「好きなこと、やりたいことだけを仕事にして生きていきたい」
転職エージェントという立場でビジネスパーソンの皆さんとお話ししていると、そんな声をよくお聴きします。
おそらく、「やりたいことをする」を実行に移している人たちが世の中には大勢いることを、SNSで目にする機会が増えたからかもしれませんね。
大手企業の終身雇用が崩れていることもあり、20~30代の若手の皆さんからは「いつか起業したい(ベンチャーの経営幹部になりたい)と思っていますが、そのためには今、どんな経験を積むべきでしょうか?」——なんてご相談を受けることもよくあります。
そして、40代くらいの中堅クラスともなると、そのビジョンの実現が現実味を帯びてきます。
ある程度キャリアを積んで自信がつき、自分の強みの活かし方がイメージできた方は、「組織のしがらみから解放されて自由になりたい」「会社の論理に振り回されず、自分の価値観に忠実に仕事をしたい」という思いを強めるのです。
特に、コロナ禍で生活や働き方が一変したのを機に、これからのキャリアや生き方そのものを見つめ直し、新たなステージへの移行を検討している人が多く見られます。
独立起業したのに、やりたいことができないのはなぜか
そこで、次のキャリアの選択肢に挙がるのが「独立起業」です。フリーランスとして「業務委託」で働く、あるいは自分の会社を立ち上げる、などですね。
ところが、そこで立ちはだかるのは「好きなことだけやって食べていけるのか」という問題。
実際、私のもとには「独立起業したもののうまくいかなかったので、もう一度企業で働きたい」といったご相談も寄せられます。
なぜうまくいかなかったのか。お話を伺っていると、原因としては大きく3つのパターンがあるようです。それは何かと言うと……。
1.「日銭稼ぎ」に追われ、本当にやりたい仕事ができない
会社を辞めたとたん「給与」が入ってこなくなるわけですから、つい「目先の収入」が欲しくなる。いわば「日銭を稼ぐ」ために、これまでの経験の切り売り的な仕事、やりたいわけではない仕事の依頼を引き受けてしまうのです。
例えば、新しい商品・サービスを立ち上げる構想を持って独立したのに、事業資金が潤沢ではないため、下請け仕事やコンサルタント的な仕事を「とりあえず」こなすように。結果、その業務に追われるはめになり、描いていた事業を実現させる目途がなかなか立たなくなってしまう。「やりたかったのはこんなことじゃない!」と、葛藤する人は少なくありません。
2. やりたいことを始めたけれど、マネタイズできない
これは事業プランを詰めないうちに独立した人にありがちなパターン。「せっかく独立するのなら、やりたいことをやる!」と、人や社会の役に立つ事業を志したものの、事業プランに落とし込むうちにマネタイズが難しいことに気づくのです。
ここでも、てっとり早く収入になる仕事に手を出しがちになり、「何のために独立したんだっけ?」状態に陥ってしまいます。
3. 資金提供を受けるはずが、予定が狂った
独立して立ち上げる新規事業に賛同してくれる人から資金面での支援を受けるはずだったのに、提供者側の経済事情が変わり、資金提供を受けられなくなった、というケースも見られます。
このほか、「共同起業者と方向性にズレが生じた」などの理由もありますが、上記のように「お金」がネックとなるケースが多数。
「当面の生活費を稼がなくては」という焦りから、不本意な仕事でも請けてしまうような事態に陥らないようにしたいものです。
独立後、お金で右往左往しないためにすべきこと
独立して、ちゃんと「やりたいことをやる」ためには、起業前~起業時にどう動けばいいのでしょうか。
私がお会いしてきた「うまくいっている起業家」のパターンを見ると、「安定した受注先を確保した上で起業する」のがポイントの一つと言えそうです。
起業してから顧客開拓を始めるのではなく、起業時点で、これまで在籍していた企業やお付き合いがあった企業などとの交渉を済ませておき、手堅い受注先を確保しておくのです。副業でベースを築いておいてもいいでしょう。
また、古くからお付き合いのあるオーナー企業などと、「応援団」として資金面を援助していただけるような関係を構築しておく手段もあります。
そうすれば、起業後、新規取引先と一から関係を築くための時間やエネルギーを使わずに済みますし、「気乗りがしないし条件も不利なのに依頼を断りにくい」といった事態を避けられます。
安心感・安定感を持って日銭を稼ぎながら、やりたいことにチャレンジしていく余裕を持つことができるわけです。
また、BtoBビジネスの場合、「数撃てば当たる」方式の顧客開拓ではなく、ネームバリューがある企業・1社との取引を開始することに集中してパワーを注ぎ、結果、早期に軌道に乗せられた例が多く見られます。
どんなにいい商品・サービスを開発したとしても、業歴が浅い会社はやはり警戒されがち。しかし、企業との取引実績がすでにあり、しかもそれが名のある企業であればあるほど、2社目・3社目の顧客獲得がスムーズになります。
もちろんサービス内容にもよりますが、やみくもに多数へのアプローチを繰り返すより、「影響力のある企業」に絞ってプレゼンの精度を高めるのも、運転資金が尽きるまでの時間の使い方として有効だと思います。
そして、これは「お金」の話からは外れますが、起業するのであれば「ブレない軸」を持ち、それを発信することが大切です。
たとえ、独立へ踏み出したきっかけが「自由になりたい」「裁量権を持ちたい」であったとしても、「誰に、どのように貢献したいのか」を明確に打ち出しましょう。
そうした「ミッション・ビジョン・バリュー」をしっかりと発信していけば、共感する人の目に留まり、協力を得られ、資金も集まりやすくなるはずです。
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※本連載の第58回は、8月16日(月)を予定しています。
(構成・青木典子、撮影・鈴木愛子、編集・常盤亜由子)
森本千賀子:獨協大学外国語学部卒業後、リクルート人材センター(現リクルートキャリア)入社。転職エージェントとして幅広い企業に対し人材戦略コンサルティング、採用支援サポートを手がけ実績多数。リクルート在籍時に、個人事業主としてまた2017年3月には株式会社morichを設立し複業を実践。現在も、NPOの理事や社外取締役、顧問など10数枚の名刺を持ちながらパラレルキャリアを体現。2012年NHK「プロフェッショナル〜仕事の流儀〜」に出演。『成功する転職』『無敵の転職』など著書多数。2男の母の顔も持つ。