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欧州中央銀行が18年ぶりに戦略見直し。キーワードは「気候変動」だが、一抹の懸念が…

欧州中央銀行(ECB)が18年ぶりに金融政策戦略の修正を発表(7月8日)したことが話題を呼んでいる。

過去1年半、ECBは「戦略見直し」と銘打ち、新たな時代に即した金融政策運営のあり方を再定義する作業に注力してきた。その成果がついに発表されたわけだ。

論点は多岐にわたるが、決定的に重要な論点は、物価目標の定義が修正されたこと。インフレ目標が引き上げられたと解釈され、メディアなどで多数報じられた。

「気候変動や脱炭素が持つ含意をフルに考慮していく」

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欧州中央銀行(ECB)のラガルド総裁。以前より執心していた金融政策運営への気候変動問題の論点組み込みを実現した。

REUTERS/Olivier Matthys

しかし、本稿で扱いたいのは、戦略見直しに際してもうひとつ注目された論点、気候変動問題だ。

気候変動が物価の安定にもたらす影響について、今後の政策運営で考慮していく姿勢を、ECBは今回の見直しを通じて明確化した。

2019年11月の着任以降(正確にはそれ以前から)、ラガルドECB総裁は、新たな戦略のもとで金融政策運営に気候変動問題の論点を盛り込む意思を示してきた。

戦略見直しに際して公表された文章には、「気候変動と持続可能性への熟慮は(見直し作業において)中心的な重要性を持った」という記述もあり、物価目標の定義と並ぶ重要課題であったことが示唆されている。

公表文をさらに読み進めると、気候変動問題が「物価安定に深い含意を持ち、これに対応することは国際課題であると同時に、欧州連合(EU)にとっても優先順位の高い政策である」「ユーロシステム(=ECBおよびユーロ圏の中央銀行)としては、気候変動や脱炭素が金融政策や中央銀行にとって持つ含意をフルに考慮していく」と言い切っている

極めつけに「ECB(の最高意思決定機関である)政策理事会は野心的な気候変動に関するアクションプラン(行動計画)にコミットしていく」とうたい、「金融政策の評価において、気候要因を包括的に勘案することに加え、政策理事会は情報公開、リスク評価、企業部門の資産購入そして担保枠組みといった金融政策上の枠組みにもそれを適用していく」という。

これはECBの現行の社債購入プログラムを修正し、グリーンボンド(=環境改善効果のある事業に要する資金を調達するための債券)などを積極購入することを指しているとみられる。

また、民間金融機関から受け入れる担保に関しても、グリーンボンドを優遇することなどが想定される。

気になる「気候変動アクションプラン」の中身

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ドイツ・フランクフルトの欧州中央銀行(ECB)本部。

REUTERS/Kai Pfaffenbach

今回の戦略見直しは、前出の公表文に包括的な内容が掲載されているが、それとは別に気候変動についての公表文が用意された。

そこでは、金融政策に気候変動問題の論点をいかにして織り込むのか、包括的なアクションプラン(行動計画)と野心的なロードマップが示されている。

以下では、アクションプランのほうを中心に詳しく見てみたい。今回の戦略見直しに関連する政策領域として、以下の6つが掲げられている。

(1)気候変動関連政策を考慮した新たなマクロモデルの構築

これまでにない論点を加味するので、分析ツールも刷新する必要がある。

その点について、ベネチアで開かれた気候変動関連の会議(7月11日)で、ラガルドECB総裁は「カーボンプライス(=二酸化炭素排出に応じて企業などに課される負担)を一般的な技術的想定に盛り込み、気候政策の影響を定期的に評価し、異常気象が短期的な生産とインフレ、そして潜在的生産の長期予想に与える影響に関するモデリングの改善を図る」と語っている。

したがって、これまでとは異なる金融政策の波及経路を想定することになる。

(2)気候変動リスクを分析するための統計データ作成

(1)であげた新たなモデルを構築し、推計を行うためには、これまでに使われなかったデータが当然必要になる。

そのため、環境配慮型の金融商品や金融機関の温室効果ガス排出量、気候変動リスクに対するエクスポージャー(=投資先の比率)など、気候変動関連のリスク分析に関連する統計データを作成する方針が示されている。

