脱アマゾン路線を進めるNIKE。直営店など販路を絞ることで、適正な価格とブランド価値、そしてユーザーとの接点を守る戦略の一環だ。
TonelsonProductions / Shutterstock
こんにちは。パロアルトインサイトCEO・AIビジネスデザイナーの石角友愛です。今日はパンデミックにより浸透した「EC活用」と「小売りのD2C化」のトレンドについてご紹介します。
コロナでEC利用は「急成長」した
パンデミックで一気に浸透したものに「EC活用」があります。
アメリカのEC浸透率を見てみると、パンデミック前に約10年かけて5.6%から16%へとおだやかに浸透していたものが、パンデミック中のたった8週間で27%まで一気に浸透しました。
アメリカのEC業界においては、数週間で10年分の出来事が起こったのだと言えます。
過去の記事にも書いたように、小売業界では、ECの浸透に伴って販売形態をD2C(自社サイトを通じて消費者に直接販売すること)へシフトするトレンドが見られます。
その代表格であるNIKE(ナイキ)の場合、2020年にはD2Cチャネルによる売り上げが全体の30%以上を占めるようになりました。
また、サーバーやパッケージの導入が不要で、サブスクリプション料金を払えば簡単にオンラインストアが開設できるプラットフォームとして注目されている「Shopify」でも、2019年から2020年にかけての成長は著しいものでした。
2021年2月の決算発表によると、2020年通年の総売上高は前年比86%増の29億2950万ドル(約3207億円)に達しています。
この中で、ECサイトの立ち上げや管理、運営などの機能に対するサブスクリプション収益は41%増の9億880万ドル(約995億円)、ECサイトの売上から発生する手数料によるマーチャントソリューションの収益は116%増の20億270万ドル(約2192億円)になっています。
巨大メーカーだけではない「直販」の流行
ここで注目すべきは、こういったD2Cの動きは、ローカル地域に根ざしたいわゆる「パパママ系」ストアにも波及していることです。いまや、マットレス直販大手のキャスパーやNIKEなどのビッグメーカーだけにとどまらない現象なのです。
背景には、2020年に街全体がロックダウンし、エッセンシャルビジネス(スーパーや医療関連)以外の小売りがすべて封鎖されたとき、EC化を強いられたお店が多かったことがあります。
また、(詳しくは後述しますが)手軽に利用できるITインフラの充実や、資金力のない中小の小売店でもWeb上に広告を出しやすくなったことなども、小売がECやD2Cへシフトする動きを後押ししたと考えられます。
これまでは、ローカル小売店がEC化をする際に障壁となってくるのは「ITインフラの欠如」でした。
しかし、実際には前述のShopifyなどの「EC機能をバックエンドで提供してくれるサービス」や、Stripeなどの「クレジットカード決済機能を誰でも自社ウェブサイトにコード数行で埋め込めるサービス」などが普及したことにより、多くの場合、ECストアの立ち上げにはさほど苦労していないと言えます。
実際に、私の住むシリコンバレーでも近所の玩具屋さんなどがEC化に成功しており、オンラインで購入した商品をお店で受け取ることができる「カーブサイドピックアップ」を導入したことで顧客離れを防いでいました。
しかし、立ち上げたECストアにどのように集客するか、限られた広告予算の中で1人でも多くの人にサイトに立ち寄ってもらうためにはどうすればよいか、というところで頭打ちになるローカル小売店舗が多いのも事実です。
「脱アマゾンブームの立役者はグーグル」との報道
アマゾンでセラー(売り手)として商品販売をする利点は集客力にあるとも言えますが、今、ローカルなECサイトがどんどん脱アマゾン化を図り、実はその脱アマゾンムーブメントを支えているのがグーグルであるという記事が、先日ニューヨーク・タイムズに掲載されました。
記事によると、グーグルはコロナ禍で急増したEC需要に対し、今までクリック課金の有料型であった商品に関する広告料(プロダクトリスティング広告、グーグルショッピング広告)を無料に変更しました。
これにより、広告予算が限られている小規模な店舗も、ECサイトで扱う商品をグーグル検索の結果に表示できるようになり、関心を持つユーザーを自社のECサイトに誘導する仕組みを実現できるようになったのです。
実際に、広告料の無料化によってグーグル上で商品関連の広告を掲載できるようになった小売店は2020年に80%も増加し、その中でも中小の小売店の増加割合が最も大きかったそうです。
しかし、グーグルが広告料を無料にしただけでは、アマゾンの独占状態とも言われるECサイトの問題が解決するわけではありません。
調査会社Marketplace Pulseの創設者であるJuozas Kaziukenas氏によると、広告の無料化を実施してなお、人々がグーグルで購入する商品の額はおそらく10億ドル程度にとどまり、これは2020年にアマゾンが達成した約2950億ドルに比べると「非常に小さい額」だと言わざるを得ない、ということです。
また、グーグルとShopifyとの提携関係の間に挟まり、商品掲載が一時的にグーグルにより停止されたものの、グーグルもShopifyも対応責任は自分たちにはない、との一点張りで結局ECサイトの商品が掲載できないままだった、という問題事例も同時に紹介されています。
アマゾン「以外」のECビジネスのプレーヤー
このように、コロナを契機に広く浸透しつつあるECビジネスですが、それを支えているのはEC売上全体の60%を占めるアマゾンだけではないことをご存知でしょうか。
2020年のアメリカにおけるEC成長率のトップ10を見ると、アマゾンが43%で圧倒的なポジションに位置しますが、Walmartも約12%と成長しています。
実際に、ウォルマートのECサイトではマーケットプレイスを展開しており、Shopifyとの提携も大々的に打ち出しています。
また、前述のShopifyでは、実は今一番注目されているのがアップルのAppStoreのようなアプリ開発者のエコシステムビジネスです。売り上げの成長率も2倍以上と大きく、ECビジネスに関するさまざまなアプリをネットワーク化してお店にフルサービスとして提供することが可能です。
Shopifyにおける、アプリ開発者向けのエコシステムの急成長がわかるグラフ。2019年と2020年の第1四半期の比較では、2倍近い売上高の成長になっている(左)。
出典:Base10 Partners
エコシステムの中には、マルチチャネルマーケティングツールのアプリやウェブサイト最適化ツールのアプリなどもあります。
ECビジネスのアキレス腱であった集客も、今後はアマゾンやグーグルなどの大手IT企業だけではなく、Shopifyのエコシステム上で解決できるようになるかもしれません。
今後、小規模の小売店はD2C化を進めることで生き残りを図るだけではなく、今まではリーチできなかった広範囲の顧客層へ購買訴求を行うことが可能になります。
しかし、そのためには集客や物流、在庫管理の強化などを行う必要があります。とりわけインターネット上での集客には「アマゾン、グーグル、ウォルマートなどの巨大IT企業のプラットフォームに依存するほかない」という構図に、大きな変化はないのかもしれません。
それでも、アマゾンだけにその力が集中する構造よりは、数社に分散される構造のほうが、お店にとっての選択肢が増えるという意味では良いと言えるかもしれません。
脱アマゾン派の小売店が恒常的に集客をし売り上げを生み続けるためには、どのプラットフォームを利用するかが今後は重要な判断基準になると言えるでしょう。
(文・石角友愛)