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映像配信事業者の競争が、映像以外のジャンルへと飛び火しようとしている。
ネットフリックスは7月20日(現地時間)に公表した2021年第2四半期(4~6月期)決算で、正式に「ゲーム事業への参入」の意志を明らかにした。
ネットフリックスの2021年6月末時点での会員数は2億918万人。会員数で世界最大を維持し、売上高は前年同期比19%増の73億4117万ドルと過去最高を更新した。だが、会員数の伸びは鈍化しており、今後の増加についても慎重な姿勢を示している。
その中で、ゲーム事業への参入はどのような意味を持っているのだろうか?
グラフに現れた2020年の「需要の先食い」
冒頭で述べたように、ネットフリックスの会員数増加は鈍化傾向にある。2021年第3四半期についても、350万人の増加にとどまるとの見通しで、慎重な姿勢を見せている。
これには2つの要因がある。
1つ目は、2020年にコロナ禍で急速な伸びを示した結果、「需要の先食い」が生まれていること。これは決算資料で示されたグラフを見ても明らかだ。需要の先食いと思われる鈍化傾向はディズニーなどの他社でも同じように起きており、ネットフリックスだけの現象、と見るのは難しい。
ネットフリックス決算資料より。2020年に大幅な増加があった関係から、2021年の会員数増加は保守的な予想となっている。
出展:ネットフリックス
ネットフリックスの成長は「日本を含むアジア・中南米」が牽引している
そして2つ目は、最大の市場であるアメリカ・カナダの成長が止まっていることだ。両国での会員数は7395万人と、前四半期と比較し43万人の減少に転じている。
ネットフリックスの成長は、日本を含むアジア・中南米が牽引するフェーズに入っている。前四半期には100万人の増加、という予想だったが、それを超える154万人の会員増となっており、新市場の伸びは決して悪くない。
ただ、北米での競争が激化しているのは間違いない。
現在は、ウォルト・ディズニーの「Disney+」、ワーナーメディアの「HBO Max」、バイアコムCBSの「Paramount+」、NBCユニバーサルの「Peacock」といった映画会社系サービスが続々と増え、他国以上に競争が激化している。もちろん、アマゾンの「Amazon Prime Video」など、既存勢力もある。
そんな状況を反映してか、NASDAQではネットフリックスの株価は決算発表以降、幾分値を下げて推移している。
「まだオンラインは放送に勝っていない」事実
ネットフリックスは決算発表の中で、会員獲得について、“次の四半期も全世界で350万人の増加にとどまる”と、保守的な見通しをを挙げているのは前述の通り。前述の株価はそれを反映したものだ。
だが同社は「成長がこれで止まった」とは判断していない。むしろ明確に「いまだ市場開拓の初期にある」としている。
その根拠として挙げたのが以下のグラフだ。これは、アメリカ市場における「2021年6月のテレビ視聴時間」の割合だ(ニールセン調べ)。ここでいうテレビとは、機器そのもののことを示しており、「放送のことではない」点に留意してほしい。
ネットフリックスが公開した投資家向けレターで示された資料。6月のアメリカでのテレビ視聴時間のうち、どのサービスがどれだけを占めたかを分析したもの。ニールセン調べ。
ネットフリックスが公開した投資家向けレターより
ネットフリックスは「オンデマンド形式によるストリーミングメディアは、自社を含めテレビ視聴時間の27%しか占有できていない」と主張する。いまだテレビという大画面の前にいるときには、「放送」「ケーブルテレビ」を視聴する時間の方が長い、ということなのだ。
ストリーミングの中で言えば、ネットフリックスはYouTubeと並びトップレベルの視聴量。他のライバルの2倍から3倍の視聴量となっている。
ただし、この数字は「テレビというデバイスでの視聴」であり、スマートフォンやPCを含んでいないことに留意する必要がある。YouTubeが低く出ているのはそのためだ。
