに統合したものだ。
企業の組織図や社員名簿がSlack内で活用でき、常に最新のプロフィールデータが表示されるようになる。「Slack ハドルミーティング」「簡易録音/録画投稿機能」は「プロ」を含む有料プランのユーザーに提供されるが、Slack Atlasは現在のところ、「ビジネスプラス」「Enterprise Grid」プランを利用するアメリカ、カナダの一部顧客向けとなっている。
日本ではまだ展開されないが、Slackは企業内の新しいプロフィール構築機能を提供する。
出典:Slack
より法人ユーザーを意識した新機能の追加は、やはり現在買収手続きが進むSalesforceへの統合を意識したものなのだろうか。
バターフィールド氏は「ご存じのように、買収が完了するまで、Salesforceに関することで(Slack側から)言えることはない」と断った上で、次にように答えた。
「ただ、今回発表した機能はいずれも、将来的なSalesforceとの取り組みにおいて、とてもおもしろいものになると思う。
Salesforceのコアビジネスは、それが営業支援であれマーケティングであれ、企業と顧客の関係であり、社外ともコミュニケーション可能な『Slack コネクト』やハドルミーティング、音声や映像でメッセージを送れる機能などが活用できる。
また、Atlasも今のバージョンではできないが、将来は組織の境界を越えてプロフィールデータを共有できるようになるだろう。例えば、顧客やベンダー、パートナーと仕事をするときに、プロフィールは非常に重要だ。
そして、いまのところそれを可能にするサービスは(市場に)ない」
Slackの強みは、製品自身と語るバターフィールド氏。
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コロナ禍でSlackは大きな成長を遂げた。今回発表された新機能はその成長をさらに加速するものになるだろうが、一方で市場環境は激化しており、マイクロソフトの「Teams」など競合他社はコストメリットを打ち出して、大企業に向けた攻勢を強めている。
ここからSlackはどう戦っていくのか。ストレートに質問をぶつけると、「カスタマーファースト」という、ごくシンプルな答えが返ってきた。
「使い古された言葉のように聞こえるかもしれないが」と断って、バターフィールド氏は続けた。
「すでに世界で何百万人、何千万人もの人々がSlackを利用している。それは私たちが優れた販売力を持っているからでも、顧客との間に何か特別な関係があるからでもなく、Slackが優れたソリューションだからだ。
私たちはこれからもお客様の声に耳を傾けていきたい。より多くの組織がデジタルファーストの働き方に向かうなか、常にベストパートナーでありたいと考えている」
太田百合子:フリーライター。パソコン、タブレット、スマートフォンからウェアラブルデバイスやスマートホームを実現するIoT機器まで、身近なデジタルガジェット、およびそれらを使って利用できるサービスを中心に取材・執筆活動を続けている。