モルガン・スタンレーのグローバル・サステナビリティ調査部門を率いるジェシカ・アルスフォード。
Morgan Stanley
アセットマネージャー(=一般資産運用)やウェルスマネージャー(=富裕層向け資産管理)に将来の投資はどうなるか聞くと必ず出てくる言葉がある。「サステナビリティ(持続可能性)」だ。
企業の財務体質の強さだけでなく、環境・社会・ガバナンス(ESG)に関する情報や基準まで考慮に入れた先進的な投資アジェンダを指す。
米銀大手モルガン・スタンレーのグローバル・サステナビリティ調査部門を率いるジェシカ・アルスフォードは、現状をこう分析する。
「ESG投資ファンドへの資金流入に強い勢いがあることは間違いありません。ウェルスマネジメントとアセットマネジメントのいずれにおいても、ESGは将来の成長を実現するための重要な柱の1つになっています」
2050年までに投資先企業の温室効果ガス排出量実質ゼロを目指す世界の資産運用会社から成る「ネットゼロ・アセット・マネージャーズ・イニシアチブ(Net Zero Asset Managers initiative)」は7月6日、新たに41社がメンバーに加わったと発表した。
参画企業は合計128社となり、100兆円超とされる世界の運用資産残高のうちおよそ43兆円分が排出量実質ゼロにコミットしたことになる。
「脱炭素」は同イニシアチブの重点領域ではあるものの、ポートフォリオ(に組み込む企業)の温室効果ガス排出量を算出するための統一的な定義がまだ決まっていない。
そうした状況を踏まえて、モルガン・スタンレーは3種類の排出量実質ゼロ投資戦略を(クライアントに)提示している。ただし、いずれも同行にとって特に目新しい内容ではない。
10年近く前、2012年時点で早くもサステナビリティ調査チームを立ち上げたアルスフォードはこう話す。
「モルガン・スタンレーが目指すのは、3種類の実行可能な手法を用意して、誠実かつ公平に、何が良くて何が悪いのかを判別することです」
大企業の設定する環境対策目標は、統一的な基準が定まっていないために「排出量実質ゼロ」の定義をそれぞれの都合に合わせて変更するケースもあり、疑念を抱かざるをえないものもある。
英スーパーマーケット大手セインズベリー(Sainsbury's)のように、150万本の植樹で排出量を相殺するカーボンオフセット戦略を採用している上場企業もある。
「いまのところ世界共通の目標というものが存在しないので、(各企業が設定する)どんな目標であれ、一歩前進と言えるでしょう。ある投資家は企業の行動について、何もしないよりは、何かしら目標を設定しようという計画があるだけマシ、と話します。
もちろん、計画は時間をかけてでも行動に移す必要があります……が、とにかく始めることが肝心です。世界共通の目標が設定されるまでは、環境戦略が同業他社より積極的でないからといって批判されるべきではないと思います」
「サステナビリティ=グリーン」ではない
2021年は環境関連の銘柄にとって厳しい年となっている。
エネルギー関連の中型株を中心に保有する上場投資信託「iシェアーズ・グローバル・クリーンエネルギーETF」は、過去12カ月間で15.5%の下落。一方、石油・天然ガスの開発・生産企業を中心に保有するETF「エナジー・セレクト・セクターSPDRファンド」は51.1%の上昇を記録した。
それでも、アルスフォードは懸念の必要はないと断言する。
「2021年はこれまでと多少流れが異なります。市場はクオリティ株(=収益力や財務健全性の高い銘柄)からバリュー株(=本来的な企業価値に比べて株価が割安な銘柄)へとシフトし、ESG関連銘柄はクオリティ株と高い相関関係があるため、引きずられる形になっているのです。
ついでに言えば、2020年は石油・ガス関連銘柄が市場のベンチマークを下回り、環境関連銘柄は絶好調でした」
投資家はESGの「E(Environment=環境)」に注目しがちだが、サステナビリティ投資はもっと広い投資戦略を内包する概念だとアルスフォードは強調する。
「サステナビリティはグリーン(=環境に優しい)とイコールではありません。サステナビリティにはもっと広い意味があって、改善のための明確な戦略を持つ企業だけでなく、これから改善する余地のある企業も投資戦略の対象になります。
そのおかげで、将来再評価される可能性のある企業(への投資)からも利益を得られるのです」
最後に、モルガン・スタンレーが投資ポートフォリオのサステナビリティを評価する際に使う「3つの指標」を、4つのグラフをあげて紹介しよう。
ポートフォリオのうち「実質ゼロ」戦略・目標を持つ企業の比率
「温室効果ガス排出量実質ゼロ」目標を持つ企業の比率。左はS&P500社、右はSTOXX600社。
Chart provided by Morgan Stanley Research
モルガン・スタンレーによれば、「排出量実質ゼロ」目標を発表している企業は717社、将来的に気候変動対策を策定するとコミット(約束)した企業が728社。
アメリカの主要企業500社から成るS&P500指数の構成銘柄の20%、欧州の先進国証券取引所に上場する上位600社から成るSTOXX600指数の構成銘柄の37%を占める。
ポートフォリオの温室効果ガス年間排出量
直接排出・間接排出(Scope1〜3あるいはそのすべて)ごと、エリアごとに見た、温室効果ガス排出量を報告している企業の割合。欧州で最も先鋭的。
Chart provided by Morgan Stanley Research
モルガン・スタンレーでは、「産業革命前からの気温上昇を1.5度以内に抑える」というパリ協定の目標達成に必要とされる「毎年7.6%の排出量削減」を目指すよう投資家に推奨しており、その指標としてそれぞれのポートフォリオの温室効果ガスの全削減量を集計して指標に使っている。
「投資家は、目標を達成すると期待される発行体(企業)に資本を重点配分することもできるし、あるいは、望ましいペースで排出量削減を進めている企業を対象とした運用資産の割合を(資金拠出元などに)報告することもできます」(モルガン・スタンレー)
直接排出・間接排出すべて含めて、前年比「7.6%削減」の目標達成を報告した企業の割合(2019年)。欧州に多く、アジアでは少ない。
Chart provided by Morgan Stanley Research
ポートフォリオから読みとれる温度上昇
より野心的なアプローチ。ポートフォリオに組み込んでいる各企業の年間温度上昇の抑制目標を明示するよう、投資家に求める手法。モルガン・スタンレーは、この指標は将来より広く使われるようになると予測しているが、現時点では、気温上昇の抑制目標についてコンセンサスが得られていない。
「特定の発行体(企業)に紐づく気温上昇を読みとれる指標を提供しているESGデータベンダーはいくつかあります。
ただ、それぞれのメソドロジー(手法)を比較してみると、算出に必要とされる前提条件がいろいろあり、ベンダーごとに結果が大きくばらついてしまうのです」
国連グローバル・コンパクトや世界自然保護基金(WWF)などによる「サイエンス・ベースド・ターゲッツ・イニシアチブ(SBTi)」が発表した、企業の気温上昇抑制目標の状況。半数以上が温度目標の設定に至っていない。
Chart provided by Morgan Stanley Research
(翻訳・編集:川村力)