世界のMBAスクールランキングで例年トップにランクインする「IMD(Institute for Management Development)」はなぜ、女性リーダー育成に力を入れるのか?
写真:IMD business school / Flickr(左)西山里緒(右)
女性活躍が叫ばれる中、D&I(ダイバーシティ&インクルージョン)の取り組みに熱心な企業も増えつつある。一方で「抜擢したくても、適任の女性がいない」「数字だけを追うのは本末転倒だ」など、推進には批判の声も根強い。
そんな中、女性リーダー育成に特化したプログラムを17年に渡って続けてきたのが、スイスに本拠地を置くビジネススクール、IMD(インスティテュート・フォー・マネジメント・デベロップメント、Institute for Management Development)だ。
世界最高峰のビジネススクールが、なぜ「女性のみ」を対象とするリーダー育成プログラムを主宰するのか? ディレクターとしてプログラムを率いるギンカ・トーゲル教授と、実際に受講した「Will Lab」社長の小安美和さんに話を聞いた。
「服装をグレーや紺に」と教える研修に違和感
スイス・ローザンヌに拠点を置く、エグゼクティブ教育に特化した名門ビジネススクール「IMD」。
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スイス・ローザンヌを拠点とするビジネススクール「IMD」はフィナンシャル・タイムズのエグゼクティブ・エデュケーション(企業研修・エグゼクティブ教育)ランキングをはじめとして、世界のMBAランキングで例年トップにランクインする、世界屈指の名門校だ。
同スクールは「女性管理職育成」に特化したプログラム「Strategies for Leadership(ストラテジーズ・フォー・リーダーシップ)」を開講している。
少人数制で実施される4日間の短期集中プログラムで、受講料は100万円超(2021年)。プログラムの公式サイトによると、対象者は執行役員から中間管理職の女性で、参加者の平均的なキャリア年数は16年。
実際、ネスレや国連、ノルデア(フィンランド最大手の銀行)など名だたる企業から女性リーダーたちが参加しており、その多くが企業からの派遣だという。
リクルートジョブズ執行役員などを経て、女性の雇用創出やリーダー育成に取り組む「Will Lab」社長を務める小安美和さんも、同プログラムを修了したひとりだ。
小安さん自身、日本では「女性向け」と題された多くのキャリアプログラムに参加してきた。
しかしその多くが、服装をグレーや紺にする、声色を下げる、など「男性らしい」リーダー像にいかに近づくかを教えるものだった。そうした表面的なアドバイスに違和感を覚えていた2016年、参加したのが「Strategies for Leadership」だった。
「プログラムを通じて、オーセンティックな(正真正銘の、まがい物でない)リーダーシップとは何か?を徹底的に問われます。自分らしいリーダー像とは?を参加者一人ひとりが模索する。それは男女を問わない、ユニバーサルな問いでもあったと思います」
馬にはジェンダー・バイアスがない?
「馬は人間関係やヒエラルキーに非常に敏感であるため、経営者教育に適している」(トーゲル教授)という。
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プログラムは、事前に自身のキャリアや個人的な体験を振り返ることから始まる。
そうして強み、弱み、性格の傾向などの自己認識を深めた後、スイス・ローザンヌでの実地プログラムでは、講義、グループワーク、アウトドア・アクティビティ、コーチングなどが実施される。修了後には、オンラインでのフォローアップ・コーチングがある。
例えばあるセッションでは、馬場に連れて行かれ「手を使わずに、馬を歩かせ、駆け足で走らせる」という課題を出されたという。
「馬は人間関係やヒエラルキーにとても敏感ですが、ジェンダー・バイアスがないため、参加者は自分らしいリーダーシップ・スタイルを自然と見つけ出すことができます」(公式サイトの説明より)
また別のセッションでは、事前に録音した自分のスピーチを音声分析し、音声学的な見地から「パワー(権力)を感じる抑揚」について考えるものもあったという。
「声色を下げるなどという単なるアドバイスではなく、“説得力のある”話し方について科学的に教えてくれたので、とても納得感がありました」(小安さん)
「能力ある女性がいない」は馬鹿げてる
IMDの「Strategies for Leadership」のディレクターを務める、ギンカ・トーゲル教授。
撮影:西山里緒
なぜ「女性のみ」のリーダー育成プログラムを開講するのか?
