ウーバーイーツ配達員のような個人事業主を救済する制度が次々と実現されている諸外国。日本はどうだろうか?
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インターネット上のプラットフォームサービスを経由して単発の仕事を請け負うギグワーカーや業務委託などで働く自営業者がコロナ禍で世界的に増加している。
各国では普通の労働者に比べて賃金など社会保障が脆弱な人たちを救済するためにプラットフォーム事業者や発注者の責任や負担を明確にする判決や法改正、あるいは新制度の創設の動きが急ピッチで進んでいる。
しかし、日本では逆行する現象が起きている。コロナ禍の在宅需要で急増しているフードデリバリーの配達員が労災保険に加入できることが6月、厚生労働省の審議会で決まった。
ウーバーなど配達員自ら労災保険料支払うことに
最大手のウーバーイーツをはじめ配達員の多くが自転車や原付バイクを使っているが、利用者に早く届けるためにスピードを出すなど事故のリスクは高い。治療費だけではなく、仕事を休んだときの休業補償も受けられる労災保険に加入できるのは朗報だろう。
ただし、それはあくまで一般の会社員やアルバイトのように雇い主が労災保険料を全額払ってくれた場合である。本来、労災保険はアルバイトを一人でも雇っている事業主は加入義務があり、保険料も事業主が全額支払わなくてはならない。
ところが、今回のフードデリバリー配達員の労災保険への加入は、危険な仕事に従事している個人事業主に認められた任意の「特別加入」だ。
特別加入だと、働き手が自ら保険料を支払わないといけない。これまで建設業の一人親方や個人タクシーの運転手などが加入している。
支払う保険料も決して安くはない。労災補償の「給付基礎日額」を1万円に設定した場合(任意)、ケガなどで20日間休業した場合、治療費のほかに、計13万6000円の休業保障が受けられる。
これに対して支払う保険料は仕事の危険度で保険料率が異なるが、「飲食宅配代行業」の年間保険料は4万3800円に設定される(『朝日新聞』2021年6月19日付朝刊)。この保険料を支払うウーバーイーツの配達員はどれだけいるのだろうか。
あらゆる社会保険料免れるビジネスモデル
一般的なフリーランスとウーバーイーツの配達員は雇用形態が異なる。同様に労災保険の加入を認めても、働き手の負担になるだけだ。
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そもそも今回の配達員の労災保険の特別加入は政府のフリーランス拡大策の延長にある。政府の「成長戦略実行計画」(2020年7月17日閣議決定)でフリーランスやギグエコノミーの拡大をうたい、フリーランスの保護策として「労働者災害補償保険のさらなる活用を図るための特別加入制度の対象拡大等について検討する」としていた。
しかし、その実態は一般の労働者は保険料の事業主全額負担にもかかわらず、配達員は自腹で保護しろ、と言っているようなものだ。
言うまでもなくウーバーイーツなどのプラットフォームビジネスは、働き手を個人事業主と位置づけて活用することで、直接雇用にともなう労働保険料(労災保険料、雇用保険料)や社会保険料(公的年金保険料、医療保険料)などの支払いを免れるメリットを享受するビジネスである。
今回の労災保険の特別加入はプラットフォーマーの利益を温存させたまま、働き手に負担を強いるものであり、プラットフォーマーに相応の負担を求める欧米の動きとは逆行していると言わざるを得ない。
労政審へ働きかけたフードデリバリー協会とは?
