今週も、早稲田大学ビジネススクールの入山章栄先生が経営理論を思考の軸にしてイシューを語ります。参考にするのは先生の著書『世界標準の経営理論』。ただし、本連載はこの本がなくても平易に読み通せます。
経済活動においても大きな力を持ち始めたZ世代。彼らの投資感覚や消費感覚には、上の世代には見られなかったある特徴があるようです。それはいったい? 入山先生が深掘りしていきます。
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株よりもスニーカーに投資する理由
こんにちは、入山章栄です。今回はBusiness Insider Japan編集部の小倉宏弥さんからの質問について、読者のみなさんと一緒に考えていきたいと思います。
BIJ編集部・小倉
海外ニュースによると、いま海外のZ世代で投資をする人が増えているそうです。ただし投資の対象は株などの金融商品だけでなく、例えば好きなアーティストが支持するものや、自分が気に入ったスニーカーやバッグ、あるいは仮想通貨やNFT(非代替性トークン)などのオルタナティブ資産に投資する傾向があるのだとか。
こういう投資観はZ世代に限ったことなのか、それともこれから世代を超えて広がっていくのか。入山先生はどうご覧になりますか?
たしかに最近の投資に関するニュースを見ていると、今までにない新しい動きが生まれているようですね。ゲーム感覚で簡単に投資できるアプリ「Robinhood(ロビンフッド)」がアメリカの若者の間で大人気だとか、ツイッター社のCEOであるジャック・ドーシーが、自身の初ツイートをNFTで競売にかけたところ、ものすごい高値で売れたとか。
さらに今、若者たちは自分が「いい感じ」だと思うスニーカーを買って、美術品や骨董品のように将来値上がりするのを期待するようになっているというわけですね。
実は僕は先日、建築家の谷尻誠さんと、某メディアの企画で自動車をテーマに対談しました。谷尻さんはポルシェ993のオーナー。もちろんポルシェが好きだから乗っているのですが、「持っていると価値が上がる」という理由もあるというのです。
クルマは一般的には乗っているうちに価値が減るものだと思われていますが、実はうまくメンテナンスしながら長期間保有すると、むしろ資産価値が上がるクルマも世の中には存在する。その典型がポルシェなんですね。
またわれわれ日本人は、家は買った瞬間から値下がりするものだと思っているでしょう。しかし海外では築年数は住宅の価格とあまり関係がないので、「この家はそのうち高く売れるかもしれない」という発想をします。だから手入れをしながら大事に住む。
そんなふうに、もともと海外の人たちには「資産感覚」というべきものがあった。そこへデジタルでさまざまなものに気軽に投資できる技術が登場したことで、スニーカーやバッグなどにも投資の対象が広がってきたのかもしれません。
BIJ編集部・小倉
そうですね。実はスニーカー自体もそうですが、スニーカーの関連株も上昇しているようです。ということはスニーカーというモノだけでなく、関連株を含めて、共感性が強いところに投資する動きが出てきているわけですね。
BIJ編集部・常盤
共感できるところにお金を使うというのが、ミレニアル世代やZ世代の大きな特徴かもしれません。つまり「消費とは資本主義における投票行動である」という考えが、上の世代よりも強い。
逆もしかりで、「この会社にはまったく共感できない」となると、不買運動をしたりすることにも積極的です。
はい、興味深いですよね。僕は若い世代が「消費=投票」だと考えるようになった背景には、SNSなどを通じて、価値観が似た人とつながりやすくなったことが関係しているのではと考えています。
2021年の年初にアメリカの若者たちが、投資アプリ「ロビンフッド」を使って、ある作戦を実行に移したことがありました。
「自分たちが小さいころ遊んだゲームストップ(Gamestop)社の株が、ヘッジファンドによって空売りされている。このヘッジファンドをこらしめようじゃないか」という計画がインターネットの掲示板で持ち上がり、皆で示し合わせてゲームストップ社の株をロビンフッドで一斉に買ったのです。
これが思った以上に破壊力があって、そのヘッジファンドは損切りせざるを得なくなったという事件がありました。
つまり超大企業は無理だとしても、そこそこの時価総額の企業なら、ロビンフッドが影響を与えてしまうことが明らかになった。これは世界中がデジタルで急速につながりだしたことで、われわれ一人ひとりが意見を表明し、それを多くの人たちと共有することで、パワーを行使できるようになったことの証左ではないかと思います。
つい最近も、「中国の新疆ウイグル自治区で強制労働によって栽培された綿花を原料に使った服は買わない」という運動が起きました。この運動が起きたのが何年か前であれば、ここまでナイキやユニクロが巻き込まれることはなかったと思います。しかし今はそれだけ一般の人の意見が影響力を持つようになった。それだけ民のほうにパワーが移ってきているということかもしれません。
お金より時間のほうが価値が高くなっている
お金の使い方に関して言えば、僕が最近、面白いと思っていることが2つあります。1つは、いわゆる「限界費用ゼロ社会」になってきたことで、人々のお金に対する感覚が変わってきたことです。
