ビデオ会議ツールのズーム(Zoom)が創業後最大となる150億ドル弱の巨額買収を決断した。その狙いは……。
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ビデオ会議システムのズーム(Zoom)は、コンタクトセンター(=多様なチャネルを通じて顧客の問い合わせや要望に対応する窓口)向けクラウドサービスを展開するファイブナイン(Five9)を買収すると発表した。株式交換による買収金額は147億ドル(約1兆6000億円)。
ズームのエリック・ユアン最高経営責任者(CEO)はアナリスト向けのカンファレンスコールで次のように発言している。
「ズームのビデオ会議とファイブナインのクラウドサービスを組み合わせることで、規模によらず、すべての企業が顧客との関係を構築する手法を刷新する、先進的なカスタマーエンゲージメントプラットフォームを生み出したい」
パンデミックが収束に向かい、閉鎖されていたオフィスの再開が本格化するなか、ズームはさらなる成長を実現するため、コアプロダクトであるビデオ会議ツール以外のビジネスを模索している。
同社の経営幹部は以前から、より堅固なコミュニケーション・プラットフォームに進化を遂げるべくさまざまな道筋を検討していると発言しており、それを受けてアナリストらはファイブナインを含めた買収・合併の可能性を指摘していた。
ズームは今回の買収により、パンデミックを追い風に浸透したビデオ会議ツール以外に初めて収益性のある事業部門を抱えることになる。
アナリストらの見立てでは、「チームズ(Teams)」をからめたコラボツールを提供するマイクロソフトや、「ウェブエックス(Webex)」を展開するシスコシステムズのような競合に対して優位に立てる可能性もある。なお、シスコはコールセンター市場で強力なプレゼンスを誇る。
クラウドビジネスに詳しいアナリストのダニエル・ニューマン(フューチュラムリサーチ)は次のように分析する。
「ビデオ会議以外の機能を欠くなか、今回の買収を通じてクラウドベースのコンタクトセンター市場への参入を実現できることには大きな意味があります。
各種分析、データ、人工知能(AI)、ボットなどに手を広げ、大企業から消費者に至るまで、収益につなげるチャンスを得たわけです。プラットフォームの競争力向上に寄与するでしょう」
ファイブナインの買収は、ズームにとって3社目にして最大の案件。最初は2020年に買収した暗号技術のキーベース(Keybase)で、続いて同年6月にドイツの機械学習翻訳スタートアップ、カールスルーエ・インフォメーションテクノロジーを買収している。
ファイブナインは2022年上半期と想定される買収手続きの完了後、ズームの(クラウドコンタクトセンター)事業部門となる。
マイクロソフト、シスコとの競合は激化する
マイクロソフトとシスコシステムズが(規模は全然小さいが)強力な競合と位置づけるズームを打ち負かそうと狙う現状を踏まえると、今回のファイブナイン買収は、コンタクトセンター市場に今後さらなる動きがある兆しなのかもしれない。
投資銀行RBCキャピタルマーケッツのリシ・ジャルリアとカール・キアステッドによれば、マイクロソフトは現時点でコールセンター向けバージョンのチームズを提供していない。
しかし、ズームのファイブナイン買収を受け、マイクロソフトも同市場の競合他社との提携、場合によっては買収に動く可能性もあるという。
また、ズームは今回の買収により、すでにウェブエックスとコールセンターサービスをバンドル提供しているシスコに対抗する能力を手にしたことになる。
「コンタクトセンター市場唯一のベンダーゆえにシスコが維持できていたあらゆる優位性は失われ、ズームとの競争は激化するでしょう」(ジャルリア)
さらに、調査会社ウルフ・リサーチのアレックス・ズーキンは、急成長中のクラウド通話システム「ズームフォン(Zoom Phone)」が顧客にとってより魅力的なものになると指摘する。
「大規模なコンタクトセンターを設立しようとする企業は、当然のことながら通話インフラも整備することになります。結果として、その需要がズームフォンの普及拡大を後押しするというわけです」
ズームは今後高い確率で、買収するファイブナインのソフトウェアにビデオ会議機能を追加する。そうなれば、コンタクトセンターの窓口とやり取りする際には、音声だけでなくビデオ通話も使われるようになる、というのが複数のアナリストによる共通の見方だ。
そうした機能付加は、顧客体験を向上させたい企業にとって重要な意味を持つとズーキンは強調する。
調査会社ガートナーのトム・イーグルは次のように分析する。
「ファイブナイン買収により、ズームはエンタプライズ(大企業)ビジネスに注力する姿勢をあらためて示したと言えます。それはすなわち、(ビデオ会議ツール一本足打法に限界が見えるなかで)投資家が期待する売上拡大にズームが集中的に取り組む姿勢を示したということでもあります」
(翻訳・編集:川村力)