まずはモバイルゲームから「定額」提供
そして、ストリーミング・サービスの競合の中でも中心になるのは「作品」だ。アカデミー賞やエミー賞などの「賞レース」に配信事業者の作品が並ぶことは当たり前になったし、日本でもようやく、大型作品の配信が話題になることが増えてきている。
そんな中、ネットフリックスが「コンテンツ」として打ち出したのが「ゲーム」だ。追加料金を取ることなく同じサービスの中で、当初はスマートフォンを中心としたモバイル機器向けのゲームを提供することになる、としている。
市場ではゲーム参入がややセンセーショナルに伝えられているが、実はネットフリックスがゲーム的なものを手がけるのは、これが初めてではない。2018年から子供向けに分岐のあるストーリーを組み込んだ作品を作り、同年末に大人向けインタラクティブドラマ「ブラックミラー:バンダースナッチ」を配信した。
インタラクティブ作品はその後も、テスト的に少数が作り続けられている。
ネットフリックスが2018年末に公開した大人向けインタラクティブドラマ「ブラック・ミラー:バンダースナッチ」。人気ドラマ「ブラック・ミラー」シリーズのオリジナルスタッフが手がけた本格派。
出展:ネットフリックス
2019年には人気ドラマ「ストレンジャー・シングス」のゲーム版である「Stranger Things 3:ザ・ゲーム」が、PCやPlayStation 4、Nintendo Switch向けに作られた。
このゲームは作品のプロモーションという意味合いが強く、ゲームの配信日も、「ストレンジャー・シングス」の第三シーズンの配信日である2019年7月4日に合わせていたくらいだった。(ただし、ゲーム機向けの日本版は配信が遅れた)
人気ドラマ「ストレンジャー・シングス」の第三シーズン公開(2019年7月4日)に合わせて、PCやゲーム機で配信された「Stranger Things 3:ザ・ゲーム」
出展:Steam
どちらも本格的な取り組みではないが、今回は違うようだ。
ゲーム開発部門のリーダーとして、1980年代からゲームデザイナーとして活躍するマイク・ヴェルドゥ氏を雇用したことも明らかになっている。ヴェルドゥ氏はエレクトロニック・アーツで2018年6月までモバイルゲーム部門を率いており、その後FacebookでARおよびVRコンテンツ部門を担当したベテランだ。
ネットフリックスは決算資料の中で、
「(ゲームは)当社にとって新たなコンテンツカテゴリーのひとつ」
「オリジナル番組の提供を開始して約10年が経過した今、会員の皆様がゲームにどのような価値を見出しているのかを知る良い時期だと考えている」
とコメントしている。
同社はオリジナルの映像作品創出に力を入れているが、作品のファンがコンテンツへの興味を持ち続けるには、ゲームは良い題材となるだろう。ゲームそのものから巨大な収益を得るには、ゲームの開発規模を大きくする必要があるが、それはまだリスクも伴う。ノウハウや方向性が蓄積できないうちは難しい。だとすれば、自社コンテンツとの連携性の高いモバイルゲームを追加費用なしで提供し、「次のシリーズが出るまで興味をつなぐ」「新しいファンをゲームから獲得する」ビジネスモデルではないか。
だとすれば、どっぷり浸かるタイプのコアなゲームより、少しカジュアルで手が出しやすい印象のあるモバイルゲームの方が向いている。
同社は7月に、ランキングやメールサービスなど、子供向けサービスの強化を発表している。こうした施策も、ゲームの提供につながりそうだ。
ネットフリックスは7月に子供向けにコンテンツ周知を強める施策を発表した。
出展:ネットフリックス
コンテンツメーカーにとって、同じ作品を多数のメディアで展開するのは基本戦略の一つ。先日、同社がアパレルを中心としたグッズ事業に参入する……という話をお伝えしたが、それと同じ文脈に「ゲーム」も位置付けられるだろう。
コンテンツビジネスの本質がファンの取り合いであるなら、それが映像だけにとどまる理由は何もない。
(文・西田宗千佳)