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中国最大の配車サービスDiDi(滴滴出行)が、米国での上場直後に中国当局から審査や処分を受けることとなり、天国から地獄に突き落とされている。
株価は上場初日の6月30日に付けた高値(18.01ドル)から4割近く下げ、大株主のソフトバンクグループ株も一時年初来安値に沈んだ。中国当局が国家安全法上の理由で審査を始めると発表してから10日。どのような違反行為があったかは明らかにされていないものの、その後の複数の動きから、DiDiをターゲットにした2つの狙いが明らかになりつつある。
業界トップ企業、6月上場の共通点
中国でIT行政を所轄するインターネット情報弁公室は2日、DiDiに対し「国家安全法」および「サイバーセキュリティ法」に基づき審査を始めたと発表した。審査中はDiDiアプリの新規登録の停止も命じた。
その後、当局は4日にDiDiの法令違反が確認されたとして、アプリのダウンロードを停止。さらに9日にはアプリストアにDiDiが運営する25アプリの削除を命令した。“違法”の中身は不明なままだが、当局の本気度が日に日に鮮明になっている。
2021年最大級の上場に沸いていた市場は、中国当局に冷水を浴びせられ、DiDiだけでなく米国に上場する中国企業の総崩れを招いた。
標的にされたのがDiDi一社ではないことにも言及しておきたい。
当局は5日、満幇(manbang)集団(フル・トラック・アライアンス)が運営するトラック配車アプリ「運満満」「貨車幇」と人材マッチングアプリの「BOSS直聘」についても、対DiDiと同じ名目で審査着手を発表している。
満幇集団は事業者向けマッチングアプリであるため一般的な知名度は低いが、以前紹介した通り、物流業界では圧倒的なシェアを持ち、「物流業界のDiDi」と呼ばれるスタートアップだ。6月22日に米国で上場し、その時点で中国企業による米国でのIPOとしては今年最大級だった。
BOSS直聘は300万社近い有料会員を抱える人材マッチングアプリ。6月11日にナスダックに上場し、上場初日の時価総額は150億ドル(約1兆7000億円)に迫った。
この3社はいずれも業界トップ企業で、かつ6月に米国で上場している。その目的がIT企業の米国上場への干渉であることは、中国メディアも即日指摘していた。
米政府締め付けでも上場意欲衰えない中国企業
数日経つと、中国政府の意図は徐々に形を現した。
- 7月6日、中国国務院と中国共産党中央弁公庁は「法に基づき証券違法行為を取り締まる意見」を公表した。証券犯罪の厳格な取り締まりを総論とし、海外で上場する企業の情報セキュリティに対する責任をより厳しく求めることや、海外上場企業の規制システムの構築を盛り込んでいる。
- 7月10日、インターネット情報弁公室は「サイバーセキュリティ審査弁法」改訂に向けた意見募集稿で「100万人以上のユーザーの個人情報を持つ企業が海外で上場する際には、必ず当局のサイバーセキュリティ審査を受けなければならない」と明記した。
つまり中国政府は自国企業の海外上場を制限することに舵を切ったわけだ。ただ、その動きは元をたどれば米政府の動きに呼応したものでもある。
DiDiショックは米国に上場する中国株の総崩れを招いている。
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トランプ前米大統領は退任直前の2020年12月中旬、米国で上場する外国企業が当局の検査を3年連続で拒んだ際には上場廃止とする法案「外国企業説明責任法」に署名し、同法が成立した。米証券取引委員会(SEC)は今年3月、同法施行に向け制度策定を進めている。
中国当局は国家安全保障上の懸念を理由に、米国で上場する中国企業が米当局の監査を受けることを長年拒否してきた。法施行によって、米国に上場している200社以上の中国・香港企業は上場廃止リスクに直面することになる。
トランプ前政権は中国人民解放軍と関係の深い中国企業に対する証券投資の禁止を命じた大統領令にも署名している。この大統領令が2020年12月に発効したことを受け、ニューヨーク証券取引所は同月31日に中国3大通信キャリア「チャイナモバイル(中国移動)」「チャイナユニコム(中国聯通)」「チャイナテレコム(中国電信)」を上場廃止にすると発表した。3社はいずれも見直しを求めたが、この決定は二転三転した挙句、バイデン政権に移行した後の2021年5月に、上場廃止手続きを進めることが確定した。
米政権が資本の分断を狙い、中国企業への締め付けを強めているにもかかわらず、中国企業の米国での上場意欲は衰えない。業を煮やした中国当局が、DiDiなど3社の上場直後のタイミングに強硬策を発動したと見ることもできる。
中国企業が続々上場計画凍結
当局の対応に関して、中国で疑問が挙がっているのは「DiDiや満幇集団、Boss直聘について、なぜ上場前に審査をしなかったのか」「(事前審査を義務付ける)ユーザー100万人というハードルが低すぎる」という2点だ。
前者については、米メディアが「中国当局は以前からDiDiを牽制していたが、DiDiが上場を強行した」と報道している。後者については、ユーザー1億人を超えるアプリがごろごろある中で、「100万人」を基準にすると上場が期待される企業はほぼ引っ掛かってしまう。今後、綱引きが激しくなるかもしれない。
いずれにせよ、DiDiなど3社に対する審査の結果が明らかになるまで、海外上場を計画していた中国企業は身動きが取れない。7月9日時点で、2億ユーザーを持つフィットネスアプリのKeepと4億ユーザーを持つ音声メディアのヒマラヤが米国での上場計画を凍結したことが判明した。
昨年から米中対立の象徴になっている、ショート動画アプリTikTokを運営するバイトダンス(字節跳動)も4月下旬、「当社は当面上場を予定していない」との声明を発表した。バイトダンスは2021年前半に香港に上場するとの観測が飛び交っており、明確に否定するための声明だったが、上場先が香港であっても、中国当局の一連の動きに対し慎重にならざるを得なかったのだろう。
ここまでは、DiDiを標的にした中国当局の狙いを、米中対立の側面から説明したが、もう一つの背景として、やはり昨年から続くプラットフォーマーへの圧力がある。次回はアリババのケースと比較しながら、DiDiの今後を予想する。
浦上早苗: 経済ジャーナリスト、法政大学MBA実務家講師、英語・中国語翻訳者。早稲田大学政治経済学部卒。西日本新聞社(12年半)を経て、中国・大連に国費博士留学(経営学)および少数民族向けの大学で講師のため6年滞在。最新刊「新型コロナ VS 中国14億人」。未婚の母歴13年、42歳にして子連れ初婚。