「まるで苦情窓口」向けられる住民からの不満……。疲弊する保健所、コロナ電話対応で7割が不眠症リスク

すでに1年半あまりも続いているコロナ禍という「災害」。

その中で尽力し続けている医療従事者たちへ感謝の気持ちを持っている人は少なくないだろう。

一方で、医療従事者と同じように心身を疲弊させながらも、なかなか陽の当たらない人々がいる。

保健所で働く職員だ。

保健所

単純には比較することはできないが、今回調査が実施された宮城県よりも同時期に更に感染が流行していたる東京や大阪等の都心部の職員は、さらにストレスが高かった可能性もある。

撮影:吉川慧

東北大学医学部で災害時のメンタルヘルスについて研究している臼倉瞳助教らは、宮城県の保健所職員を対象にアンケート調査を実施。

そこで見えてきたのは、保健所で「電話対応業務」に従事している職員のうち、調査に協力した約7割が不眠症状、約6割が心理的苦痛を感じているなど、想定していた以上に深刻な現場の様子だった。

「コロナの対応にあたっている医療従事者のメンルヘルスはこれまでにも調べられていました。それが参考値の1つだったのですが、保健所の職員を調査した結果には医療従事者と同等程度、あるいは少し上回るような指標もありました。想定よりも保健所職員のメンタルヘルスのリスクは高かった」(臼倉助教)

クラスター対策や陽性者の入院割り振り、ワクチン接種の管理など、保健所の業務は日本の感染対策における「要」だ。

ここが崩壊してしまうと、日本のコロナ対策は破綻する。

いったい何が保健所を疲弊させているのか。私たちができることは何なのか。

調査を主導した東北大学の臼倉瞳助教と富田博秋教授に、コロナ禍で起きているメンタルヘルスの課題を聞いた。

※この研究結果は、5月18日にAsian Journal of Psychiatryで報告された。

電話対応職員、約7割が不眠症。医療従事者のストレスに匹敵

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オンライン取材に応えてくれた東北大学で災害時のメンタルヘルスを研究する富田博秋教授(左上)と臼倉瞳助教(下)。

撮影:三ツ村崇志

今回、富田教授らが解析したのは、2020年の9〜11月にかけて回答があったもの。いわゆる第2波〜第3波に移行する過程で、当時は宮城県でも感染者が増加していく最中だった。

解析対象は宮城県内の保健所で「電話対応業務」に従事している職員のうち回答があった合計23人だ。

不眠症や心的外傷後ストレス反応(PTSR)、抑うつ症状など、メンタルヘルスのリスクを判定する一般的な指標(PHQ-9やGAD-7など)を使って記述式のアンケート調査を実施した。

調査の結果、それぞれの症状に関して「ハイリスク」と判断された割合は以下の通りだった。

「ハイリスク」と判断された割合

不眠症状:69.6%

心理的苦痛:56.5%

心的外傷後ストレス反応(PTSR):45.5%

抑うつ症状: 31.8%

不安症状:17.4%

飲酒問題:18.2%

臼倉助教によると、この結果はコロナ禍の最前線で治療にあたる、医療従事者に対する調査結果に匹敵しているという。

自治体の職員もまた「被災者の一人」

「以前から災害復旧・復興に従事している人は、メンタルヘルスへの影響を受けやすいことが知られていました」(富田教授)

阪神淡路大震災や東日本大震災をはじめ、日本は過去に何度も自然災害に見舞われてきた。

「阪神淡路大震災の際には、自衛隊や消防の到着や消火が遅れたことに対してバッシングがありました。ただ、救援に来られる方にも本来いろいろな事情や苦労があります。東日本大震災の頃にはそういった認知が広がり、自衛隊の方などに感謝するケースが増えていました」(富田教授)

消防員や自衛隊などは直接手助けをしてくれる分、事情が分かれば感謝もしやすい。しかし、災害時には直接的な支援以外にもサポートにあたっている人が大勢いる。

熱海・土石流

2021年7月3日に静岡県熱海市で発生した土石流災害の現場でも、多くの隊員が長時間に渡って救援活動をしている。(撮影:7月4日)

Getty Images/Yuichi Yamazaki

とりわけ行政職員は、避難所の運営や罹災証明書の発行など、復興をサポートするうえで非常に重要な業務を担う。ただし、それが行政として果たすべき役割でもあることから、支援というよりも本来なされるべき「サービス」として認識されやすい。

しかし、災害時は自治体の職員もまた「被災者の一人」のはずだ。

いくら事前に入念な準備をしていたとしても、突発的な災害では想定外の出来事が発生することは避けられない。これに加えて、被災者は災害現場の状況に混乱していたり、不安や不満を抱いていたりするケースが多い。

