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コカ・コーラ好きなソ連の元帥が、鉄のカーテンの向こうにコーラを運んだ方法

1945年6月10日、乾杯に臨む英陸軍元帥バーナード・モントゴメリー、米陸軍元帥ドワイト・アイゼンハワー、ソ連邦元帥ゲオルギー・ジューコフ(写真左から)。

1945年6月10日、乾杯に臨む英陸軍元帥バーナード・モントゴメリー、米陸軍元帥ドワイト・アイゼンハワー、ソ連邦元帥ゲオルギー・ジューコフ(写真左から)。

Bettmann/Getty Images

  • 第二次世界大戦後、連合国間の関係悪化により、東側と西側の商取引が制限された。
  • コカ・コーラを好きになったソビエト連邦のゲオルギー・ジューコフ元帥にとって、それは困ったことだった。
  • 「鉄のカーテン」の向こう側に少なくとも1人の友人を残そうと考えたアメリカは、ジューコフにコーラを提供しようとした。

第二次世界大戦が終結し、東欧に「鉄のカーテン」が下ろされると、ソビエト連邦と西側連合国との関係は悪化した。

西側諸国と資本主義を否定するソ連は、「帝国主義」の国々と貿易する理由がないとして、西側企業との商取引禁止に踏み切った。

しかしこれは、ゲオルギー・ジューコフ(Georgy Zhukov)元帥に、ある問題をもたらした(彼は、ナチスに対するソ連の偉大な勝利の数々を指揮した人物で、ソ連で最も尊敬される軍人の1人だった)。

というのも、ジューコフ元帥は、ソ連では違法とされたコカ・コーラをこよなく愛していたのだ。しかし、西側の有名な飲料を飲んでいるところを見つかれば処罰されるのではないかと恐れていた。

当時のアメリカのハリー・トルーマン(Harry Truman)政権は、友好関係を維持するために、ジューコフが所望する清涼飲料をひそかに提供しようと尽力した。

コカ・コーラは文化的アイコンだった

1944年3月16日、イタリアに駐在していたアメリカ軍に初めて届いたコカ・コーラを飲むカッシーノ戦線の兵士たち。

1944年3月16日、イタリアに駐在していたアメリカ軍に初めて届いたコカ・コーラを飲むカッシーノ戦線の兵士たち。

PH/Sherman Montrose ACME

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