長期間の男性育休の取得は、企業によっては難しいのが現実だ(写真はイメージです)。
撮影:今村拓馬
男性の育児休業取得を促す改正育児・介護休業法が6月に成立し、男性育休が注目されている。
具体的には、子どもが生まれた男性に育休制度について説明し、取得の意向を個別に確認することに加え、大企業の場合は男性育休の取得率の公表も義務付けられる。
ただ現実は厳しい。厚生労働省の統計によると2019年度の男性の育休取得率はわずか7.48%で、男性育休の取得が進んでいるのはまだまだ一部の企業だけだ。
実際に男性育休を取り巻く環境は変わりつつあるのだろうか?大企業の社員、現在、長期間の男性育休を取得している30代の父親2人に話を聞いた。
長期の育休は「過去1人しか知らない」
「育休から復帰したら、もう自分の居場所はないだろうなと覚悟しています。それくらいの覚悟がないと、うちの会社で男性育休をとるのは難しい」
数千人の社員が働く日系の大企業に勤務するユタカさん(35歳、仮名)はそう話す。ユタカさんは2021年に第2子が生まれ、現在は約1年間、初めての育休中だ。
ユタカさんが勤務する会社で、男性が1週間以上の育休を取得するのはごくまれなケース。1年間という長期の育休をとった例は、「1人しか知らない」という。
1人目の育児で、妻が産後うつに
ユタカさんは「2人目の時は自分が育休をとる」と決めていたという。
撮影:今村拓馬
ユタカさんが育休の取得を決めたのは、第1子の出産後、妻の負担があまりにも大きかったためだ。
「初めての子どもが生まれた時には、育休なんて思ってもみませんでした。周りに男性育休をとった社員がおらず、育休は取らないのが当然という空気がありました」
第1子の出産時は、妻の両親がサポートしてくれたものの、基本的には妻が1人で育児を担当。そのせいか出産の数週間後には、産後うつ状態になり、精神的にも追い詰められてしまったという。
「当時は早い時間に仕事を終えられていたので、家事はできるだけ分担していました。それでも、正社員でバリバリ働いてきた妻がずっと家にこもり、慣れない育児を1人でこなすのは大変でした。だから2人目が生まれたときには、今度は僕が育休を取ろうと決めていました」
人事権のあるマネージャーに相談
育休を取りたいと思っても、職場への報告を考えると「心が重かった」という。
本来ならば、普段から接しているチームリーダーに育休の希望を伝えるのが一般的なルートだが、ユタカさんは人事の決定権を持つマネージャーに相談することにした。
「チームリーダーに言ってもいい顔をされないことは分かっていましたし、『本当にいま育休をとるのか』と説得される不安もありました。またリーダーに相談したところで、その上司、またその上司にも話を通す必要があります。家族のために育休を取るという気持ちが、揺らいでしまうと思いました」
妻が安定期に入った頃、ユタカさんは人事権を持つマネージャーに妻の妊娠報告と育休取得の希望を伝えた。
「どう伝えればいいのかということ自体が、心理的な負担になっていたので、言った後はとりあえずすっきりしたのを覚えています。
マネージャーからはただ『分かりました』とだけ言われました。本心では『人繰りをどうしたらいいのか』と面倒に思っていたかもしれません。ただ、『育休を取る必要はあるの?』など理解のない言葉がなかっただけよかった」
育休前に、突然の配置換え
マネージャーの許可を得たものの、育休取得前にユタカさんは突然、人手が必要になったチームへの配置換えを言い渡された。
「部内の配置換えはよくあることですが、僕の新しい配属先はこれまでずっと人員の増加を求めていたプロジェクトチーム。大きな案件を抱えていて、これから育休を取得する僕が行っていいのかという思いはありました」
マネージャーからは「育休までの期間で構わない」と言われたものの、新しいチームの上司の反応は予想通りだった。
「育休取得の予定を伝えると、『働けるのはそんなに短い期間だけなの?』と言われ、イライラしている感じも伝わってきました。上司の気持ちも分かりますが、僕としては『以前から育休の希望を伝えていたのになんで?』という思いがわきました」
