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ブラックホールの「渦巻き模様」の秘密。「偏光」の観測は、何をもたらしたのか?

ブラックホール偏波

M87ブラックホール近傍の偏波画像。らせん状の筋の向きは偏光の方向と一致しています。

出典:Event Horizon Telescope Collaboration

2019年4月に発表された「史上初めて撮影されたブラックホールの画像」。

前回の2本の記事(前編後編)では、ドーナツのように見えるブラックホールの画像から分かったこと、そして画像を撮影しても分からなかったブラックホールに残された「宿題」について紹介しました。

実は、前回の記事を出してから数日後の2021年3月24日、国際共同研究プロジェクト「イベント・ホライゾン・テレスコープ(Event Horizon Telescope, EHT)」では、新たに楕円銀河M87の「偏光」の画像を発表しました。

「偏光」といわれても、あまり馴染みがないかもしれませんが、天文学において偏光は、天体の「磁場」の様子を知るための重要な情報源(観測量)です。

この画像を得たことで、私たちはまた一歩、ブラックホールがどのように物質を吸い込み、強力な「ジェット」を噴き出しているのかという大きな謎の解明に一歩近づくことができました。

「偏光」とは何か?

ehtelescope

光は「電磁波」、つまり波の一種です。

ただし、光(電磁波)は「音波」のように空気が密になったり疎になったりする、いわゆる疎密波として伝わる「縦波」とは異なります。

光は、「電場」と「磁場」と呼ばれる電磁気力に関係する2種類の空間の性質が、進行方向に対して垂直に振動しながら伝わる「横波」と呼ばれるタイプの波です。

私たちが普段目にする光(電球や自然の光など)は、バラバラの方向に振動している光が無数に重なったものだと考えることができます。こういった光は、偏光していない、無偏光(非偏光)の光です。

これに対して、振動方向が特定の方向に揃っている(偏っている)光を、「偏光」といいます。

光

海面で乱反射した光には、さまざまな方向に振動(偏光)した光が含まれている。

Alessandro Licata/Shutterstock.com

釣りをする人の間では、「偏光サングラス」が必須アイテムとして知られています。

このサングラスを使うと、水面に反射したギラつく光が抑えられて、水の中を見通して魚影を確認しやすくなります。これは、偏光フィルター(グラス)によって、特定の方向に振動する光以外を遮断しているためなのです。

では、この偏光が、いったいブラックホールとどう関係しているのでしょうか?

ブラックホール付近にあらわれた「渦巻き模様」

ブラックホール

左の画像はブラックホールの通常の画像。右の画像は偏光観測の結果を反映したもの。ブラックホールの下側の領域に流線状の模様(偏光した光)が確認できる。模様が渦巻き状になっていることから、ブラックホールの周囲から出る光も渦巻状に偏光していると考えられる。

提供:Event Horizon Telescope Collaboration

今回発表したEHTの「偏光画像」では、いままで見てきた普通のドーナツのようなM87のブラックホールの画像に、ドーナツの「フレンチクルーラー」のような流線状の模様が新たに加わっています。

この流線状の模様は偏光している光(電磁波)の「電場」の振動方向をあらわしています。模様がはっきりしているところは偏光度が高く、逆に模様が見えないところ(もやもや光ったままの領域)は偏光度が低い、つまり光がばらばらな方向に振動していると言えます。

このことから、今回のEHTの偏光観測からブラックホールの下側の領域からより偏光した光が放出されており、さらにその電場は渦巻き状に振動していることが分かります。

では、どうしてブラックホール付近から出る光は、偏光しているのでしょうか?

ブラックホール(イメージ)

ブラックホールのイメージ。

出典:NASA/JPL-Caltech

それはブラックホール近傍にあるプラズマから放たれる光が、「シンクロトロン放射」と呼ばれる放射機構によって放出されているからです。

ブラックホールの周りには磁場が生じており、さらに数百億度に達する高温のプラズマが満ちています。

プラズマとは、原子がマイナスの電気を帯びた電子とプラスの電気を帯びた原子核に分かれた(電離した)状態を指します。プラズマ状態になった電子と原子核は、自由に動き回ることができるのです。

ブラックホールの周りにあるプラズマは、ブラックホールに吸い込まれたり、「相対論的ジェット」として超高速で噴き出したりすることで、光の速さに近い速度で流れます。

実は、磁場が生じている空間で荷電粒子(電子や原子核など)が光に近い速度で進むときには、円運動をしながら強力な光を出すことが知られています。

これがシンクロトロン放射です。

シンクロトロン放射では、粒子から放出される光の方向が決まっており(荷電粒子の円軌道の接線方向)、さらに偏光度も高いことが知られています。

この特徴を利用することで、私たちは、観測された偏光からその光を出している領域の磁場の情報を逆算することができるのです。

例えば、偏光度が高ければ、光を出している場所には比較的方向の揃った磁場があるし、もし偏光度が低ければ、そこには方向が不揃いなぐちゃぐちゃな磁場があることが分かります。

