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コロナ対応で政府債務は戦前並み、格差拡大が加速。国際決済銀行が警鐘鳴らす「金融政策の引き際」

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国際決済銀行(BIS)は年次報告書を公表。コロナショックを受けた世界経済・金融の現状と展望を分析した。

Screenshot of BIS Annual Economic Report June2021

国際決済銀行(BIS)が2021年の年次報告書を公表した。

「A bumpy pandexit」と題したチャプターから始まる報告書は、コロナショックを受けた経済・金融情勢の現状と展望を端的に描き切る内容だった。

pandexit(パンデグジット)」は、「pandemic(パンデミック、世界的大流行)」と「exit(イグジット、脱出・離脱)」を組み合わせた造語だろう。報告書はその「道のりが平たんではない(will be bumpy)」とする。

国際決済銀行は世界経済・金融の現状について、「患者の体調は良くなりつつあるが、完全回復はまだ」とされ、「身体の節々(ふしぶし)は健康だが、そうではないところもある」と病人に例えた。

患者や身体とは世界経済を指し、新興国をはじめとしてショックからの回復遅れが顕著な経済圏の存在を懸念しつつ、財政・金融政策により短期的に対応する手法が、長期的に格差拡大という問題を生みだすことを、報告書は再三指摘している。

財政・金融政策の効果が(ワクチン接種の進捗格差もあって)地域ごとに異なるという必然の事実もさることながら、そうした政策自体が資産価格の上昇を通じて格差の拡大につながったり、次の危機の芽になったりするというわけだ。

「短期的にも長期的にも」回復への道のりは平たんではない、と国際決済銀行は報告書を通じて懸念を表明している。

年次報告書のテーマは多岐にわたるが、その中心的な問題意識は「金融政策と格差拡大の関係性」にあると筆者には読めた。

同報告書にはそれ以外にも、今後の世界経済にまつわる3つのシナリオが提示されるなど、非常に有用な論点整理も含まれている。が、今回は格差拡大の問題にしぼって掘り下げてみたい。

2つの長期的な政策課題

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スイス・バーゼルにある国際決済銀行(BIS)本部。

REUTERS/Arnd Wiegmann

遅かれ早かれパンデミックは終わる。そのときに備えて、為政者は長期的な課題を検討する必要がある。年次報告書はそう強調する。

長期的な政策課題として報告書が指摘したのは、(1)政策の「のりしろ(safety margins)」を確保せよ(2)格差拡大に配慮せよ、という2点だ。

まず(1)について、報告書は「財政・金融政策ののりしろをいかに再構築するか」と表現し、「狭いのりしろ」しかない経済は、いずれ訪れる不測の事態や景気後退に脆弱であるため、今後訪れる景気回復局面ではのりしろを少しずつ拡大すべきと主張する。

そして、特に注目したいのは(2)の課題だ。

報告書は「異例の低金利継続と大規模な資産購入は、正常化が難しいだけでなく、金融政策によって『所得と富の不平等』が悪化するとの認識を広めた」と指摘している。

金融政策によって生じる金利の変化は、所得、バランスシート、そして資産価格の変化を通じて経済活動に影響をおよぼすので、それは当然、マクロ経済における分配にも影響してくる。

例えば、金利が下がった場合、所得と富は債権者から債務者へ、借主から大家へ、若者から年輩者へ、そして預金者から株式投資家へと再分配を引き起こす。

とはいえ、金利変化によって生じる所得再分配の効果は短期的で、不平等のより重要な拡大要因はもっと構造的なものだ。例えば、教育や健康あるいは機会均等を促す政策や、(富裕層への課税などの)税制が、所得再分配に大きく影響する要因としてあげられる。

もちろん、所得分配そのものは「貨幣的現象」ではないので、金融政策が十分な対策手段になることはない。それでも、マクロ経済の視点から見ると、格差拡大につながる論点はある。

それが(a)逆進性を持つ税金と見なせる「インフレ」と、(b)失業を通じて貧困層を傷つける「不況」だ。

だからこそ「金融政策がより公平な世の中のためにできることは、物価・経済の安定化」と報告書にも書かれている。

中央銀行の低金利政策や大規模資産購入の「帰結」

近年、中央銀行は「景気動向に対して、インフレ率があまり変動しなくなっている」という難しい問題に直面している。

グローバル化や技術革新を通じて経済活動の効率化が進んでいることもあり、インフレ期待は安定的な状況が続いている。コロナショック以前、アメリカでは完全雇用が実現されていたが、そこでもインフレが問題になることはなかった。