(3)担保や資産購入における適格用件について、サステナビリティ(持続可能性)にかかる情報開示を要求

今後、ECBが金融政策の運営において担保を受け入れたり、資産を購入したりする際には、その適格性をはかる要件として環境関連の論点が重視されることになる。

そのため、金融機関や企業には関連情報を開示してもらう必要があり、ECBもそれを要求していく姿勢になる。詳細の公表は2022年とされている。

(4)気候変動リスクに関するストレステストの実施と格付け機関への処置

EU域内の金融機関に対し、気候変動に関するストレステスト(=変化を受けた損失の度合いや損失回避策の有無などをあらかじめ評価しておくリスク管理手法)を2022年に開始する方針が示されている。

また、格付け機関についても、格付け決定に際して気候変動リスクをどのように組み込んでいるのか、情報開示を求める方針。

ラガルドECB総裁は、先述のベネチアでの国際会議で、「気候変動リスクがすでにあるいは近い将来、リスクプロフィールに重大な影響を及ぼすと、ほぼすべての銀行が気づいているにもかかわらず、体系的リスク評価手法を持つ金融機関は全体の20%にすぎない」と不満を漏らしている。

ECBは「気候変動リスクを正しく評価できているのか」という、より厳しい視線をもって域内の金融機関に接することになる。

(5)ユーロシステムの与信業務における担保枠組みに気候変動リスクを考慮

与信業務における担保の資産評価やリスク管理に気候変動リスクを勘案する。

それに加えて、環境関連の金融商品をめぐる市場の構造変化や技術革新を注視し、サステナビリティボンドなども担保として受け入れる態勢をECBとしてつくる。

(6)社債購入プログラムにおける気候変動関連基準の採用および購入配分の見直し

現行の社債購入プログラム(先述)に気候変動に関連した基準を組み込んだ上で、購入配分も修正することが示唆されている。2023年第1四半期(1~3月)までに、同プログラムにおける気候変動関連の情報開示をECBとして始めることが宣言されている。

やはり気になるのは「政治との距離感」

前節の6項目がアクションプランの主なポイントだ。非常に踏み込んだ記述が目立つが、懸念されることがいくつかある。

例えば、気候変動関連の政策を集中的に調整する部局として、2021年1月に「ECB気候変動センター」を新設するなど、関連分野への資源配分を厚くしているが、既存業務が手薄にならないのかといった懸念がある(ECBはもともとプロパースタッフが決して多くない)。

そしてそれ以上に気になるのは、以前の寄稿でも指摘した「政治との距離感」だ。

ECBは今回のアクションプランについて、EUにとって優先順位の高い気候変動対策に歩調を合わせた結果であることを隠そうとしない。実際、「EU政策と歩調を合わせる格好で」という記述が見られる。

ECBは公表文で「政治や議会が一義的な責任を負うものの、ECBも責務の範囲内で貢献すべき」といった趣旨の言及を行っている。

中央銀行としてのあるべき中立性に一応の配慮を見せた形だが、担保受け入れや資産購入で気候変動関連の判断基準を盛り込めば、企業の資源配分のあり方に中央銀行が介入することになる。それは一部の民間企業を差別することとも言える。

極端な話、中央銀行から支援を受けられないという理由で、民間銀行が環境意識の低い企業から積極的に貸し剝がし(=融資資金の回収)を行えば、経営に窮する企業が出てくるかもしれない

環境配慮が求められる世相を踏まえればやむをえないことで、「差別ではなく区別だ」という見方もあるかもしれない。しかし、不利益をこうむる企業からすれば差別以外の何物でもない。

本来的な役割である物価や景気の制御すらままならない状況のもとで、政治的な中立性に疑義を抱かれるリスクを冒してまで、中央銀行が気候変動対策に乗り出し、貴重な資源をそこに割く合理的な理由は何だろうか。

直感的には理解が難しいというのが、筆者の偽らざる本音だ。

※寄稿は個人的見解であり、所属組織とは無関係です。

(文・唐鎌大輔


唐鎌大輔(からかま・だいすけ):慶應義塾大学卒業後、日本貿易振興機構、日本経済研究センターを経て欧州委員会経済金融総局に出向。2008年10月からみずほコーポレート銀行(現・みずほ銀行)でチーフマーケット・エコノミストを務める。

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