9万通りのシミュレーションから、モデルを制限

シミュレーション

ブラックホールの偏光画像(左)とシミュレーション(右)。

提供:Event Horizon Telescope Collaboration (S. Issaoun, M. Moscibrodzka)

一般的に、偏光している光の電場の振動方向が分かれば、磁場の振動方向を簡単に推定することができます。しかし、ブラックホールの周りではそうはうまくいきませんでした。

ブラックホールはその巨大な重力によって光の進む方向さえも捻じ曲げます。私たちが観測したブラックホールの周囲からやってきた光は、ブラックホールによって歪められた後の光であり、電場の振動方向も変わってしまいます。

そのため、ブラックホールの場合は、偏光の情報だけから磁場の方向を決めることは難しいとされています。

そこで私たちEHT理論作業班は、最も現実的なブラックホールの理論的なモデルをもとに、大規模シミュレーションによって、無数のシミュレーション偏光画像を用意することにしました。

これは、史上初めて撮影したブラックホールの画像から、ブラックホールの角運動量を推定しようとしたときと同じ要領です(前回の記事参照)。

今回、私たちが用意した用意したシミュレーション偏光画像は9万通り以上。前回のときよりもさらに多くの画像を用意して、EHTの偏光観測の結果と比較をしていきました。

シミュレーションを元にブラックホールの「角運動量」を推定しようとした前回は、どんな角運動量でも撮影された画像を再現できてしまい、議論は紛糾しました。

しかし今回、明るいドーナツに沿った流線状の模様が見られる偏光画像から、ブラックホールの周辺には、「螺旋状の磁場構造」があることが分かりました。

つまり、観測されたブラックホールの偏光画像から、そこにどのような磁場を持ったブラックホールがあるのかを絞り込むことに成功したのです。

この磁場構造は、ブラックホールが回転するエネルギーがブラックホールを貫く磁場を経由して、「相対論的ジェット」を駆動するという標準的な理論モデルを強く支持する結果でした。

また、今回得られた偏光画像から推測されるブラックホール周辺の磁場の強さは、ブラックホールへと落ち込んでいく物質を押し返せるほど強いことも分かりました。これまでに観測されてきたような強いジェットを駆動するには、非常に都合が良いものです。

多くの研究者はブラックホール近傍の磁場はそこまで強くないと思っていました。そのため、このような強い磁場がブラックホールの「事象の地平面」近くに存在していることは、ブラックホールのイメージからすると大きな驚きでした。

ブラックホール理論探求の「この先」

さまざまなブラックホール

EHTのほか、地上・宇宙空間にあるさまざまな望遠鏡でほぼ同時に撮影されたブラックホール。

出典:多数に及ぶため本記事文末に掲載

今回EHTによって公表された楕円銀河M87の偏光画像によって、私たちは新たにブラックホールの事象の地平面近くの「磁場」の情報を手に入れました。

この磁場の情報によって、私たちは理論モデルに対してさらなる制限をつけることに成功しました。すなわち、(ブラックホールの周囲に)弱い磁場を持つ理論モデルは私たちが観測した銀河M87の中心にあるブラックホールを形成するモデルとしては合わないことが分かったのです。

2017年のEHTの観測では、ドーナツのようなブラックホールの姿を見せてくれた1.3ミリの電波観測だけでなく、他の波長の電波や可視光、X線やガンマ線など高エネルギー波長といった複数の手法で同時観測を行っています。

この先、このように一つの天体を同時にさまざまな波長で多角的に捉えることで、ブラックホールが宇宙でどのように誕生し、周囲にどのような影響を与えているのか、さらなる理論モデルへの制限をつけることが可能となるでしょう。

(文・水野陽介、編集・三ツ村崇志

※最後の画像に関する撮影クレジット……The EHT Multi-wavelength Science Working Group; the EHT Collaboration; ALMA (ESO/NAOJ/NRAO); the EVN; the EAVN Collaboration; VLBA (NRAO); the GMVA; the Hubble Space Telescope; the Neil Gehrels Swift Observatory; the Chandra X-ray Observatory; the Nuclear Spectroscopic Telescope Array; the Fermi-LAT Collaboration; the H.E.S.S collaboration; the MAGIC collaboration; the VERITAS collaboration; NASA and ESA. Composition by J. C. Algaba


水野陽介(みずの・ようすけ):上海交通大学李政道研究所T. D. Leeフェロー及び准教授。イベント・ホライゾン・テレスコープ理論作業班世話人。ブラックホール天文学、プラズマ宇宙物理学、数値天文学が専門。アメリカ航空宇宙局マーシャル宇宙飛行センターNASA Postdoctoral Programフェロー、アラバマ大学ハンツビル校宇宙プラズマ研究センター常勤研究員、國立清華大学天文研究所助理研究学者、フランクフルト大学理論物理学研究所研究員を歴任。愛知教育大学教育学部卒、愛知教育大学大学院教育学研究科修士課程修了、京都大学大学院理学研究科物理学・宇宙物理学専攻博士後期課程修了(博士理学)。

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