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中国最大の配車サービス「DiDi(滴滴出行)」が、上場直後に当局の審査・処分を受け、激震が走っている。そのタイミングや状況は昨年11月のアント・グループの上場延期とその後のアリババグループへの処分と共通点が多く、アントの事例と比較すれば想定される着地点も見えてくる。(前回から続く)
共通点1:その年最大規模のIPO案件
2012年にサービスを始めたDiDiは中国の配車サービス市場で9割超のシェアを握る。
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アント・グループもDiDiも、上場前はお祭りムードだった。世界のユニコーン企業の中でDiDiの評価額はバイトダンスに次ぐ2位。アントは設立から10年以上経っているため、ユニコーンの定義から外れているが、評価額はバイトダンスを上回る。
DiDiは2021年最大規模、そしてアントに至っては史上最大規模のIPOと注目され、上場によって多数のビリオネアが誕生すると注目されていた。
結局、アントは上場2日前に当局の指導を受けて上場延期、DiDiは上場2日後に当局の審査が発表されお祭りムードは一気にしぼんだが、頭上にあった「暗雲」には海外メディアも含め、直前までどこも触れていなかった。
共通点2:市場の支配者
アント・グループの親会社であるアリババグループとDiDiは共に、主力事業を営む市場で支配的な地位にある。
アリババはEC業界で新興勢力から追い上げを受け苦しんでいるが、数字だけを見ると多くの指標でなお市場の過半数を握っており、当局は今年4月、支配的地位を認定した。
DiDiは、業界首位・2位の企業が合併した後、Uberの中国事業も吸収し、9割以上のシェアを握っている。アリババは当局の調査に対し、支配的地位にないことを主張したが、DiDiの場合は反論の余地もないだろう。
共通点3:法整備の大詰め
アリババはアントの上場延期から1カ月後の昨年12月に独占禁止法違反で調査を受け、今年4月、182億2800万元(約3100億円)の罰金を科された。当局の処分決定書では、アリババの支配的地位を認めた根拠、違法行為の具体例、さらに罰金の相場観(同ケースでは2019年の売り上げの4%だった)が示された。
独占禁止法はプラットフォーマーを対象に入れるために改正作業が進んでおり、昨年秋ごろはパブリックコメントの募集中だった。つまり、アリババへの処罰はプラットフォーマーにとって一つの「判例」となったわけだ。
対してDiDiは「サイバーセキュリティ法」違反で調査を受けている。同法は2017年6月に施行されたが、これと対になるのが、今年6月に成立し9月1日に施行される「データセキュリティ法」だ。どちらもインターネットの安全保障の基準法で、公共の利益、個人や組織の合法的利益だけでなく国家の利益を侵害した企業も罰則の対象となる。サイバーセキュリティ法、データセキュリティ法ともに、中国で事業を行う海外企業も適用対象だが、どのような行為が罰せられるのか具体的条件はあいまいだ。
DiDiへの審査・処分はサイバーセキュリティ法違反の最初の大規模案件としても注目されている。当局が詳細を明らかにすれば、アリババと同じように「判例」になるだろう。
共通点4:国民の不満
DiDiは一強体制を築いた2016年ごろから、値上げやサービスの低下が批判されていたが、他の選択肢がないため、消費者は利用を継続せざるを得なかった。2018年には契約ドライバーによる乗客殺害が2回発生し、安全軽視の姿勢が浮き彫りとなり行政処分を受けた。その後、DiDiはガバナンスの見直しや社会貢献活動に懸命に取り組んでいるが、企業イメージは回復していない。
アリババは中国のビジネスに革命を起こし、国際的地位の向上に貢献した先駆者だったが、近年は下請けいじめや消費者に対する不誠実な行為もクローズアップされ、文字通り「独裁者」の印象が強まっていた。創業者ジャック・マーの金融行政を批判するスピーチが、アント上場延期の原因とよく言われているが、引き金というより「とどめ」と言った方が正確だろう。
消費者の「代弁者」として企業締め付け
この4点から見えるのは、中国政府が金融やデータ管理の主導権をプラットフォーマーから取り戻すため、「最良の」タイミングを見極めつつ処分に動いていることだ。
DiDiと一緒に調査を受けているトラックマッチングアプリの満幇集団はやはり業界トップ2社が合併して圧倒的強者になって以降、荷主・運転手の双方に対して手数料を新設し、ユーザーの不満が高まっていた。
人材マッチングのBOSS直聘は、企業をつるし上げる名物番組「315晩会」で今年3月、ユーザーの履歴書をブラックマーケットに横流ししていることが暴露され、炎上した。
3社とも市場の支配力やデータを使って消費者や取引先の権利を侵害している一面がかねてから指摘されており、調査や処分に国民の理解を得られやすい。この点はアリババも同じだった。
今年の「315晩会」は他にも、顔認証カメラを店内に仕掛け、来客者の情報を無断収集している有名企業がやり玉に挙げられた。放映後、消費者がかなり怒っていたので、中国通の日本人の間では「中国人って個人情報抜かれることに無頓着だと思ってたけど、怒るんだな」と話題になった。
アリババは今年4月、独禁法違反で巨額の罰金を命じられた。
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いずれにせよ、強い立場のプラットフォーマーがデータを抱え込むことに、国民は以前よりは拒否感を持つようになっている。政府は国民感情をうまく醸成し、乗っかっているわけだ。
アリババへの独禁法処分のように、当局がDiDiを調査・処分することには不透明な部分の多いサイバーセキュリティ法やデータセキュリティ法の適用基準を明確にし、企業を牽制する意図もあるだろう。
当局は独禁法違反についても、IT企業を片っ端から処分している。今月8日には、過去のM&Aを届け出なかったとしてアリババ、DiDi、テンセントなどが50万元(約850万円)の罰金を科され、これまでトヨタ自動車、ソフトバンクグループ、三菱重工も巻き込まれる形で処分を受けた。
アリババやその他の企業への独禁法の適用から推測すると、DiDiは数カ月内にかなりの額の罰金を科されるだろう。また、一部事業は見直しを命じられるかもしれない(実際、DiDiは既に25アプリの削除を命じられている)。ユーザーデータを持っている他の企業も次々に処分対象となるだろうし、その中に日本企業が複数含まれていても不思議はない。
消費者の不満を印籠に、最も注目されるタイミングで強い企業を叩く。その強権が長期的には自国の新興産業の足かせになりうるとしても、「共産党の基盤安定」を優先する政府の姿勢は、全く揺るがないようだ。
TikTokを運営するバイトダンスの創業者、張一鳴CEOは年内でCEOを退任する。トランプ大統領から目の敵にされるほどのアプリを生み出した彼が30代でトップから身を引くことは、政治に翻弄される現状に疲弊したとも、共産党を怒らせたジャック・マー氏を他山の石にしたとも言われる。
グローバルで戦える力を付けた中国のIT企業は、データ管理を巡って米中政府の板挟みになり、政府との距離感に悩む状況は今後も続くだろう。
浦上早苗: 経済ジャーナリスト、法政大学MBA実務家講師、英語・中国語翻訳者。早稲田大学政治経済学部卒。西日本新聞社(12年半)を経て、中国・大連に国費博士留学(経営学)および少数民族向けの大学で講師のため6年滞在。最新刊「新型コロナ VS 中国14億人」。未婚の母歴13年、42歳にして子連れ初婚。