Business Insider Japanの取材に応じたリクルートHDの出木場久征社長。大きな身振りで話すのが印象的だ。
撮影:今村拓馬
この10年間で、リクルートが激変している。
海外売上高比率を3%(2012年3月期)から45%(2021年3月期)へと飛躍的に伸ばし、時価総額は世界人材大手では最高レベルの9兆円を突破。
かつてのドメスティックな人材サービスから、ITを基盤とするグローバル企業に変貌を遂げつつあるのだ。2018年3月に、峰岸真澄会長(当時は社長兼CEO)がBusiness Insider Japanのインタビューでも掲げた通り、2020年には人材サービスで世界トップクラス入りを果たしている。
この変遷の立役者となったのが、2021年4月に、リクルートホールディングスの社長兼CEOに就任した出木場久征(いでこば・ひさゆき)氏(46)だ。
2012年、求人版グーグルとも呼ばれるサービス「Indeed」の買収を手掛け、グローバル化を牽引した。
創業時の紙の求人媒体からデジタルプラットフォームへ、そしてグローバルへ。時代と共にかたちを変えて進化を続けるリクルートが向かう先にあるものとは。出木場氏に聞いた。
有価証券報告書などから編集部作成
「ゴリアテは誰だ?」と英語で問われて絶句
—— 2012年のIndeed買収以降、アメリカで長くCEOを務めサービスを急成長させましたが、当時は、「英語に苦労した」そうですね。
出木場:英語をしゃべれない人が、いきなりトップとしてやってくるわけです。しかも、アジアのよく分からない会社から。現地のチームからフラットに見てもらえないことは、1日目から分かっていました。
今でもよく覚えているのは、買収後に大手のお客さんを呼んだミーティングでのこと。壇上に僕らがいて、質問を受けるコーナーがあってこう聞かれたんです。
“If you were David, who is Goliath?”
意味が分からず“What?”と言って、もう一度聞いたけれど理解できない。“Sorry”と3回目を聞こうとした時に、隣にいた今のCEOが「競合はだれですか」という意味だと教えてくれた。
聖書の話を使って「あなたが(後にイスラエルの王となる少年)ダビデなら、(敵対する巨人)ゴリアテは誰だ?」という質問ですが、全然分かりませんでした。
現地のチームでは、「あいつ全然ダメじゃん。ちょっと知的な質問をされたら返せない」とみんなで話していたみたいです。
—— 英語が十分でない状況で、CEOとして、どのようにメンバーを統率されていたのでしょうか?
出木場:クラスのいじめられっ子みたいなやつが、どう学級委員長をやるかということ。王道ではなく、1から10まで工夫するしか道はありませんでした。
僕に付いてきてほしいなどとは、全然思っていませんでした。とにかく現地の人たちが1番活躍できるよう、どう支えられるかを考えました。
「アメリカで苦労されたんじゃないですか?」とよく質問されますが、どう考えても周りのみんな(リクルートが買収したIndeedの社員)が一番苦労した。だから、毎日「ごめんね」の連続です。
アジアからCEOが来て、知らない言語で「日本ではこういう風にうまくやってたから言うことを聞いてください」と言い出したわけです。日本人だったら飲み屋で「新しいCEOは訳わからない」という話になりますよね。
少しでも仲良くなろうと、オフィスではみんなの目に付く入口近くに自分の席を設けました。今も僕の席はそのままですが、宅配便が来るたびにドアを開けて受け取りに行くのはそろそろやめたいですね(笑)。
「ネットの知識はこいつに聞こう」
「アメリカでは1から10まで工夫するしか道はなかった」と話す。
撮影:今村拓馬
—— 日本では2000年代に紙雑誌だった「じゃらん」や「ホットペッパー」のデジタル化を推し進めました。日本での経験が、アメリカで活きた部分はありますか?
