政府が「酒の取引停止」の依頼撤回。“脅し”で失った信頼、揺らぐ緊急事態宣言の実効性

西村康稔経済再生担当相は辞任を否定している。

西村康稔経済再生担当相は辞任を否定している。

政府インターネットテレビ(左)、山尾志桜里事務所提供(右)

東京に4度目の緊急事態宣言が発出される中、内閣官房がコロナ対策として出した2つの「依頼」に批判が相次ぎ、いずれも数日で撤回に追い込まれた。第5波の到来も警戒される一方、「自粛」や「要請」を呼びかける政府への信頼が一層揺らぐ事態に陥っている。

いずれの「依頼」も緊急事態宣言・まん延防止等重点措置の下で、酒類の提供を続ける飲食店をめぐるものだった。十分な財政支援を伴わない要請であり、関係団体は「承服できない」と抗議。与党内からも批判が噴出した。野党からは法的根拠に拠らない「脅し」「圧力」に当たるのではとの指摘も出ている。

「法的根拠ない」指摘、内閣官房の2つの「依頼」とは……

1:「金融機関から飲食店へ遵守の働きかけを」→1日で撤回

内閣官房コロナ対策室が7月8日付で、各府省庁に出していた政府方針への協力を依頼する事務連絡の文書。

内閣官房コロナ対策室が7月8日付で、各府省庁に出していた政府方針への協力を依頼する事務連絡の文書。

撮影:吉川慧、山尾志桜里事務所提供

2つの依頼の内容について、まずは経緯をおさえておこう。

1つ目は7月8日付けで、発出元は西村担当相が所管する内閣官房の新型コロナ感染症対策推進室(コロナ対策室)。

酒類の提供を続ける飲食店に対し、飲食店に融資をする金融機関から酒類提供の停止要請を順守するよう働きかけてもらいたいと各府省庁から金融機関に依頼するよう内閣官房コロナ対策室が求める内容だった。

この方針は、西村担当相が8日の記者会見で表明したが「金融機関による優越的地位の濫用になるのでは」など、与野党から批判が噴出した。

9日午前、菅義偉首相は西村担当相の方針表明について「どういう発言をされたか承知していない」と述べていたが、午後になって加藤勝信官房長官が「方針撤回」を表明した。

こうした経緯から「政府内での“詰め”がなされないまま、西村担当相が独断で表明したものでは」という憶測も広がったが、国民民主党の山尾志桜里衆院議員が12日、内閣官房の依頼文書を公表。内閣官房のコロナ対策室だけではなく金融庁、財務省、経済産業省とも事前や調整や検討をしていたことが明らかになった

国民民主党の玉木雄一郎党首は「本来中小零細企業を助けるべき政府系金融機関も使って、ある種の脅しと締め付けを要請しようとしていたわけだ。しかも法的根拠はない」と批判している。

2:「酒販業者は酒提供する飲食店と取引停止を」→6日で撤回

内閣官房コロナ対策室と国税庁酒税課が7月8日付で、酒販事業者の団体に出していた政府方針への協力を依頼する事務連絡の文書。

内閣官房コロナ対策室と国税庁酒税課が7月8日付で、酒販事業者の団体に出していた政府方針への協力を依頼する事務連絡の文書。

撮影:吉川慧、山尾志桜里事務所提供

2つ目は同じく7月8日付けの依頼だが、発出元には内閣官房コロナ対策室に加えて国税庁酒税課も名を連ねている。

依頼先は「酒類中央団体協議会各組合」。つまり、飲食店などに酒類を販売する事業者の業界団体に向けたもの。

内容は、酒販業者に対し、酒類の提供停止に従わない飲食店には「酒類の取引を停止するようお願いします」と呼びかけるものだ。これも西村担当相が8日の新型コロナ対策分科会や記者会見で明らかにしていた。

これついても山尾氏は「法的根拠はありません」と指摘。そもそも、この依頼内容は資本主義・自由市場経済の大前提である契約の自由や、憲法が保証する営業の自由を脅かすおそれがあり、違憲の可能性も取り沙汰されている。

新型コロナ特措法5条では、コロナ対策について「国民の自由と権利に制限が加えられるとき」であっても「対策を実施するため必要最小限のものでなければならない」と定めている。