これは中央銀行にとって「痛し痒し(=良い面悪い面の両方あって悩ましい)」の状況だ。

低金利や大規模な資産購入で景気を拡大させ、雇用回復に寄与したときでも、(副作用としての)インフレに悩まされることがなくなったのだから、短期的には「痛みを伴わずに現状を改善できるようになった」ことになる。

しかし同時に、そうした金融緩和策は(株や不動産など)資産価格の引き上げに直結するので、結果的に格差拡大の片棒をかつぐことになる

それはバブルにつながる種にもなりかねない。バブルが破裂すれば、より積極的な緩和策が再び展開されるのは目に見えている。そのとき格差はまた拡大する。金融政策だけでなく、財政政策も同じような軌道をたどるだろう。

結局、政府と中央銀行が危機のたびに格差を拡大させていく構図になる。短期的な危機対応の結果、長期的な危機の可能性が高まっていくわけだ。

政府債務は戦前並み、格差拡大も進行中

こうした一種のトレードオフを解消するためには、「よりバランスのとれたポリシーミックスが必要」と国際決済銀行は提言する。

具体的には、銀行監督を中心とする「マクロプルーデンス政策」で金融システムの頑健性を高め、金融ブームを抑制する。

さらに「ミクロプルーデンス政策」を通じて、金融ブームが仮に発生して破裂したとしても耐えられる、強化された銀行部門を構築することも必要だという。

また、景気回復を支えるバックストップとして、財政政策の役割が求められるとも提言する。

報告書は「重要なことははっきりしている」とした上で、「より適切な所得配分を長期に実現するために、不断の構造改革は不可避」と結論している。

報告書の議論は総じて、国際決済銀行らしい「危機は予防できる」という前提(いわゆる「BISビュー」)に立ったものであり、正直なところ、ややナイーブ過ぎるきらいもある。

しかし、ここまで述べたように、危機のたびに財政・金融政策のアクセルが踏まれ、社会における格差拡大が発生していることは紛れもない事実だ。

国連大学世界開発経済研究所(UNU-WIDER)の公表する「世界所得格差データベース」を見ると、大きな危機を経るたびに政府債務が積み上がり、格差拡大も同時に進行しているのがわかる【図表1】。

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【図表1】アメリカにおける政府・家計債務の対GDP比と上位1%が個人の純資産に占める割合。政府は連邦政府と地方政府の債券・ローン、家計はNGO含む。

出所:Macrobond、World Wealth and Income Database資料より筆者作成

そうした大きな危機のタイミングでは金融緩和も行われている。図表に示されている通り、政府債務はすでに戦時並みに積み上がっている。

2020年の統計は未公表だが、昨今の株価上昇を踏まえれば、格差拡大を示す「トップ1%が占める純資産の割合」はさらに増加している可能性が高い。

格差拡大は選挙を通じて各国の政治のあり方にも影響を与える。気候変動問題と並び、世界規模で検討すべきテーマと言える。市民の日常生活に近いという意味では、気候変動問題よりも格差問題のほうが訴求力は高そうだ。

金融政策の「収束のさせ方」が論点に

過去の寄稿でも指摘したように、中央銀行が気候変動問題に積極的に対応すべきかどうかは政治的に難しい問題だし、果たして中央銀行にできることは何かあるのかという根本的疑問もある。

それに比べると、中央銀行が「早めの出口戦略(=「のりしろ」の拡大)」や「マクロ/ミクロプルーデンス政策」を通じて格差解消に寄与できるという主張には強い説得力がある。

早めの出口戦略が実体経済にもたらすネガティブな影響について、議論を尽くす必要はもちろんあるのだが、先述の「危機は予防できる」という国際決済銀行の基本的スタンスに立てば、それは「大事の前の小事」として耐えよということになるのだろう(今回その是非は議論しない)。

いずれにしても、「パンデグジット(pandexit)」は今後多用されそうなフレーズだ。

「長期的な視点に立ち、格差拡大を抑制する」という視点に立ち、「財政・金融政策をどう収束させていくべきなのか」という報告書の提示する論点は、非常に重要なテーマだと筆者は考える。

※寄稿は個人的見解であり、所属組織とは無関係です。

(文:唐鎌大輔


唐鎌大輔(からかま・だいすけ):慶應義塾大学卒業後、日本貿易振興機構、日本経済研究センターを経て欧州委員会経済金融総局に出向。2008年10月からみずほコーポレート銀行(現・みずほ銀行)でチーフマーケット・エコノミストを務める。

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