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「第5次産業革命はバイオからやってくる」生命の限界を超える合成生物学【サイエンス思考】

表紙

Billion Photos, gyn9037 /Shutterstock

人工クモ糸を合成し繊維へと加工する技術で有名な国内ユニコーンのスパイバーに、ミドリムシからバイオ燃料を作るユーグレナ。

こういった注目の国内ベンチャーに共通している要素は、何だと思いますか?

これらの企業はみな「バイオ技術」を基盤技術としています。

実は今、このように産業の現場でも重宝されているバイオ技術に、新しい風が吹いています。

「バイオ技術が、人間の想像力のはるか先に行ってしまった」

こう話すのは、東京工業大学のゲノム科学者、相澤康則准教授です。

相澤准教授は、2019年にLogomixというベンチャー企業を設立し、CEOも務めています。

Logimixは2020年8月、日本初の産学連携合成生物プロジェクト「細菌ゲノムアーキテクトプロジェクト(BGAP)」を発足させました。このプロジェクトでは、自然界に存在し得ないゲノム構造を持った、産業現場で有用性の高い大腸菌株を作り出そうとしています。

ゲノムは、私たち人間をはじめとしたあらゆる生命の姿形を作り、生命機能を維持するための「設計図」のようなものです。

世界を見渡すと、ゲノム工学技術の革新を国際的に協調して加速させようという国際プロジェクトの「GP-write」や、酵母の全ゲノムを人工合成することを目指した「Sc2.0」など、「設計図」であるゲノムをこれまでにない規模で設計・合成するプロジェクトが進められています。

このように、ゲノムを構築する技術は「合成生物学」と呼ばれる研究分野に含まれています。近年、合成生物学は、産業応用の観点からも世界中で非常に注目されています。

「ゲノム合成」や「合成生物学」はバイオ技術に何を与え、未来にどんな可能性をもたらすのでしょうか。

7月の連載「サイエンス思考」では、GP-writeやSc2.0に中心的に参画している相澤准教授に話を聞きました。

バイオテクノロジー市場は200兆円規模へ

相澤先生

東工大学の相澤准教授。

撮影:三ツ村崇志

青カビがペニシリンを作ったり、ミドリムシがバイオ燃料の原料を作ったり、微生物は私たち人間にとって非常に役に立つ物質を製造することができます。とりわけ、冒頭で紹介した大腸菌は、プラスチックや薬、燃料など、さまざまな物質生産に活用される「産業微生物」です。

生物の細胞内では、DNAから情報(遺伝子)が読み取られることで、タンパク質が作られています。こういった無数のタンパク質を介して、細胞内ではさまざまな化学反応(代謝)が起こり、生命を維持しています。

ヒトにとって有益な物質も、この過程で生み出されているのです。

発酵食品が独特の味わいを生み出しているのも、微生物の代謝によって生み出された成分のおかげです。

shutterstock_142620022

味噌や醤油、酒など、発酵食品は微生物の力を利用して作られている。

UV70/Shutterstock.com

合成生物学では、多くの遺伝子を生物に組み込むことで、本来その生物が持ち得なかったタンパク質を作ったり、それによって新しい代謝のシステムを獲得させたりしようとしています。

合成生物学のすごい点は、種の壁を越えてしまうことです。本来交配できない生物種の遺伝子たちを一つの細胞内で働かせることを目指すわけですから。その組み合わせによって無限にアウトプットが変わってくる」(相澤准教授)

組み込む遺伝子は、異種の生命体に存在しているものでも構いませんし、ヒトの手によって「デザイン」されたものでも構いません。

しかし、ゲノム配列を解読する技術が進歩した今日でも、人類が理解し産業活用できている遺伝子の数はごくわずかです。この先、ゲノムに関する理解が進めば進むほど、まるでパソコンにインストールするアプリケーションの数が増えていくように、DNAに組み込める機能が増えていくといえるのです。

アメリカや中国ではその期待度の高さからか、合成生物学的な手法をもとに研究開発を進めている企業に多額の資金も集まっています。

例えば、アメリカの合成生物学のパイオニアとして知られるギンコ・バイオワークスは、2021年5月に、総額175億ドルのSPAC(特別買収目的会社)との合併によって、ナスダックに上場することを発表しました。

