アマゾン・ウェブ・サービス(AWS)の最高経営責任者(CEO)が交替。クラウド業界に詳しい専門家たちは、大きなリスクの存在をそこに見出す。
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世界の企業が次々とアマゾン・ウェブ・サービス(AWS)のテクノロジーを導入することで、バーチャル空間の活用がより日常的になる将来への準備を進めている。
そうした動きを追い風に、AWSは以前より強力になってパンデミックをいち早く抜け出した。
実際、アマゾンのクラウド部門はいま絶好調だ。
2021年の年間売上高は540億ドル(約5兆9400億円)規模に達する見込みで、第一の競合相手であるマイクロソフトをはるかに上回っている。
ただし、アマゾンはいま過渡期を迎えている。
アマゾン本体の最高経営責任者(CEO)に就任したアンディ・ジャシーに代わり、セールスフォース傘下のデータ可視化ツール・タブロー(Tableau)を率いたアダム・セリプスキーが、7月1日に後継CEOに正式就任したばかり。
しかも、AWSにはその圧倒的な強さにもかかわらず、間違いなく弱点がある。
それは、本体のビジネスと関係がある。アマゾンがヘルスケアや薬局といった分野にいま以上に触手を伸ばしていくと、会社全体の利益の大きな部分を生み出すクラウド部門にとって、悪夢のようなシナリオが展開されることになりかねないのだ。
クラウドコンピューティングに特化したコンサル会社ロバストクラウド(Robust Cloud)のラリー・カルヴァーリョは、アマゾンがいま以上にさまざまな業界の企業の競合相手としての位置づけになってしまうと、そのクラウド部門であるAWSを「(競合相手は)使いたくなくなる」と指摘する。
小売り業者の一部はすでに、アマゾンが顧客のデータを自社の利益のために使うのではとの懸念から、AWSの利用を控えるようになっている。
2020年10月に、米下院反トラスト小委員会が公表したデジタル市場の競争に関する報告書は、アマゾンが「クラウドインフラの支配的なプロバイダーであり、同時に他の市場においても支配的な企業であるという二重の役割」を担っているとした上で、その立場を不当に利用する「インセンティブ(動機)と能力を持っている」と指摘している。
アマゾンは自社の(他の)ビジネスを強化するためにAWSの取得したデータを利活用している事実はないとして、(報告書にあるような指摘を)断固否定している。とはいえ、クラウド部門の顧客になることで競合企業を利するのは避けたいと考える企業は多い。
悪夢のようなシナリオは、アマゾンが進出先をさまざまな市場に容赦なく広げ、その上にバイデン政権のもとで規制当局による監視が厳しくなり、AWSのTAM(Total Addressable Market=獲得可能な最大の市場規模)が減る展開だ。
「もしアマゾンが他の市場を荒らし始めたら、ヘルスケア企業も金融企業もAWSとの接点を避けるようになるでしょう。そうなれば、(クラウドビジネスの競合相手である)グーグルやマイクロソフト、オラクルらが労せずして(AWSが得るはずだった)価値や利益を手にすることになります」
アマゾン傘下ゆえの人材確保の難しさ
セリプスキー新CEOの抱えるもうひとつの難題は、テクノロジー業界の人材争奪戦だ。
AWSコスト削減支援ダックビルグループ(Duckbill Group)のチーフクラウドエコノミスト、コリー・クインによれば、AWSにとって決定的に重要なのはセールス&サポートチームの人員確保であり、さもないと「顧客企業は自分たちだけでもがき苦しんでいるように感じる」という。
Insiderが過去に入手した内部文書が示すように、アマゾンには厳しい職場との評判があり、それはAWSにとってもちろんプラスに働かない。人材採用の難しさ、あるいはグーグルやマイクロソフトのような競合に人材を奪われるリスクは、常につきまとう。
「AWSのオペレーションはきわめて優れていて、それがゆえに、さほど苦しむことなく長期にわたってビジネスは成立するでしょう。しかし、社内に専門知識のある人材を欠くために、いずれある時点で突如として破たんが訪れるかもしれません」(クイン)
サイバー攻撃対策は永遠の課題
複数の専門家によれば、AWSにはもうひとつ破滅のシナリオがある。それはマイクロソフトのアジュール(Azure)やグーグルクラウドとの競争がもたらすものとは違う。
市場調査会社ロペスリサーチの創業者マリベル・ロペスは「最悪なのは間違いなくサイバー(セキュリティ)攻撃」と断言する。
AWSのクラウド上には、世界で最も人気のあるアプリやサービスがデプロイされ、実行されている。専門家によれば、そのセキュリティは考えられる限り最高の水準にある。ただし、(あらゆる攻撃をはね返す)防弾仕様のシステムではないという。
「AWSのセキュリティが完全無欠だなどと信じる理由はありません。欠陥や不具合というものは何にでもあるものです」(クイン)
2020年に発生したIT管理ソフトウェアのソーラーウィンズ(SolarWinds)へのサイバー攻撃のような大規模なインシデントが発生した場合、AWSに対する信頼は一夜にして崩れ落ちるおそれもある。
徹底的かつ執拗なサイバー攻撃でなくても、2017年あるいは20年のように、AWSの大部分がサービス停止するなど、顧客企業のビジネス継続が難しいほどの影響を与える事態に陥れば、同社の評判に深刻なダメージがもたらされることになる。
「クラウドビジネスは信頼の上に成り立っています。AWSに限らず、あらゆるクラウドプロバイダーにとって、サイバー攻撃による信頼の喪失は会社としての存亡にかかわる脅威なのです」(クイン)
専門家の見方についてAWSにコメントを求めたが、得られなかった。
[原文:Experts say this is the nightmare scenario for Amazon Web Services]
(翻訳・編集:川村力)