2021年6月、育児・介護休業法の改正法が衆議院本会議で成立しました。2022年10月からは「産後パパ育休」がスタートし、男性が育児休業を取得しやすくなる環境が整いつつあります。
これまで、男性の育休取得率は低水準ににとどまり、取得したとしても1週間以内などの短期取得が7割を占めていました。けれど法改正の後押しや職場での理解の深まりもあって、これから男性の育休取得がますます拡大しそうですね。
(出所)厚生労働省「『令和3年度雇用均等基本調査』の結果概要」p.22をもとに編集部作成。
実際、私の周囲にも「積極的に育児に関わりたい」と考える男性は増えていると感じます。
しかし喜ばしい反面、悩みも生まれます。
「育休を取る間、自分の担当業務をどうするのか」「育休をとってブランクができたら、自分のキャリアはどうなるのか」——これまでは女性特有のものだったこんな不安や悩みを、男性も抱えることになるでしょう。
そこで今回は、これから育休を取得する可能性がある男性ビジネスパーソンの皆さんに向けて、育休取得にあたって心得ておいていただきたいことをお伝えします。
実は、男性が「育休取得」を機に転職するケースも少なくありません。皆さんがなぜそのような道を選択肢しているのかについてもお話しします。
男性の育休取得の“落とし穴”
同じ「育休取得」でも、そこへの向き合い方は、男性と女性では大きく異なります。
女性は妊娠が分かった時点、あるいは安定期に入った時点など、実際に育休に入る何カ月も前に会社に伝え、会社と一緒に計画を立てていきます。
育休に入る日までに、業務を引き継いだり、後任者を育てておいたりすることも可能です。
ところが男性の場合、「取ろうかな、取るのやめようかな」と、出産直前まで決められない人も。出産が現実味を帯び、ようやく取る決意をして会社に報告をするものの、突然なので会社側も慌てる……なんてことも少なくありません。
つまり、準備不足によって周囲に迷惑をかけてしまうのです。
育休を取れば、当然ながら、その期間中の業務を肩代わりする人が必要になりますよね。同僚や上司に負担をかけることは避けられません。
負担する側——特に独身者や既婚でも子どもがいない人は不公平感を抱くことも。ただでさえ負担が大きいのに、しかもそれを「突然」振られたとなれば、不満は増すでしょう。
「不公平感」とは、人間関係にマイナス影響を及ぼすものですから注意が必要。
育休中の自分の仕事をフォローすることになる人に対し、くれぐれも配慮を怠らないようにしましょう。
とにかく、なるべく早い段階で相談することが大切です。
「1カ月」では不足。育休を機に転職する人も
では、どのくらいの期間、育休を取るか。
これまでは「1週間以内」の取得者が多いようですし、今後も「1~2週間」を想定する人は多いでしょう。
しかし、1~2週間の育児体験でできること、認識できることなんて限られています。もちろんまったく取得しないよりははるかによいでしょうが、効果は薄いと私は考えます。
「1週間だけ」「2週間だけ」とわりと近いところにゴールがあれば、どんなにしんどくても「あと◯日辛抱すれば解放される」と思えて乗り切れてしまいます。しかし実際の育児には、エンドレスで終わりが見えないという辛さがあります。
1~2週間の育児体験は言うなれば「新入社員のオリエンテーション」のようなもので、部署を1週間ごとに回って職場体験するのと同じくらいのライト感覚でしかないでしょう。
では「1カ月」であればいいかというと、そうでもありません。
十分余裕がある期間に見えますが、本気で育児に向き合うのであれば、1カ月では足りません(2児の母として断言します)。
妻がどれだけ過酷な状態にあるかを理解するには、少なくとも子どもがようやく昼と夜の区別がつき始める頃(だいたい生後3カ月〜)までは、夜間授乳も含めて夫もひととおり体験してみないと分からないと思うからです。
男性側も、初期の頃から育児の過酷さをリアリティを持って理解できるかどうかが、その後のパートナー関係に大きく影響すると感じます。出産後のカップルによく起こりがちな「産後クライシス」は、かなりの部分、この生後間もない時期の男性の育児コミットメント度合いで決まるのではないでしょうか。