出木場:ネットサービスの知識があったので、周りが「ネットのことはこいつに聞こう」と思ってくれるようになったのは大きい。
「ネットのここの数字がおかしくなっている」とか、みんなが騒いでいる時に、「こうやればいいよ」と教える機会が何度もありました。
「日本で俺らも4回ぐらい同じミスをした。モバイルに移すとここでサーバーエラーが出るんだよね」みたいなことを6年、7年やっていると、だんだん信頼してくれるようになりました。
日本での経験は「伝え方」という意味でも役立っています。
例えば、ある子会社の日本人CEOが、アジアのオフィス閉鎖について、通訳を付けて説明すると言う。どう説明するつもりか聞いてみたら、
「世界の情勢や経営の現状を考えると、選択と集中をさらに強化する戦略を考えている。そのため、オフィスは閉じるが、状況を見ながら最速でジャッジをして投資を続けていく」と。
それを聞いて、「絶対に通訳できない」と伝えました。
なぜか? 賢そうに聞こえるだけで何も言っていないからです。
みんなに分かるように話そうと思ったら、(両手を拝むように合わせながら)「調子悪いから閉めるわ、本当ごめん。もう1回調子よくなったら、絶対もう1回投資するから」って言ったほうが通じます。「今は辛い」と英語で、身振り手振りでしゃべるしかないんです。
「じゃらん」でも「ホットペッパー」も、紙からネットに切り替われば、評価される人材も変わります。紙の編集をしていた人の仕事がなくなるかもしれない。その時に、給料が下がります、ごめんなさいと伝えなければいけない。
賢そうにごちゃごちゃ言ったところで、本質的なことを伝えられなければダメなんだということは、日本で学びました。
リクルートHPを基に編集部作成
無駄だらけの仕事探しという現状
—— Indeedによって、今後の人材市場や採用は、さらにどう変わるのでしょうか。
※Indeed:2004年にアメリカで創業、人材募集の検索エンジンで「求人のグーグル」と称される。2012年にリクルートが約1000億円で買収した。求職者は検索画面に職種と場所を登録し、ヒットする人材募集を検索できる。リクルート による買収前の売上高は60〜70億円程度だったが、2021年3月期のHRテクノロジー事業(主にIndeedやGlassdoorで構成される事業)の売上収益は4232億円。
出木場:例えば僕は歴史が大好きなのですが、仕事としてちょっと歴史研究をしたり、何か書いたりしたいと思ったとします。報酬が目的ではないけれど、そういう知識を活かす仕事をしてみたい。でもそうやって歴史の仕事を検索してみても、きっと非常勤講師みたいな仕事しか見つからないでしょう。しかし、求めているのはそういうことじゃない。
一方で採用する側にしても、現状では、求人紹介の通知を送ったとして、95%は「今はまだ考えてない」と言われて断られてしまうのが現実です。
つまり、今の検索による求人のレベルって、まだまだこれからなんです。
でも、事前に昨日も今日も求人を見ていたというデータがあったら、(転職に興味のある可能性が高く)95%もの無駄を省けます。そして、特定の仕事を20分も見ていたというデータがあれば、興味ない仕事を排除してオススメもできる。
仕事を求めるタイミングで、何万もの求人を知っていて、かつ自分に合った仕事を教えてくれるサービスによって、採用プロセス全体を短く・簡単にする。そうやって10年後、20年後に「ワンクリックで仕事に就ける」レベルまでできていないと、もったいない。
—— 出木場さんは目指す境地を「ワンクリックで仕事見つかる世界」とおっしゃっていますが、現状はどのレベルまで実現できていますか。
出木場:インドでは条件のいい役人の仕事の求人が出ると、何万もの応募が来て、応募者の95%には返信すらできていない。それが現実です。
例えば、車の自動運転技術はどんどん進化して、やっと実現できるかもしれない……という段階になっていますね。これは20年、30年かけた技術革新の結果です。
我々も自動運転のように、採用プロセスが自動化され、人が簡単に転職できる技術をまず作らないといけません。
俺たちは何を作っているんだろうと聞かれたときに、「一定速度で走るためのアクセルの技術」と言ったところで面白くないですよね。だからまず「自動運転の車をつくっている」と伝えるように、「ワンクリックで仕事に就ける世界」と説明しています。
周りからは、毎日のように「全然できる気がしない」って言われてきましたが、20年、30年やっていればいつかできるはずです。
