先週の一部報道を経て、13日にグーグルの買収を公表したpring。
撮影:小山安博
決済・送金サービスのpring(プリン)をグーグルが買収することが正式発表された。
pringの大株主(持株比率45.3%)のメタップスは7月13日、同社が保有する全株式を譲渡すると公表した。プレスリリースによると、メタップス保有株のグーグルへの譲渡価額は49億2100万円。現時点でpringのサービスはそのまま継続されるという。
pringとは一体どんな会社で、グーグルは何を求めているのか。決済業界を追ってきた記者の目線で、その目論見を整理してみよう。
pringとは一体どんなサービスなのか
pringは、「お金のコミュニケーション」を標榜した決済・送金アプリを提供する日本のベンチャー企業だ。決済プラットフォームのメタップスの関連会社として、2017年に法人設立された。荻原充彦氏が社長を務めている。
pringの荻原充彦社長(2020年1月20日撮影)。
撮影:小山安博
設立にはみずほ銀行も関与しており、みずほ銀行による決済アプリ「J-Coin Pay」にもpringのソースコードが提供されているなどの関係がある。
pringは「スマホ決済」にも位置づけられるが、どちらかというと決済機能はメインの機能としては提供されていない。独自の加盟店開拓は早々に諦めており、JCBによる統一コード「Smart Code」に対応し、Smart Code加盟店でコード決済を行うのが基本の使い方だ。
pringが注力してきたのは「送金」に関連する機能だ。個人間送金では、メッセージと同時にチャージしたお金(バリュー)の送受信が可能で、毎月1回ながら銀行口座への出金が無料という点が特徴だ。
送金・決済には銀行口座を接続して残高をチャージすることが基本で、残高の払い出しも無料でできることから、銀行の送金機能の代替としても十分機能する。
Googleによる買収を知らせるpringの公式サイト。説明はこの一文にとどまっている。
撮影:編集部
そうした中で強化してきたのが法人向けの事業だった。
日本瓦斯(ニチガス)の検査員の報酬支払いや交通費・経費の精算、地方自治体のデジタル商品券などに送金プラットフォームを提供していた。法人の銀行振り込みに代わってpringのバリューを提供することで、送金企業側にとっては振込手数料のコストを削減できる。手数料は1件50円~となっており、銀行振り込みよりも安価だ。
そのため、送金企業側も「月1回の支払い」以外に、日払いや週払いといった柔軟な送金が可能になる。受け取ったユーザー側も任意のタイミングで出金することができるし、月1回ならば無料で出金できるため、必要なときには好きなタイミングで現金化することができる。
直近では、JCBと共同でクレジットカード加盟店に対するクレジットカードの売り上げ金振り込みを、pring経由にすることで毎日振り込む実証実験を、この7月1日から開始したばかりだ。クレジットカードの売り上げが毎日振り込まれることで、加盟店のキャッシュフロー改善に繋がるとみて、東京・武蔵小山商店街で実験を進めていた。
独自の「投げ銭」にも強み
pringの特徴の1つ、「投げ銭」機能。送金とともに、メッセージを送れるなどコミュニケーション機能も持っていた。
撮影:小山安博
こうした個人間送金、法人向け送金といったサービスに加え、いわゆる「投げ銭」機能も提供していた。pringのサービスにおける「チーム」機能の一環として提供されるもので、アイドルグループやサッカークラブのグループ(チーム)に参加して、そこでpring残高から「投げ銭」をすることで、そのチームを応援できるというものだ。
特に個人間の送金やチーム機能では、「コミュニケーション」を重視しているのが大きな特徴だ。送金時にはメッセージを入力し、そのままLINEなどのように会話を続けることもできる。pringの荻原充彦社長は過去に、「新しい時代の金融インフラとしたい」という目標を話しており、「お金のカジュアル化」をテーマに、誰もがお金に関して気兼ねなくコミュニケーションできるツールを目指していた。
まとめると、pringはコード決済としての存在感はPayPayやLINE Payほど高くはないが、法人向けのサービスやコミュニケーション機能など、決済における「独自の世界観」を作り上げつつあったと言える。だが、特に銀行口座への出金機能で手数料をpringが負担していて、当初月3回無料から1回に減らしたように、ユーザー数が増えるほどpring側にかかるコストが増大し、収益化という面ではチームや法人事業のさらなる強化が必要だった。
グーグルの狙い:Google Payへの送金機能の追加か
さて、今回の買収劇の最大の興味は、グーグルにとって、どんなメリットとシナジーが生み出せる買収なのか? ということだ。
グーグルの決済サービスとしては「Google Pay」がある。これはクレジットカードや電子マネーをAndroidスマートフォンに登録して、スマートフォンのタッチだけでリアル店舗で決済できるサービスだ。
日本では「おサイフケータイ」が先行したため、海外に比べて事情が特殊だが、iOS向けの「Apple Pay」と同様、スマートフォンでの決済サービスとして、グローバルで利用が拡大している。
アメリカでは、クレジットカードを登録するだけでなく、銀行口座を登録して支払いをすることもできる。加えて、一部の国では銀行口座やデビットカードを登録することで「送金」もできるようになっている。
筆者の見立てでは、この「送金機能」が、今回の買収のポイントではないかと見ている。
現在、日本版Google Payでは、まだ個人間送金の機能は提供できていない。これを実現するにあたって、pringの資産を活用することを狙ったのではないだろうか。
例えば、すでにpringは都市銀行、地方銀行、ネット銀行など50以上の金融機関と口座連携している。この連携を引き継げば、一気にGoogle Payと銀行が接続できる。
資金決済法などの法的対応も必要な可能性はあるが、Google Payとpringを連携させることで、Google Payでの送金機能の実現が近づく。また、iOS向けにもGoogle Payアプリは提供されているため、Androidユーザーは当然として、日本に半数近くいるiOSユーザーに対しても訴求できるため、利用者拡大に繋がるだろう。
もう少し掘り下げれば、アメリカ向けのGoogle Payアプリでは、メッセージとともに送金したり、グループ内でお金をやり取りしたり、企業との取引をしたり、といった機能が提供されている。先ほどのpringの特徴解説を見ればわかるように、この機能そのものが、実はpringに近い設計思想だ。
実際にpringの「技術」をどこまでGoogle Payに使うのかは未知数ながら、日本でもアメリカ同様のサービスを早期に提供しようとすれば、買収した事実と合わせて考えると、pringとの連携が効果的と判断したように見える。
Google Payによる国際送金は、もともと海外でも「Wise」やウェスタンユニオンを利用しており、日本でもサービスを開始しているWiseを活用することは考えられるだろう。今回のpringも、国内向けに同様の仕組みを構築するためのもの、とも考えられそうだ。
なお、pringとグーグルはともに、現時点で買収の事実は認めているものの、それ以上のコメントは避けている。両社がどういった戦略を描いているかは判然としない。買収によってGoogleが日本においてどのようなサービスを提供するのか、pringに新たな事業の展開があるのか、今後の動向が注目される。
(文・小山安博)