つまり十数年前までは、豊かで楽しい生活を過ごすには、お金を払わなければならなかった。しかし今は、いろいろなものがタダで手に入るわけですね。例えばYouTubeにはゼロ円で面白い動画が数え切れないほど揃っている。また、昔は世の中で起きていることを知るには、毎月何千円か払って新聞を購読する必要があったけれど、今は無料記事がネットメディアで読める。
こんなふうに限界費用ゼロ社会に近づくにつれ、特にZ世代にとってはお金があまり大事なものではなくなってきたのではないか。だっていざとなれば、一日中YouTubeを見てそれなりに楽しく過ごせるでしょう。
そうすると、より「限られている」と感じるのは時間のほうです。お金が大事でなければ、人は、限られた時間の中で自分が本当に楽しめるものだけを楽しみたいと思うようになる。つまらないことや共感できないことには時間を割きたくなくなるわけです。要するに「時間>お金」になってきたわけですね。読者のみなさんはどうでしょうか。
BIJ編集部・常盤
実は私も最近、「つまらないことに時間を費やすのは時間がもったいない」という声を複数の学生さんから聞いたばかりです。私が学生のころは時間を持て余していたものですが。
今は楽しい選択肢がいっぱいあって、どれもゼロ円だからですよ。だからお金の価値が下がって、時間のほうが大事になっている。
ということは、お金に換算できない豊かさが増えているとも言えます。経済学ではそういう考え方が最近出てきていて、「消費者余剰」と呼ばれる消費者の幸福度は、実はわれわれが思うよりも増えているのではないかという見方があります。なぜならゼロ円でいろいろなものが楽しめますからね。
実はGDPなどで計測される以上に、われわれ消費者の豊かさは増えているのかもしれません。そう考えると、なかなか悪くない時代になってきたと言えますね。
「消費」から「応援」へ
もう1つの変化は、お金の使い方が「消費」から「応援」になってきていることです。
以前は「同じ値段なら費用対効果のいいものを選ぶ」というのがお金を使うときの常識だったけれど、この限界費用ゼロの時代の若者には、そういう感覚はすでに終わっているわけです。今のZ世代以下は「お金は共感生の高いものに対する応援のために使おう」という感覚があるのではないでしょうか。
BIJ編集部・常盤
その感覚は分かります。私も最近、いいものを生み出すクリエイターさんを応援したくて、LINEの「クリエイターズ・スタンプ」を買ったり、「Creema(クリーマ)」というサイトで服を買ったりするようになりました。
BIJ編集部・小倉
僕も年々そうなってきていますね。コロナ禍で困っている知り合いの飲食店を一日ごとに回って弁当を買ったりしています。
いまの小倉さんの話で思い出しましたが、安室奈美恵さんの「Hero」などで有名な音楽プロデューサーの今井了介さんという方が、僕のラジオ番組に出てくださったことがあります。
今井さんは「ごちめし」「さきめし」「びずめし」というサービスも運営していて、その中の「さきめし」というのは、「今はコロナで食事に行けないけれど、食事チケットを買うことで、レストランを応援する」という仕組み。これがすごく人気があるそうですよ。
BIJ編集部・小倉
ということは、Business Insider Japanも読者から応援されるメディアにならないといけませんね。われわれも記事を読んでもらって終わりではなく、Business Insider Japanを好きと言ってくださる読者を増やす努力をしないとね、という話を編集部内で毎日のようにしています。
そういう意味では、この連載の取材の音声を公開しているのはいいことですね。「ああ、こういう人たちが、こういう想いでBusiness Insider Japanをつくっているんだ」と分かってもらえますから。普段は記事だけ読んで音声は聞いたことがないという方も、ぜひ一度、音声バージョンを聞いてみていただければと思います。
【音声フルバージョンの試聴はこちら】(再生時間:28分00秒)※クリックすると音声が流れます
(構成:長山清子、撮影:今村拓馬、連載ロゴデザイン:星野美緒、編集・音声編集:常盤亜由子)
入山章栄:早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)教授。慶應義塾大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科修士課程修了。三菱総合研究所に勤務した後、2008年に米ピッツバーグ大学経営大学院よりPh.D.を取得。同年より米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクールアシスタントプロフェッサー。2013年より早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)准教授。2019年から現職。著書に『世界の経営学者はいま何を考えているのか』『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』『世界標準の経営理論』など。