GAFAとは「2メートル超えの選手とバレーするようなもの」
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—— 2018年に前社長の峰岸真澄氏にインタビューした際、GAFAの脅威について話されていました。Googleでありとあらゆるものが検索できるようになれば、飲み込まれるんじゃないかと。GAFAの影響力はさらに強まっていますが、リクルートとしてどのように戦っていくのでしょうか。
出木場:技術や人材、さまざまなレベルでビッグテックはめちゃくちゃ強い。2メートル何センチの人たちと、バレーボールの試合をするみたいなものです。
実際僕らが新卒で採用したエンジニアが、1億円払うと言われてビッグテックに取られるみたいなことが毎日のように起きています。
例えばエンジニアの採用で、GAFAは「みんなが毎日使っている動画共有アプリを開発しているんだ」と言うわけですが、我々はその横で「採用を簡単にしようと思ってるんだよね」と言っている。なかなか誰もこっちに来てくれないわけです。セクシーさがゼロなんです。
だからこそ、逆にやりようはある。ビッグテックにとってみれば、人材領域にちょっと参入したとしても、売り上げがまあ1%増えるかどうか。
ただ人材領域は、「みんなやりたいっていうことではないけれど、人生にとっては大事なことだと思う」と言ってくれる人たちはいます。そういう人たちを世界中で集める。勝ち筋はそれにしかありません。ビッグテックが気にもしないことにしか、勝ち目はないと思っています。
リクルートHPを基に編集部作成
人材領域はオートメーション化する
—— 創業時、紙媒体だったリクルートは紙からデジタルへとシフトし、さらにこの10年は、デジタルからグローバルへというフェーズでした。これから先はどこに向かっていくのでしょうか?
出木場:100年後の歴史家たちは間違いなく、現代について「この頃、人はまだ車を運転していた」と振り返るでしょう。「オートメーション」が進んだのが、この時代だったと。
後世の人たちから見たら、「紙からネットへ」は教科書に書いてもないぐらいのことで、オートメーションは圧倒的に大きなことです。
ただAIを活用し、オートメーションを進めることについては、プライバシーへの心配も根強い。
AIとプライバシーについては、議論があるべきだと思っています。150年前には誰でも勝手に薬を作れましたが、今はできない。同じように、規制はある程度あったほうがいいと思います。
実際に、アメリカでも人材領域のデータ利用には強い規制がかかっています。Fair Credit Reporting Act(公正信用報告法=消費者のプライバシー保護などを定めるアメリカの法律)によって、ローンの申請と同じように、人事を扱わなければいけません。
人材は強い規制がかかっている領域で、個人情報とプライバシーをめぐり、AIとの相性が良くない。それがビッグテックが(人材領域で)うまくいかない理由でもあります。
※採用領域のAI活用……AIを人材採用ツールに用いるなど、人材領域でもデータ活用が進みつつあるが、個人情報の取り扱いや、AIが人間の偏見を「学習」してしまう差別問題も浮上。2019年にはリクルートキャリアの就職情報サイト「リクナビ」が、学生の同意なしで「内定辞退率」を企業に販売していた問題が波紋を広げ、厚生労働省はリクルートに対し、職業安定法に違反したとして行政指導を行った。
測定できるものは改善できる
出木場:ただ、機械よりも人間が正しいジャッジをしているのかという問題がそもそもあります。人間のほうが、性別や人種の偏りにバイアスがかかる場合もあり、人間がやってることをデータ化して初めて、そうしたバイアスが可視化されることもある。
オートメーションにとっては、メジャーメント(測定)できることが重要で、メジャーメントができるものは改善できる。
規制を前提としながら、どうバランスをとって、どうAIを生かしていくのか。我々が世界で一番、人材業界に関しては立ち向かっていかないといけないし、思慮がなければいけない。
10年後、20年後に人材領域がどう自動化されて、簡単に仕事を得られるようになるのか。歴史の教科書に、それがどう描かれるのかををイメージしながらやっていくことが大事だと思っています。
それにしても本当に私たちの生活は、これからもっと便利になると思いますよ。
(文・横山耕太郎、聞き手・浜田敬子、滝川麻衣子)
※編集部より:一部、サービスをめぐる表現を修正しています。2021年7月15日12:05