「母親がスーパーマンになる必要はない」
育休中のユタカさんは「育児は体力勝負だと実感する毎日です。おかげで首と腰が痛くて痛くて」と話す(写真はイメージです)。
撮影:今村拓馬
現在、1年間の育休中のユタカさんは、毎朝7時には起床。家族の朝ごはんはユタカさんが作り、買い物や洗濯、子どものお風呂、通院などは、同じく育休中の妻と分担している。
コロナ禍での育児で実家の助けを借りにくい状況でもあり、ユタカさんの妻も「育休を取ってくれてよかった」と話す。
ユタカさんの妻は、
「2人いるからちゃんとした生活を送れていると感じます。一人で子育てしていた時はご飯を食べる時間もとれず、子どもが2時間おきに起きてしまうため、眠れない毎日。当時は孤独でしたが、今は夫とすぐに相談できて、育児を楽しめる余裕もでてきました」
と話す。
ユタカさんは「母親だけが負担を追うのは違うのではないか」という。
「妻も育休明けには職場復帰します。母親が育児も仕事もこなすスーパーマンになる必要はないんじゃないかと。お互い外で働きたいと思っているのであれば、育児や家事は互いに負担するのは当然だと思います」
法改正だけでは「会社は変わらない」
男性育休に関しては、育児・介護休業法が改正され、2022年度からは企業が育休取得の意向を確認することが義務付けられる。ユタカさんは法改正についてこう話す。
「妻の妊娠時に会社から『育休はどうするの?』と聞いてくれるのは大きな1歩だと思います。
僕の場合は、育休について人事部に相談したら、制度の案内をされただけでした。そのあとは、自分で上司に交渉するしかなく負担が大きかった」
ただ、法律が変わっただけでは、男性育休の取得は増えないとも感じている。
「復帰後の不安も解消する必要があると思います。僕の場合は、育休明けにまたチームの配属変えや、希望とは違う部門への異動があるかもしれません。先を考えると不安が大きいのが正直なところです。
育休を取りやすい会社になればいいとは思いますが、会社が変わるとも、会社を変えたいとも思っていません。今は自分のことだけで精一杯です」
同僚の取得がきっかけで、約4か月の育休
タケヒロさん(仮名)は会社から男性育休の取得を後押しされたという(社員はイメージです)。
撮影:今村拓馬
一方で、大企業の中にも育休取得が進んでいる会社もある。
「約15年前に入社したときには、男性育休という言葉も聞いたことがなかった。それが、社会の風潮もあってか、ここ2、3年で一気に環境が変わりました。半年の男性育休をとった同僚もいたので、私も育休の取得を言い出せました」
愛知県に住み、運輸関連の大企業で働くタケヒロさん(32歳、仮名)は、2021年4月から約4カ月間の育休を取得している。
2020年夏に第2子となる長女が誕生。妻が里帰り出産後、愛知県内の自宅に帰ってくるタイミングで育休に入った。
「コロナで外出が制限されたこともあって、妻からは『どうにか育休を取得してほしい』と言われていました。妻はすでに職場復帰しているので、僕がオムツ交換から保育園の送り迎え、寝かしつけなどをしています。ワンオペ育児をしている母親のすごさを実感する毎日です」
若手の離職防止へ、企業も取得後押し
タケヒロさんが育休取得を考えたのは、同僚や職場の後押しがあったからという。
「半年間の男性育休をとった同僚がいて、会社の総務担当からも『育休をとれとれ』と言ってもらえたことが大きかったです」
会社が育休の取得を勧めるのは、若手職員の離職を止めたいという狙いもあるという。
「夜勤など変則的な勤務もある職場な上に、勤務時間が増えたこともあり、働き方に関する若手の不満は大きい。人材をつなぎとめるためにも、男性育休取得を推していると感じます」
タケヒロさんは、育児・介護休業法の改正で、さらに育休が取りやすい環境になると期待する。
「3人目がほしいと思っているので、その時にもう一度育休をとりたいと思っています。育休を取得できるかどうかは、周りがサポートできるかどうかも大事。育休について口にしやすい職場環境にしていければと思っています」
(文・横山耕太郎)