Twitterの影響力は週刊誌以下? 伊藤詩織さん裁判「賠償33万円」が呼ぶ波紋

伊藤詩織さん

7月6日、判決を受けた記者会見での伊藤詩織さん。

撮影:西山里緒

ジャーナリストの伊藤詩織さんが、元東京大学大学院特任准教授で、AIベンチャーDaisy代表取締役CEO(Twitterプロフィールより)の大澤昇平氏のTwitter投稿で、名誉を毀損されたとして110万円の損害賠償などを求めた訴訟の判決が7月6日、東京地方裁判所であった。判決は名誉毀損を認め、大澤氏に33万円の損害賠償とツイートの削除を命じた。

伊藤さんは自身への誹謗中傷ツイートをめぐり、大澤氏のほか、漫画家のはすみとしこ氏と衆議院議員の杉田水脈氏をそれぞれ提訴しており、判決が出るのは今回が初となる。

2020年、リアリティショー「テラスハウス」に出演していたプロレスラー・木村花さんの急死をきっかけとして、ネット上の誹謗中傷は急速に社会問題化していることもあり、今回の判決は注目されていた。

「1万8000人のフォロワー数」も根拠に

裁判所

「Twitterの誹謗中傷による名誉毀損」が争点となった裁判。

Shutterstock

大澤氏は2020年6月、「伊藤詩織って偽名じゃねーか!」とツイート。そこには、「伊藤詩織」を通名とする、外国人とみられる人物が破産手続きを開始したことを示す官報公告の画像が添付されていた。さらに同一ツイート内に「#性行為強要」などのハッシュタグも添えられていた。

伊藤さんは訴状で、偽名である、破産手続き開始決定を受けたことがあるという事実はいずれもないと否定。

判決文によると、当該ツイートは「(伊藤さんの)経済的信用を毀損し、その社会的評価を低下させるもの」であり、その「精神的苦痛は軽視できないもの」であるため、大澤氏に30万円の慰謝料と3万円の弁護士費用を支払うことを命じている。

また、大澤氏がツイート投稿時に「1万8000人のフォロワーを擁して」おり、その社会的な影響が大きかったことも判決の根拠としている。

33万円という賠償額は妥当か?

山口元一弁護士

「ひとつひとつは軽い中傷でも、それが何千、何万とくると被害者を追い詰めてしまう」(山口元一氏)(写真は2020年5月に撮影したもの)。

撮影:鈴木愛子

では、大澤氏のフォロワー数やTwitterの影響力を考えた時、33万円の賠償額というのは妥当なのだろうか。伊藤さんや代理人弁護士の山口元一氏らが出席した記者会見でも、「33万円という損害賠償額は多いのか、少ないのか」について質問が出た。

これまで、週刊誌など社会的影響力のあるメディアによる名誉毀損訴訟の中で、特に著名人に対しては、損害賠償額が数百万円から数千万円に上ったものもある。2000年代初頭から、それまでの名誉毀損に対しての賠償額が不十分だとして高額化してきた背景もある。

代表例が、当時読売巨人軍選手だった清原和博氏が小学館を相手取って起こした裁判だ。5000万円という請求額に対し2001年、東京地裁は1000万円の慰謝料を認めた(その後の控訴審で600万円に減額された)。

こうした過去の判例や、現在のTwitterなどSNSの影響力を考えても、今回の賠償額は少ないのではないか。

これに対し、弁護士の山口氏は「週刊誌で数ページにわたって私生活に関する名誉毀損的な記事を書くのと、ひとつのツイート投稿では、金額は当然変わってくる」とした上で、ネット上の誹謗中傷がはらむ問題をこう語った。

ネット上の誹謗中傷は、例えば『あの子ウザい』のような名誉毀損にあたらないものだったとしても、それが何千、何万とひとりに向けられることがあり(被害者を)追い詰める。それが週刊誌との大きな違いだ」

山口氏は、今回の件でもリツイートした人を含め、大澤氏と同じようなツイートをした人は何千人もいる、とする。一方で現行法では、不特定多数による誹謗中傷に対して被害者が取れる法的な手段が存在しない。

「33万円という金額だけを見て多い、少ないと論じるのはナンセンス。(ひとりに対して命じられる損害賠償金は)方向としては増額に向かってほしいが、増額すれば問題が解決するわけではない

33万円という賠償額には解釈の難しさがある一方で、こうした判決が出たことで、類似の誹謗中傷に対する抑止力になるはずだ、と山口氏は期待する。

スピード重視の決着だった

もう一点、山口氏が強調したのが「スピード重視の裁判」だった、という点だ。

「(大澤氏のツイートには)他にも名誉毀損に当たりそうなものがたくさんあった。しかし、問題としたいのは大澤氏の当該ツイートだけではなくTwitter上の誹謗中傷(という社会問題)そのもの。だからあえて争点を絞った」

実際、争点となったのは1つのツイートのみだが、判決文では前後の文脈が考慮された上で、そのツイートが「悪質」であり「身勝手な動機に基づくもの」である、と伊藤さんの主張が全面的に認められている。

前述のとおり、伊藤さんは大澤氏のほか、Twitter上の誹謗中傷をめぐって漫画家のはすみとしこ氏と衆議院議員の杉田水脈氏を提訴している。

「はすみさんが投稿した(イラストを含む)一連のツイートと、今回のツイートを比較した時、同じTwitter上の名誉毀損だが(損害賠償の)金額は同じではないと考えている」(山口氏)

さらに、杉田氏に対する訴訟では、Twitter上の「いいね」に法的な責任を問えるかが争われている。

「誹謗中傷は人のいのち奪う」

それぞれ性質の異なる、3つの「Twitter上の誹謗中傷」に関わる訴訟を起こしている伊藤さん。一連の訴訟が、ネット中傷を考える上で「司法のリトマス紙のようになれば」と語った。

「SNSがここまで日常的に使われるようになったのはここ数年のこと。(誹謗中傷の温床とならないように)プラットフォームの責任も含め、どんな体制や法律が必要なのか、そのあり方を見直すきっかけになれば」

伊藤さんは会見で、「次の世代にこの問題を引き継いで欲しくない」という言葉を繰り返した。

「裁判を始めてから、インターネットやSNSを開くことも難しくなってしまった。SNSを当たり前に使う若い世代にとっては、この影響はもっと大きいはず。この苦痛や負担を繰り返さないために、この訴訟を契機にしたい。言葉は人を傷つけるだけでなく、人の命を奪ってしまう可能性がある、とひとりひとりに考えてほしい」

(文・写真、西山里緒)

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