“Giddy up, let's get this going.”(よし、これで進めよう)
乗馬でよく使われるこの掛け声は、アマゾンの新CEOアンディ・ジャシーが何かにゴーサインを出す時の口癖でもある。巨大IT企業の経営を乗馬に喩えるなら、ジャシーはその激しい動きに振り落とされないよう、しがみついておいた方がよさそうだ。
2021年7月5日、創業者のジェフ・ベゾスがCEOの座を退き、ジャシーが国家規模の巨大企業アマゾンのトップに就いた。就任直後の大統領と同じく、ジャシーCEOにとっても最初の100日間が持つ意味は大きい。新CEOの経営方針が定まり、同社の行く末を占う試金石になるからだ。
アマゾンが抱える課題は多い。もともとネット書店から始まったアマゾンはいまや、アメリカの民間企業の中で従業員数トップのウォルマートに肉薄している。従業員数がトップになれば、他社にはない責務も負うことになる。
これまでの20年間、売上はほぼ毎年20%以上増加してきた。他のテックジャイアント同様、株主からはその成長を維持するよう求められてはいるが、一方でアマゾンが抱える130万人の従業員はさまざまな声を上げている。ライバルはアマゾンに負けまいと策を練り、規制当局からは不正な行いがないかと目を付けられている状況だ。
そこでInsiderは、アマゾンの元社員・現社員やアマゾンよく知る専門家・作家から、新CEOの最初の100日間について話を聞いた。その証言を整理すると、ベゾスが積み残した5つの課題が浮き彫りになる。以降で詳しく述べていくことにしよう。
『Bezonomics(邦訳:アマゾン化する未来——ベゾノミクスが世界を埋め尽くす)』の著者であるブライアン・デュメインは言う。「ジャシーはこれから多くのことに注力する必要があります。公の場でどんなふうにコミュニケーションするのか、どれだけダイナミックなCEOになるのかが気になりますね」
1. 無視できなくなりつつある脅威
トップ交代は、アマゾンにとって重大なタイミングで行われた。
アマゾンはこれまで、ソフトウェアを使って小売業界とショッピング体験のほぼすべての側面をスリム化・自動化することに成功してきた。
そんなアマゾンが今直面しているのは、多くの社員が監視されていることにピリピリし、評価されていないと感じているという現実だ。全国的に組合を作る動きが進んでおり、これはジャシーが今直面している最大の脅威と言えるだろう。
ハーバード・ビジネススクールのスニル・グプタ教授は、ジャシーがまず着手すべきは、配送センターの従業員たちとの関係改善だろうと話す。「アマゾンはそれが今までできていませんでした」
ベゾスもこのことは認識しており、最後の株主への書簡でアマゾンを「地球上で最高の雇用主・最も安全な職場にする」と誓っている。これは会社のトップレベルの目標を変更し、労働問題に優先的に取り組みなさい、という新CEOへの命令とも解釈できる。
以前アマゾンで人事のトップを務めたデイビッド・ニーキルクは、ジャシーの第一優先事項は「使命感を持った労働環境の推進」であり、その目標達成のためには「かなりの工夫とイノベーション」が必要になると指摘している。
2. 販売元との関係改善
アマゾンに出店すると多くの顧客への扉が開かれるものの、販売元は少なからず不満も抱いている。手数料の値上げや不公平な販売停止処分、偽物商品、嘘のレビューなどなどだ。
いまやアマゾンで販売される商品の半分以上が、こうしたパートナー企業からのものだ。したがって、彼らと信頼関係を築く努力が必要だ。さもないと販売元や商品の質が落ち、ウォルマート、ターゲット、Shopify(ショッピファイ)といった競合に隙を与えることになる——そう指摘するのは、アマゾンの元マネジャーで現在はEコマースのコンサル企業イデオクリック(Ideoclick)で戦略担当バイスプレジデントを務めるアンドレア・レイだ。
「当社の顧客企業の多くが、Eコマースの売上はアマゾンより他社経由の方が高くなっている状況です。こんなことは今までにありませんでした」
3. 「作れる」人を維持し、採用する
アマゾンではこのところ、かつてないペースで幹部クラスの社員が入れ替わっており、2020年初めから数十人のバイスプレジデントの退職が相次いでいる。これはジャシーが特に注視すべき問題だと複数の現社員・元社員が指摘する。
最近退職したバイスプレジデントの多くはベテランで、後任にはアマゾンほど動きの速くない大手出身者が就くケースもいくつかある。このことは、「リスクをとって何かを立ち上げる」というアマゾンのカルチャーを薄め、現状維持に甘んじることにつながりかねない、と先の現社員・元社員らは言う。
「幹部クラスの人材が、何かを作る人から単に管理する人に代わってしまっているように見えます」と、匿名を条件に取材に応じた元役員は話す。
ジャシーがアマゾンの成長を維持するためには、成功している既存事業を危険にさらすような、リスクのある長期的で大胆な賭けをする必要がある。これはベゾスが何度もしてきたことだ、とループ・ベンチャーズのマネージング・パートナーであるアンドリュー・マーフィーは言う。
「リスク、失敗、成長、という失敗の好循環を維持することが大事です。そうした大きな賭けをある程度することで、最終的に大きな見返りを得られる。アマゾンがクラウド、日用品などさまざまな分野でやってきたことです」
4. 社員に裁量を与える
ジャシーはかなりのマイクロマネジメントで有名だ。以前の記事でも触れたが、プレスリリースを出す前には必ず毎回目を通し、新しいサービスの名前やブランディングなどの大きな変更についてはほぼ毎回自ら承認している。
現社員・元社員はジャシーの細かい性格が諸刃の剣になりかねない、と言う。主立った問題すべてに彼の意見が反映されるものの、意思決定のスピードが鈍り、それほど重要でないことにまで貴重なCEOの時間を使いすぎるおそれがある。
ジャシーはこれまでアマゾン・ウェブ・サービス(AWS)を取り仕切ってきたが、今後は全社の経営を任される。そこにはハリウッド・スタジオや消費者向けのハードウェアの設計など、必ずしも造詣が深くない分野も含まれる。つまり自分の時間を何に使うのか、今まで以上に首尾よく優先順位をつけなければならないということだ。マイクロマネジメントをしている場合ではない。
別の元役員はこう話す。「これは本当に大きな問題です。なんでも見ようとする人なので。これほど大きい組織では、部下に裁量を与えないというのは問題でしょう」
5. 規制により一層の配慮を
アメリカとヨーロッパの規制当局は反トラスト法関連でアマゾンの事業を調査しており、ベゾスは同社を弁護するために議会に召喚されたこともある。
今後はその仕事をジャシーが引き受けることになる。「これは大手IT企業のCEOの職務の中でも気乗りしない仕事だ」と言うのは、2020年までバイスプレジデントを務めていたアマゾンを退職し、同社の配送センターの労働環境について批判するティム・ブレイだ。
特に、アマゾンの反トラスト法違反に関する有名な論文を書いたリナ・カーンが連邦取引委員会の委員長となった今、緊張の高まる政治的環境でリスクは大きくなっている、と言う。
「アンディが好むと好まざるとにかかわらず、アマゾンは今までよりも市民や政治の環境にもっと配慮する必要があります。今や彼は会社の顔なのですから」
(翻訳・田原真梨子、編集・常盤亜由子)