プログラム・ディレクターであるギンカ・トーゲル教授は、女性がキャリアを積み、リーダーを目指す中で、女性特有の「障壁」を乗り越える必要があるからだ、と語る。
「IMDでの長い経験の中で男女混合のプログラムにも関わりましたが、びっくりするほど優秀な女性リーダーに多く接してきました。女性はリーダーに向いていない、能力のある女性がいない、という言説は、端的に間違っていると思います」
障壁の例として、トーゲル教授は「無意識のバイアス」を挙げる。
例えば、好戦的、野心がある、自信家など「リーダーらしい」とされる特性は、多くの場合「男性にとって望ましい」とされる特性と結びついている。他方、女性がこうした特性を職場で見せると「攻撃的、偉そう」などとネガティブに捉えられかねない。
「リーダーは男性的であるべき、という『無意識の(アンコンシャス)バイアス』も変えていく必要があります。そうすることで、女性だけでなく男性にとっても、働きやすい企業環境づくりができます」
フィンランドのサンナ・マリン首相は34歳で同国史上最年少の首相となった。
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こうしたバイアスを乗り越えている例として、フィンランド・デンマーク・ノルウェーなどの北欧諸国を同氏は挙げる。現在、これらの国の首相はいずれも女性だ。
フィンランドでは、35歳のサンナ・マリン首相が出産・育休を経験し、2020年には男女が取れる育児休暇の期間を同一にする方針を発表した。
「『能力のある(qualified)』と『経験値のある(experienced)』を分ける必要もあります。女性たちは単に、リーダーシップを必要とされる機会が与えられなかった可能性もあります」
15%以下の象徴(トークン)の罠
トーゲル教授の著書『女性が管理職になったら読む本』(ギンカ・トーゲル著/日本経済新聞出版社)を参考に、小安さんが作成したスライド。
画像:Will Lab
トーゲル教授はもう1点、女性限定のプログラムを続ける理由として、少数派になりやすい女性管理職は、リーダーシップを取るときに自分らしく振る舞いづらいという課題を挙げる。
「組織の中でマイノリティだと、その人は自分らしい発言がしづらくなることが、研究から分かっています。特に15%以下の時、その人を『トークン(象徴、目につきやすいもの)』と呼びます」
例えば、ある会議で女性が1人しかいなかった場合、周りの男性たちはその女性の発言に対して「これが“女性の”考え方だ」「これが“女性の”振る舞い方だ」などと、その女性の発言を一般化してとらえてしまう。
マジョリティ側がそう捉えることで、トークン(象徴)となる女性自身もプレッシャーを感じる。そうして自信をなくしたり、過度に慎重な行動をとるようになる。だからまず、女性のみという環境を設けることで、女性同士で悩みを打ち明けたり自己開示しやすくしたりする必要があるのだ、とトーゲル教授はいう。
リクルートジョブズで執行役員を務めた小安さんもまさにこうした経験があったそうだ。
「管理職をしていた時は自分に自信がなくて、自分はリーダーに向いていない、と思っていました。トークンという考え方は、目から鱗でした」
グループセッションでは、自分がどんな悩みを抱えているかを実名でさらけ出し、互いにアドバイスをし合うものもあったという。
「その時、世界的に有名な企業の女性リーダーたちが涙を流しながら『こんなことを言われた』と告白していて『私だけじゃなかったんだ!』と強く思いました」
実はこれは女性に限った話ではなく、例えば女性がマジョリティの場であれば(保育や看護の現場など)男性もトークンになり得るし、多数派の白人の中にいる有色人種などもトークンになりやすい、とトーゲル教授はいう。
ノルウェーは取締役会の女性比率を4割超に
ノルウェーでは2015年の時点で、女性役員比率が4割を超えている。
出典:内閣府「平成28年度 女性リーダー育成に向けた諸外国の取組に関する調査研究」より
科学的な知見に基づく、リーダーシップ教育。
IMDの先進的な取り組みとは裏腹に、日本では2020年までに指導的地位に占める女性の割合を30%にするという目標はあっさり反故にされた。
いまだに数値目標を掲げることに対する拒否反応も経営層には根強い。これに対し、トーゲル教授はノルウェーで導入された世界初の「企業のクオータ制法」を挙げる。
ノルウェーでは、2008年までに取締役会の4割超を女性にしない大企業(主に上場企業)は、会社解散も含めた罰則を与えられるという法律が施行された。しかし当時は「能力のある女性が見つからない」「株が暴落する」「ノルウェーから企業はいなくなる」などの激しい非難があったという。
「その後、何も悪いことは起こりませんでした。ノルウェーでは現在でも多くの上場企業の役員の4割が女性です。ノルウェー最大の銀行『DNB BANK』のCEOは女性で、取締役会も約半数が女性ですが、素晴らしい業績を残しています」(トーゲル教授)
欧州中央銀行(ECB)は2021年、EU加盟国の大手銀行の経営陣に、女性の登用をより促す指針案を発表した。こうした課題解決のためには法律の後押しも重要だ、と同氏は念を押した。
「女性管理職が抱える悩みは世界共通ですし、女性リーダー比率向上の機運はあらゆる国で起こっており、ある国が進んでいるかどうかは程度の問題に過ぎません。私は日本の変化についてもとてもオプティミスティック(楽観的)に捉えています。懸念があるとすれば、それはスピードです」(トーゲル教授)
(文、西山里緒)