「そういった不満が窓口の行政職員に向けられてしまうことがあります。


過労にオーバーワーク、そして被災住民の方からの不平・不満の矢面に立つことで、行政の職員がストレスから心身に不調をきたし休職してしまう。これによって、復旧がさらに遅れるということが起こりやすいんです」(富田教授)

これでは悪循環だ。

残念ながら新型コロナウイルスへの対応では、この構図に近い状況が起こっているというわけだ。

コールセンター

新型コロナウイルスに関する電話対応で、心身ともに疲弊するケースは少なくない(写真はイメージです)。

Getty Images/Michael H

コロナ禍の初期、SNS上では「PCR検査を受けたいのに保健所から検査はできないと言われた」「保健所が病院を紹介してくれない」といった声があふれていた。

最近では、ワクチン接種予約に関する不満も多い。

「(コロナ禍では)それがコールセンターや窓口で電話対応をしている職員に向けられることが心配されていました。それもあって宮城県と話をして今回の調査を実施することになりました」

と、富田教授は調査の背景を語る。

業務が忙しすぎる人は回答できなかった可能性も…

コロナ病棟(横浜)

1年以上、最前線でCOVID-19の治療に当たる医療従事者の抱えるストレスは計り知れない。保健所の職員の中には、それに匹敵するストレスを感じている人もいるようだ。

REUTERS/Issei Kato

宮城県にある9カ所の保健所の職員の合計はおよそ240人(環境部門を除く)。

ただし、コロナ対応にあたって臨時職員の出入りもあり、電話対応業務にあたっていた正確な人数は把握できていない。

調査協力を要請をした段階では60人ほどから調査に協力する意思があると回答があったものの、承諾書を取り交わすなどの手続きの中で最終的に23人まで減少したという。

当初、回答の意向を示していた職員も多くいた中、最終的に回答を得られたのが23人に留まったことについて 、富田教授は、

「今回の調査では、手続きの過程で承諾書などのやりとりが必要となり、業務が忙しすぎる(ストレス過多な)調査対象者は調査から外れている可能性が高いと考えています」

と、バイアスがかかっている可能性はあるとしながらも、ある程度実態を反映した結果だとの見解を示す。

調査で見えてきた「保健所を蝕む三重苦」

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調査で抽出された、電話対応時の課題1。

出典:Usukura et al. (2021). なお、日本語訳は論文著者による。

調査では、自由記述方式で電話対応中に「辛かった点・困難を感じた点」もヒアリングされた。

ヒアリングの結果から、臼倉助教らは保健所の職員が抱える課題を、「相談者への対応の難しさ」(苦情等への対応を含む)「PCR 検査の要否や紹介先の判断の難しさ」「有事対応に伴う過重な業務体制」の3つに分類。

保健所の職員はコロナ禍で業務量が激増した上、自らが感染しないように、日々の生活でもとくに神経を遣うようになった。また、限られた医療資源をどう住民に割くか判断を強いられることから、自責の念なども抱きやすい環境にある。

こういったストレスは、最前線で治療にあたる医療従事者ともよく似ている。

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調査で抽出された、電話対応時の課題2。

出典:Usukura et al. (2021). なお、日本語訳は論文著者による。

加えて臼倉助教は

「相談電話をかけてきた方の不安や苛立ちなどをぶつけられてしまう。しかもその内容が理不尽であったり、電話を受けた職員1人では解決できないような体制上の問題だったりすることがあるようです」

と保健所の電話対応特有の課題を上げる。

行政のシステムに不備があるなら、それは正しく批判されるべきだろう。行政もそれを受け止める努力をすべきだ。

しかし、その批判が電話対応にあたる職員「個人」に向くのは違う話だ。

また、富田教授は日本特有の課題として次のような問題もあると指摘する。

「アメリカでは、緊急時には交代しながら業務を回していくマニュアルがあります。一方、日本の行政システムは、災害が起こった際には家にも帰らず一心不乱に働かざるを得ないようなシステムになっています。


その結果、災害後の行政職員の残業時間は100時間を越えるオーバーワーク状態となりがちで、メンタルヘルスも危機的な状態に陥りやすいんです」(富田教授)

東京では4度目の緊急事態宣言が発令され、住民の不安や不満は高まっている。

ワクチン接種というひとまずのゴールに無事たどり着くためにも、保健所の力は必要不可欠。私たちは、医療現場のひっ迫を懸念するのと同じように、保健所という最前線で業務にあたる人々に対する、想像力も持たなければならない。

(文・三ツ村崇志

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