実は労災保険の特別加入制度を設けるには、業界団体が関与する労災保険組合を設置する必要がある。それに向けて積極的に動いたのが、ウーバーイーツも加盟する日本フードデリバリーサービス協会だ。
2021年5月14日。特別加入を審議する厚生労働省の労働政策審議会で日本フードデリバリーサービス協会がプレゼンを行っている。プレゼン資料(「フードデリバリー配達員への労災保険特別加入適用について」)によると、同協会は2021年2月に設立。会員企業はウーバーイーツ、出前館、menuなど13社。
代表理事は元農林水産事務次官の末松弘行氏、理事にはUber Eats Japan合同会社日本代表の武藤友木子氏も名前を連ねている。
そして労災保険の特別加入の運営については、協会が「フードデリバリー配達員労災保険組合」(仮称)を設立し、既存の労災保険組合に業務委託する案などが示されている。
そして特別加入のメリットとしてこう述べている。
「労働ができない場合の休業補償給付、障害が残った場合の障害補償給付、万が一死亡した場合の遺族に対する遺族補償給付などを受けることができ、また、配達中以外の業務災害についても補償対象となるなど、従来利用可能であった民間保険より保障範囲が拡大される」
事業会社の責任には一切、触れず
労災が多い配達員事業なのにも関わらず、事業主であるプラットフォームが責任を取らないのはなぜだろうか?(写真はイメージです)
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しかし、肝心の事業会社の労災保険料を含む費用負担には一切触れていない。
この点に関しては厚労省の審議会の委員からも「自転車配達員について、保険料負担は請負契約の中で安全経費として上乗せして、配達員が実質的に負担しなくてもよい仕組みにする考え方もあるのではないか」という意見も出されている(第97回労災保険部会資料)。
ちなみに委員からは配達員に関してこんな疑義も出されている。
「自転車配達員が事故に遭ったとき、特別加入団体を通じて、プラットフォームがその事実を把握することとなるのか。事故に遭い保険を適用すると警告が出てアカウントが停止されることもあると聞く。労災を申請することで配達員に不利益が生じる仕組みがあると申請しなくなる。セーフティネットのあり方としていかがか」
この問題については、本連載でもウーバーイーツの配達員が事故報告をするとアカウントが停止される可能性があることを指摘しているが、仮に労災保険に特別加入しても同様の事態になる可能性もある。もっともな疑念だろう。
中途半端なセーフティネットの可能性
いずれにしても配達員の労災保険の特別加入制度は、事業会社のふところが痛まない一方、自ら保険料を支払って加入する配達員が増えないとすれば、中途半端なセーフティネットに終わる可能性がある。
実はウーバーイーツの配達員で組織するウーバーイーツユニオンは労災保険の特別加入については「保険料を個人事業主が負担するのはハードルが高い」として反対してきた。ウーバーイーツユニオンの代理人の川上資人弁護士もこう指摘する。
「特別加入は自腹で保険料を払うが、それで済ませようとするのは間違っている。ウーバーイーツは配達員が依頼を受けて利用者に届けることで利益を得ている。その過程で事故に遭えば、当然会社の負担で保障するべきだろう。
労災保険制度はもともと、企業の事業活動に労働力を提供している労働者が業務遂行中に事故などの被害を受けた場合は、その労働力を利用して利益を得ている企業が労働災害の補償義務を負うという制度だ。
特別加入ではなく、ウーバーイーツのような労働力を確保して事業を行う企業が、保険料を事業主負担する形で労災保険の適用拡大を行うべきだ」
配達員は「労働者」ではない?
自由度があるフードデリバリー配達員が、労働基準法の「労働者」の定義に当てはまるのかも懸念点だ。
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配達員を本来の労災保険に加入させるべきだという主張であるが、ネックとなっているのが日本の労働者の定義だ。
労働基準法上の労働者の定義が、労災保険法や労働安全衛生法、最低賃金法、雇用保険法などの法律に紐付いている。しかし、労基法の労働者とは「職業の種類を問わず、事業または事業所に……使用される者で、賃金を支払われる者」(9条)と書かれているだけで、曖昧で予見可能性に欠けると言われてきた。
「自分は業務委託契約で働かされているが、本当は労働者ではないか」と思っても、多くは訴訟を起こして争う裁判任せにされてきた経緯がある。
現在の法解釈では(1)実質的に発注事業者の指揮監督下で働いているか、(2)報酬の労務対償性があるか、(3)機械・器具の負担関係や報酬の額の観点から見て事業者性がないか、(
4)専属性があるか —— の4つの観点から労働者の有無を総合的に判断している。
ウーバーイーツの専属の配達員の場合は微妙である。配達依頼を受けるかどうかの自由はあるが、拒否回数が増えると警告がいく場合もあるので、裁判で争点になる可能性もある。
いずれにしても日本では法律の労働者の曖昧な規定と法解釈が存在する以上、増え続けるフリーランスやプラットフォームを通じて働く「雇用類似の就業者」を救済するのは難しい。
欧米ではプラットフォーム就業者を救済するために、実態に即した労働法の整備や柔軟な解釈による判決による保護も進んでいる。日本でも保護の内容に応じて個別の法律ごとに労働者を定義することがあってもよいだろう。
前出の川上弁護士はこう指摘する。
「労基法上の労働者の定義と労災保険法上の労働者の定義と連動させる必要はない。具体的には労災保険法を改正し、対象者を『労務を提供し、その対価を得ている者』という条文を新設すれば、事業者性がなく、体一つで労働力を提供しているフリーランスも労災保険の対象になる」
(文・溝上憲文)
溝上憲文:1958年鹿児島県生まれ。人事ジャーナリスト。明治大学卒。月刊誌、週刊誌記者などを経て、独立。新聞、雑誌などで経営、人事、雇用、賃金、年金問題を中心テーマに執筆。『非情の常時リストラ』(文春新書)で2013年度日本労働ペンクラブ賞受賞。主な著書に『隣りの成果主義』『超・学歴社会』『「いらない社員」はこう決まる』『マタニティハラスメント』『辞めたくても、辞められない!』『2016年残業代がゼロになる』『人事部はここを見ている!』『人事評価の裏ルール』など。