撮影:今村拓馬
「何歳ですか?」
ふとした時に投げかけられるこの言葉。皆さんもそんな問いを投げかけられたことはありませんか?
しかし私は、この「何歳ですか?」という問いが発せられているのを耳にするたび、発した本人・問いかけられた相手の双方にとってキャリアブレーキになっているのではないか、と感じます。
そこで今回は、この点について皆さんと一緒に考えていきたいと思います。
リンダ・グラットンの興味深い指摘
海外と比較して相対的に同質性の高いこの国では、ありとあらゆる意思決定の場面で、年齢が判断軸となる傾向があります。
18歳で大学入学、22歳で社会人デビュー。飛び級、留学、ギャップイヤー、副業、転職など、以前と比べればキャリア形成のあり方は多様化してきましたが、それでも同学年や同期というグループの大半が同年齢によって構成されています。
「上司は◯歳で昇進した」「後輩は◯歳で今のポジションに就いた」といった何気ない思考や判断も、年齢を基準にした「アンコンシャス・バイアス(=無意識の偏見)」だと言えるでしょう。いつの間にか、私たちは年齢でキャリアを判断しているのです。
定年退職制度などはその最たる例と言えるでしょう。これまでどんなキャリアを形成してきたのか、今の健康状態はどうなのか、これからどんなキャリアを築いていきたいのかを個別に考慮することなく、一定の年齢に達したらそこでキャリアが終了してしまうのですから。
ところが、です。
翻訳本で37万部というベストセラーとなった『ライフシフト』の著者であるアンドリュー・スコット教授とリンダ・グラットン教授は、最新作『The New Long Life』(2020)の中で、「年齢を再考する(Reimagining Age)」という興味深い指摘をしています。
グラットン教授らは、時間と年齢を単線的に結びつける考え方を再考するよう提案しています。年齢というのは、もっと柔軟で順応性の高いものとして理解する必要がある、と。
そうなると、20代、40代、60代……といった世代も、本人の自己定義によって意味合いが変わってきます。
年齢という概念は、次の3つで構成されています。
- 生物学的年齢(実際に、生まれて何年経過したか)
- 社会学的年齢(他者・組織・ルールによって、規定される年齢)
- 主観的年齢(自分が何歳だと認識するか)
これからのキャリア形成においてとりわけ重要なのは、3. 主観的年齢です。
コロナ禍は私たちに、これからの働き方や生き方を内省する機会を与えてくれました。オフィスという物理的空間に拘束される固定的な働き方から、働く場所が問われない動態的な働き方へと、ワークシフトが進みました。
この機会に戦略的に便乗して、キャリアを生物学的年齢で捉えるのではなく、主体的な働き方によって自己定義していく主観的年齢へと、「エイジシフト」を実装すべきです。
グラットラン教授らは、「バースデーパーティーは20世紀の発明に過ぎない」とも指摘しています。歴史を紐解けば、人間は何年何月何日に生まれたのかなど知らずに生きてきた。生物学的年齢がこれほどまでに重視されるようになったのは、政府が19世紀に出生記録をとり始めたからにすぎないのだ、と。
さあ、生物学的年齢で自己定義することを今日からやめましょう。個々のキャリア形成において、生物学的年齢は重要ではありません。
「◯歳だからできない」と考えることは、根拠のない迷信です。私たちの身体状態、環境、これまでのライフストーリーは、それぞれ固有の物語なのです。
「生物学的年齢」より「キャリア年齢」
本連載でも取り上げてきた、「組織内キャリアからプロティアンキャリアへ」のキャリアトランスフォーメーションにおいても、年齢の捉え方を再考していくことがポイントになります。
最新理論「プロティアン・キャリア論」においても、生物学的年齢でキャリアを規定することはしません。生物学的年齢(Biological Age)よりキャリア年齢(Career Age)を重視します。
キャリア年齢とは、自ら主体的なキャリア形成をしていくプロセスで、本人の意思決定を大切にする考え方です。キャリアとはさまざまなライフイベントとの関係の中で形成されるものという前提に立っているため、生物学的年齢でキャリア機会を奪うようなことはしません。
人生のどのタイミングで子育てや介護に直面するかは、一律に規定されるイベントではありません。また、病気・怪我・事故などによって、中長期で休みをとるようなこともあり得るでしょう。
私たちは、それぞれの個別具体的な人生を過ごしています。そう考えると、「何歳ですか?」という質問は、これからはますます形式的な意味しか持たなくなります。大切なことは、あなた自身が「主観的年齢」をどう捉え、向き合うかなのです。
そもそもキャリアとは、生まれた時から死を迎えるまでの時間経過のすべてを捉える概念です。過去のすべての経験の集積であり、これからの未来をデザインする羅針盤——それがキャリアなのです。
そしてキャリア形成とは、それぞれが無色のキャンバスに、さまざまな経験を通じて色を重ねていく作業。そこには唯一無二のキャリアカラーが紡ぎ出されていくのです。
82歳の先生の背中が教えてくれたこと
私の米国在外研究中、今でも忘れられない光景があります。
当時、数理統計学の講義にも出席していたのですが、その講義を担当していたのは、当時82歳の教授でした。一心不乱に板書していく姿を見て、私は率直に感動しました。キャリアとは己の生き様をまっとうすることなのだと、その背中が語っていると感じたからです。
私もあの教授のように、70歳の定年後も働いていたいと切に願っています。大学に残っているのか、それともまったく異なる業界にいるのかは自分でも定かではありません。それでもどこかで、死ぬまで板書する(=現役として第一線に立つ)ような生き様をまっとうしたいものです。
最後に本稿のおさらいとして、あなたも今日からできることを共有しておきますね。
●年齢で自分のキャリア成長にブレーキをかけない
●年齢で関わり合う人のキャリアを判断しない
●年齢を前提にした組織内判断基準を変えていくように働きかける
均一化した価値判断を支えてきた生物学的年齢というバイアスで、あなたのキャリアにブレーキをかける必要はありません。これら目の前の取り組みと積み重ねが、あなたの明日のキャリアを創るのです。
この連載について
物事が加速度的に変化するニューノーマル。この変化の時代を生きる私たちは、組織に依らず、自律的にキャリアを形成していく必要があります。この連載では、キャリア論が専門の田中研之輔教授と一緒に、ニューノーマル時代に自分らしく働き続けるための思考術を磨いていきます。
連載名にもなっている「プロティアン」の語源は、ギリシア神話に出てくる神プロテウス。変幻自在に姿を変えるプロテウスのように、どんな環境の変化にも適応できる力を身につけましょう。
なお本連載は、田中研之輔著『プロティアン——70歳まで第一線で働き続けるキャリア資本術』を理論的支柱とします。全体像を理解したい方は、読んでみてください。
田中研之輔(たなか・けんのすけ):法政大学教授。専門はキャリア論、組織論。社外取締役・社外顧問を23社歴任。一般社団法人プロティアン・キャリア協会代表理事、UC. Berkeley元客員研究員、University of Melbourne元客員研究員、日本学術振興会特別研究員(SPD東京大学)。著書は『プロティアン』『ビジトレ』等25冊。「日経ビジネス」「日経STYLE」他メディア連載多数。〈経営と社会〉に関する組織エスノグラフィーに取り組む。