酒販事業者の団体向けの依頼連絡。酒類の提供停止に従わない飲食店とは「酒類の取引を停止するようお願いします」との文言がある。

酒販事業者の団体向けの依頼連絡。酒類の提供停止に従わない飲食店とは「酒類の取引を停止するようお願いします」との文言がある。

撮影:吉川慧、山尾志桜里事務所提供

政府は13日午前の時点で、「酒類の取引停止」の依頼を取り下げる方針はなかったようだ。麻生太郎財務相はこの日の会見で「卸先はいっぱいある。買う方だってどこから買ったっていい。やめますと言われたら他の所に変えればいいだけのこと」発言。強制力を伴わない要請として、撤回しない方針を示していた。

ただ、与党内からは「現場の事情をよく理解されていない発言だなと強く思いました」(自民党・森山裕国対委員長)など批判が出た。

こうした反応を受けて、政府は13日午後「酒類の取引停止」の依頼を正式に撤回した

加えて、酒類の取引停止の発出元の一つだった国税庁は13日、職員7人が新型コロナウイルスに感染したと発表した。NHKニュースによると、7人はいずれも東京都のまん延防止等重点措置期間中に3人以上が参加する飲み会に参加していたという。

酒販業者の団体「承服できない」「商慣習の常識から言っても困難」

「全国小売酒販組合中央会」が7月9日付けで発表した抗議声明。

「全国小売酒販組合中央会」が7月9日付けで発表した抗議声明。

全国小売酒販組合中央会

政府からの要請に怒りがにじむ抗議をしたのが、飲食店との板挟みとなった、飲食店に酒類を卸す酒販業者だ。

全国約5万軒の酒類小売業者が加盟する業界団体の一つ「全国小売酒販組合中央会」は9日付けで酒類の取引停止への抗議声明を発表した。

酒販業者もまた、コロナ禍で業績が悪化している。こうした中での「依頼」に、中央会側は抗議声明で「安心・ 安全な国民生活を取り戻すことに協力することは当然」としながらも、得意先からの注文を拒否することは長年培ってきたお客様との信頼関係を棄損する引き金となり得る」と指摘。

その上で「財政的支援が何ら担保されないまま、傘下組合員に一方的に協力を求めることは承服できない」「『酒類の取引停止』に対する補償もない中で毅然とした対応をとることは、商慣習の常識から言っても困難」と、政府に対して早急な見直しを求めていた。

西村担当相「閣僚会合で事務方が説明」と明かす

西村康稔経済再生担当相(2021年7月13日)

西村康稔経済再生担当相(2021年7月13日)

政府インターネットテレビ

西村担当相は13日の会見で、金融機関から飲食店へ酒提供停止については「何とか感染を抑えたい、できるだけ多くの方にご協力いただきたいという強い思いからではあったが、趣旨を十分に伝えきれず反省している」と述べ、融資を制限する趣旨ではなかったと釈明。辞任は否定した。

一方で西村担当相は金融機関などへの依頼や酒類取引停止について、菅首相も出席した官邸での関係閣僚間の会合(5大臣会合)で閣僚間の議論に入る前に事務方から感染状況などとともに説明がなされたと明かした。閣僚間では依頼についての議論はなかったと述べた。

ただ、そうなると9日朝に菅首相が述べた「発言を承知していない」という発言と齟齬があるのではという疑問が生じる。

加藤勝信官房長官は13日午前の会見で「『発言そのものを承知してない』ということを言われたと認識している」と釈明した。西村担当相も13日の会見で同様の内容を述べている。閣内で調整した内容だろう。

誰も止められなかったのか?

菅義偉首相(2021年7月8日)

菅義偉首相(2021年7月8日)

Nicolas Datiche/Getty Images

撤回されたとはいえ、飲食店を狙い撃ちするかのような政府方針が相次いで出されたことは飲食店側の心を折りかねない。

これまで要請を守ってきた店でも、今年に入って緊急事態宣言が相次いだことや、協力金の振り込みが遅れたことで追い詰められて“苦肉の営業”をする店もある。感染対策を施した上で、「お一人様」であれば酒を提供する店も出てきている。

そこへきて、今回批判が相次いだ政府方針をめぐる混乱だ。

第5波の到来が警戒される中、緊急事態宣言やまん延防止等重点措置の下で「自粛」「要請」を呼びかける政府への信頼が一層失われる事態を招いたことは、「最後の切り札」であるはずの緊急事態宣言のメッセージ性や実効性をさらに損なうおそれもある。

「違憲」の可能性も考えられると指摘の出るような方針に、そもそも最初からストップをかけることはできなかったのか。

立憲民主党、日本共産党、国民民主党の野党3党は4度目の緊急事態宣言に伴う事業者への新たな補償を議論するためにも、臨時国会の召集を求めている。

国会では14日、15日に内閣委員会で閉会中審査が開かれる。野党は西村担当相を追及する方針だ。

(文・吉川慧

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