日本の老舗刃物メーカー・貝印がリリースした「紙カミソリ」。その意外な開発経緯と副産物とは。
撮影:小林優多郎
持続可能な社会を実現する。そのために環境に配慮した素材を使う。
こうした理念が日本社会でも徐々に認知され始めた中で、貝印が発売した世界初の脱プラカミソリ「紙カミソリ」が注目を集めている。
4月に発売された第一弾は予約で完売。5月に数量限定で発売された夏木マリさん、冨永愛さんとのコラボレーションデザインも即日完売となる人気だ。
国内のみならず海外からの反響も大きく、グローバル展開も視野に生産へ向けた準備を進めている段階だ。このプロジェクトを率いたのは、5月25日付けで4代目社長に就任した創業家出身の遠藤浩彰氏(36歳)。画期的なカミソリ開発の舞台裏を探る。
コンセプトは「最高の切れ味の体験」、ヒントは紙スプーンに
貝印の4代目社長を務める遠藤浩彰氏。
撮影:小林優多郎
「紙カミソリ」プロジェクトがスタートしたのは、貝印創立110周年にあたる2018年のことだ。
遠藤氏は、そもそもの企画の出発点が、サステナビリティに配慮した商品を出すことではなく、カミソリとして最高の切れ味を消費者に提供することだった、とBusiness Insider Japanの取材の中で明かした。
「この先の100年に向けて、新たな価値を持つカミソリを模索する中、生まれたアイデアが『1Dayカミソリ』というコンセプトでした。
イノベーションを起こすには、今あるカミソリをどう変えるかではなく、お客様にどのようなベネフィットを提供できるのか、基本に立ち返る必要がある」
そこから、このプロジェクトの議論がスタートした、と遠藤氏は言う。
「しかし、それをプラスチックでやるのは、環境負荷低減へ取り組んできたこれまでに逆行する行為。ではどうやったら実現できるのか、その答えが“紙”でした」
紙ストローに代表されるように、ここ数年さまざまな分野で素材をプラスチックから紙に代替する動きが加速している。しかし、カミソリは主に洗面台などの「水場」で使用するものだ。どうすれば水に強く、しかも十分な強度を担保できるのか。
紙カミソリが現在の形になるまで。初めはアイスのスプーンのような形状だった。
撮影:小林優多郎
前例のない取り組みは、アイスクリームなどに使われる紙スプーンにヒントを得た形状からスタートした。
数え切れないほどのテストを重ねて、厚手の紙をユーザー自身が三角形に折ってハンドルを組み立てる、現在のスタイルに行き着いた。最後にカミソリ保護用のシールで厚紙を固定する仕組みも採用した。
「完成品になっていないものを販売して、お客様自身に組み立てていただく。お客様の手を煩わせてしまうことについては、社内でも繰り返し議論しました。
強度については十分にテストをしていますが、本当にこれをカミソリとして認めてもらえるのかわからない。だから、まずはお客様の声を聞いてみようということで、スモールスタート(数量を絞って量産前の製品を販売)することにしたんです」
海外の反響と印刷表現は意外な副産物
紙カミソリは折り紙のように、自分で組み立てる。
撮影:小林優多郎
しかし、反響は予想を超えるものだった。
特にプロジェクトメンバーを驚かせたのが海外からの反響だ。心配していたユーザーが自ら折りたたむスタイルが、日本独特の「折り紙」のようだとポジティブに受け取られ、SNSなどで話題を集めた。
また、折りたたみを前提に、薄くフラットなパッケージにしたことも、旅行等に携帯しやすいと評価された。発表のタイミングが、使い捨てプラスチック製品の削減をめざす「プラスチック資源循環促進法案」の国会提出と重なった(2021年6月)ことも、大きな後押しとなった。
紙カミソリのパッケージ。非常に薄い。
撮影:小林優多郎
スタイリッシュなデザインにもこだわった。カミソリは男性用、女性用がはっきりと分かれていることが多いが、「紙カミソリ」ではあえてジェンダーレスなカラーやデザインを採用した。
自由に印刷ができるという紙ならではのメリットを活かして、冒頭に紹介した著名人とのコラボレーションも実現。すでにホテルなどからも、オリジナルデザインの商品を作りたいといった引き合いが来ているという。
左から冨永愛さん、夏木マリさんとのコラボレーションデザインの紙カミソリ。
撮影:小林優多郎
「私たちは商品開発にDesign、Unique、Patent、Safety&Storyを指す『DUPS』という考え方を取り入れています。
独自性があって、知財として権利が保護されていて、刃物として剃り味が担保されていることで安全に使うことができ、デザイン性にも優れている。そしてそのことが一連のストーリーとして成り立っている。
今回の紙カミソリも商品として具現化していくにあたり、カミソリとしての機能はしっかりと担保しつつ、デザインでも手に取ってもらえるものにするということを、最初から意識していました」
非常にシンプルで、性別を問わない見た目だ。
撮影:小林優多郎
これまでになかった紙という素材に加えて、ジェンダーレスなスタイル、自由なデザインが、「クール」だと受け取られたのだ。
課題はコスト、2030年までに使い捨てカミソリ分野でCO2半減へ
貝印の長い歴史を振り返る遠藤氏。
撮影:小林優多郎
量産化に移行するにあたっては課題もある。例えば、テスト販売時の価格は5色セットで税込1100円、1本あたりのコストは220円。遠藤氏は「『1Dayカミソリ』というコンセプトを考えれば、割高感があるのは否めない」と話す。
価格設定をめぐっては、過去に苦い経験もある。貝印では1990年代から、植物由来の生分解性プラスチックを採用したカミソリを販売しているが、発売当初はコストの問題もあってなかなか浸透しなかったという。
「当時はまだ“環境への配慮”をフックに商品を選ぶ人は少なかった。ここ数年は少し価格が高くても、環境に配慮した商品を選ぶお客様も増えていると感じています」
貝印が販売している植物由来の生分解性プラスチックを採用したカミソリ。
出典:貝印
もちろんある程度まで量産できるようになれば、コストダウンも可能になる。紙という新しい素材で生産技術や品質管理をどう確立するか。
「もともとはすぐに量産という計画ではなかったのですが、多くのお客様に期待いただいている。コロナ禍で難しいところもありますが、1日でも早い量産化を実現したいという思いはあります」
遠藤氏は2019年(当時、副社長)に「2030年までにディスポーザブル(使い捨て)カミソリの分野でCo2排出量換算半減を目指す」と公言。ただそれは、既存の商品をすべて紙に置き換えていく……という話ではない、とする。
「メーカーとしてはいろんなお客様のニーズに応えられる選択肢を、常に提供し続けるということがまずは大切だと思っています。その中のひとつに今回、紙カミソリが加わったということです。
一方で、カミソリは日常消耗品ですので、メーカーとして環境負荷を減らす取り組みを愚直にやっていく必要がある」
2021年、創業113年となる貝印。長い歴史の中で「主力の商品は常に入れ替わってきた」と遠藤社長は言う。
「我々の歴史を振り返ってみても、守るべき伝統はしっかりと守りつつ、時代の変化にあわせて常に新しいものを取り入れて、新陳代謝を繰り返してきたから今がある。
この先の100年を見据えたときに環境に対する取り組みももちろんそうですが、未来に向けて新しい挑戦を絶えず続けていくことが大切だと考えています」