また、乳児期の成長は目まぐるしいです。この瞬間に当事者として関わらないのは本当にもったいない。父親としての自覚を持つうえでも重要な時期と考えます。
それに、「1カ月」という期間は、実は会社側にとっても悩ましい長さなのです。
1~2週間であれば、ゴールが見えている分、人材の追加補充なしに上司や同僚など現有のメンバーだけでもなんとか乗り切れそうですが、これが1カ月続くとなるとかなりキツい。かといって、新しい後任者を手配するほどの長さでもありませんから。
「3カ月~半年」。
可能であれば、せめてこれくらいの期間を取ることをお勧めしたいです。
とはいえ、3カ月~半年も育休を取るとなると、「育休から復帰した時、元の場所に戻れるのか」「会社に居場所がなくなるのではないか」なんて不安を抱く人もいらっしゃるでしょう。
そこで発想を転換し、育休取得を機に転職する人もいます。
妻の出産のタイミングに合わせて退職し、3カ月~半年間は育児に集中。その後、新しい会社に入社する想定で転職活動をするという人も、実は珍しくありません。
ただしこの場合、育休手当の支給は受けられなくなるため、代わりに失業手当を受けながら一定期間、育児生活を送ることになります。
育休取得はキャリアにもプラス
子どもの誕生を機に転職する場合、実際には、3カ月ほどの育休(この場合、正確には育児「休業」ではありませんが)を経て、新しい会社に転職するケースが中心です。
私の知るかぎり、次の会社に転職する前に3カ月ほど育児に専念する期間を設けた方は、皆さん口々に「本当に良かった」とおっしゃいます。
「妻がどんなに大変か、よく分かった」
「上の子の世話もあるので、自分がいることで妻の負担はかなり軽減できたようだ」
……と。「夫婦の関係が良くなった」という声が多く聞こえてきます。
そして、育休を取るメリットは、夫婦が適切に協力し合えるようになるだけではありません。「キャリア」においてもプラスの効果があると、私は考えています。
これまでがむしゃらに走り続けてきたキャリアを、いったん立ち止まって見つめ直す機会になるからです。
私自身も2回の出産を経験しましたが、その時にキャリアを見つめ直し、選択した道が今につながっています。
もちろん、当時は不安もありました。これまで築いてきたキャリアが崩れ寸断されるかもしれない、と。しかし、「出産・育休」は、それまで全力で走り続けてきた足を止め、強制的に考えさせられる機会になりました。この機会があったことで、これからの生き方にしっかりと向き合えたのです。
「男性にはこういうチャンスがなかなかなくて、かわいそうだな」——そんなふうに思ったほどです。
長期の育休を取ったら戻る場所がなくなる——そんな捉え方はやめて、これを機に新しい場所で新しいキャリアにチャレンジすることを検討してもいいのではないでしょうか。
もちろん、転職までしなくてもかまいません。これまでの役割・業務を、育休を機に他の人に渡し、別の部署や職種に異動する道もあるのではないでしょうか。
私はこの連載でも、これからのキャリア構築は「非連続」を意識するべき、とお伝えしてきました。
育休を機に、仕事からいったん、完全に離れてみる。これまでのキャリアをリセットするくらいの感覚で。
そんな時間を過ごすことで見えてくるものが、きっとあるはずです。
自らキャリアチェンジの機会を作り出すのは難しいので、育休をターニングポイントとして捉え、自らを変化させるチャンスとして活かしてみてはいかがでしょうか。
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森本千賀子:獨協大学外国語学部卒業後、リクルート人材センター(現リクルートキャリア)入社。転職エージェントとして幅広い企業に対し人材戦略コンサルティング、採用支援サポートを手がけ実績多数。リクルート在籍時に、個人事業主としてまた2017年3月には株式会社morichを設立し複業を実践。現在も、NPOの理事や社外取締役、顧問など10数枚の名刺を持ちながらパラレルキャリアを体現。2012年NHK「プロフェッショナル〜仕事の流儀〜」に出演。『成功する転職』『無敵の転職』など著書多数。2男の母の顔も持つ。