ギンコ・バイオワークスは、バクテリアを活用して新たな抗生物質の開発などを進めています。

btc-200121-zym-349

ザイマージェンでは、微生物の作成などが機械で自動に行われているという。この装置は、菌株の育成やテストを自動で行うためのもの。

提供:Zymergen

アメリカのザイマージェンでは、機械学習を活用して、遺伝子を組み替えた微生物に効率的にタンパク質や樹脂素材などを製造させる技術を持っています。ザイマージェンは、2016年にはソフトバンクグループの主導によって1億3000万ドルを調達、2019年には住友化学との提携を発表したことでも知られています。

「アメリカの合成生物学の大企業は、酵母や大腸菌などの汎用性微生物のゲノムに、いろいろな生物の遺伝子を載せることで、クライアントが望む化合物を微生物に合成させています」(相澤准教授)

日本国内では、遺伝子を組み替えた微生物を使いタンパク質を製造し、繊維へと加工する技術を持つ国内ユニコーンの「スパイバー(Spiber)」がよく知られています。

合成生物学をはじめ、バイオテクノロジーの活用は将来の産業を語る上ではもはや欠かせないものなのです。

OECDの試算によると、2030年には、バイオテクノロジーを活用する市場規模が、少なく見積もってもOECD加盟国の国内総生産(GDP)の2.7%となる約200兆円にまで拡大すると見込まれています。

バイオテクノロジーと生物情報を処理する手段としてITやAIが組み合わされることで、「第5次産業革命」とも呼ぶべき産業構造のパラダイムシフトが起こるのではないかとも期待されています

「​​物質生産」は合成生物学の一面でしかない

市場

世界と日本のバイオ技術市場の規模予測。

出典:バイオ小委員会 報告書

「ゲノムを変えるということは、細胞内の遺伝子ネットワークや代謝回路のランドスケープを変えるということです」(相澤准教授)

細胞内で生じる化学反応の触媒となる酵素に対する阻害剤を使ったり、RNAを分解する化合物を使ったりと、細胞の状態を変える手法はいくつかあります。しかし、どれも基本的には一時的に細胞に影響を与えるだけであり、時間が経てば元に戻ってしまいます。

一方、ゲノムを変えるということは、細胞機能の基本設計を変えるということです。

その結果、いったい何が実現できるのでしょうか。

ノーベル賞

2015年12月、ノーベル賞の授賞式に出席する屠呦呦博士。マラリアの治療薬の原料となるアルテミシニンを発見したことが評価された。

REUTERS/Claudio Bresciani/TT News Agency

成功した事例の1つとして、「マラリア」の治療薬への応用があります。

2015年、マラリアの治療薬の成分である「アルテミシニン」を発見したことが評価され、中国の屠呦呦(と・ゆうゆう)博士に、中国人女性初となるノーベル生理学・医学賞が授与されました。

この「アルテミシニン」という成分は、クソニンジンという植物に含まれる成分です。しかし、クソニンジンは供給が不安定で価格も乱高下する問題を抱えていました。

そこで役に立ったのが、合成生物学的な手法でした。

微生物の一種である「酵母」に、クソニンジンの遺伝子を導入することで、酵母の代謝経路を改変。アルテミシニンの原料を効率よく、安定的に入手できるようになったのです。

2006年にこの酵母が実現すると、2014年にはイタリアの製薬メーカー・サノフィによって商業応用されました。ただしその後、中国を中心にクソニンジンの供給が増えて価格が下落。サノフィは酵母を使ったアルテミシニンの製造工場を売却することになりました。

クソニンジン

マラリアの治療薬の成分である「アルテミシニン」の原料となるクソニンジン。

Getty Images/Xvision

また、相澤准教授は、

「現在の合成生物産業は、『微生物を使った物質生産』が主流だと考えられがちですが、より複雑な生物種への応用も少しずつ始まっています。これにより現時点ではバイオの範疇外だと考えられている分野も、近い将来合成生物技術の恩恵を受けるようになるでしょう」

と、実現できることは幅広いと指摘します。

アメリカのバイオベンチャー、イージェネシスバイオでは、ブタのDNA上に存在する免疫拒絶反応などに関わる遺伝子をヒトの遺伝子に置き換えた「ヒト化ブタ」の研究開発を進めています。

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